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ゆきかのの甘音  作者: 三傘
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彼女とお父さんごっこ


「ねぇ、あきら君。唐突だけどお父さんになってほしいの」


 電話に出ると、彼女からの開口一番がとんでもなかった。

 彼氏彼女の関係であれば『お父さんになってほしい』なんてまず言う事も言われる事も無い。

 実は彼女には大学生の身でありながら子供が居て──等とは死んでも想像したくない。

 と言っても、あのしっかりした彼女がそんな修羅場を持ってくるとは万が一にも無いだろうけども。

「こ、こよりさん。唐突以前に問題のある発言が聞こえたけど、 あ、ちょっとだけ待って。今着替えてるからっ」


 風呂上がりパンツ一枚だけの僕は、彼女が言った『お父さんになって』という言葉を頭の中で繰り返していた。

 パンツ一枚の今の状態も、すでにそんな風格を醸していると言えなくもないが、文字通りに捉えれば僕が彼女の父親になる事になる。可愛く言えば、パパになる。響きは嫌いじゃない。しかし、彼女との関係はどうなってしまうのだろう。

「お待たせ」

 着替えが終わった僕はスマホを持ち、テーブルの椅子に座った。心中穏やかではなかったが、なるべく表に出ないように努めた。

 だが、パジャマに着替えるつもりが、スーツに着替えてしまったぐらいには動揺している。考え事をしながらでもよく間違えるので、いっそパジャマ用のスーツでも用意しようか悩んでいる。

「実は、お父さんとその年頃の娘を題材にした脚本を私の妹が作る事になったのだけど、その内容が難しいから手伝ってほしいと頼まれたの」

「ふぅぅぅぅぅ」

 僕は安堵の胸を撫で下ろし、ネクタイの首元を緩めた。今から一杯やりたい気分だ。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。でも、何でまたこよりさんの妹がそんな脚本を?」

「私の妹は中学演劇部の部員なの。部長が風邪で倒れたらしく、脚本担当がくじ引きで決める事になって……それで運良く妹が当たりを引いたの」

 物好きなこよりさんにとっては当たりかもしれないけども、妹さんにとってはきっとハズレの思いだったに違いない。

「それなら、こよりさんの父親に頼むってのは?」

「そこなのだけど、私達はお父さんとは仲が悪くて……それに仕事で日本にいないし」

「なるほど。でも成り行きはわかったけど、具体的に僕は何をすればいいのかな?」

「あきら君には私と演技をしてもらうわ。そしてその映像を保存して妹に送るの」

「なるほど。あ、台本はあるの?」

「ちょっと待ってね、妹のメモがあるから」

 程なくこよりさんから「もしもし?」と応答があった。いつ聞いても耳に心地良い声だ。

「えっとね、幾つかテーマがあって、そのテーマを元にお父さんを演じたらいいみたい。テーマに合っていれば全てアドリブで構わないわ」


 なるほど、これは『お父さんごっこ』とでも言うのか、ママゴトの感覚だ。

 それなら昔し、小さい時にお医者さんごっこを近所の女の子とした覚えがある。妙に凝った演出をする子だったので今でも鮮明に覚えている。

 交通事故からママゴトが始まるのも衝撃的だったけど、救急車で運ばれ、そして手術まで再現するのだから相当驚いた。

 その女の子が執刀医役を、僕は助手役で「汗」と「メス」を何度か指示された後、無事手術が終わるという、中々緊迫感のあるママゴトだった。あの子は一体何者だったんだろう。


 そんな昔しの事を思い出しながら、僕は冷蔵庫へ向かって牛乳を取り出し、コップに注いだ。

「オッケー。それなら僕でも出来そうだよ」

「ありがとう、あきら君。さっそくだけど、ビデオ通話に切り換えてもらっていいかしら?」

「うん、切り替えたよ。いつでもどうぞ」

 僕はビデオ通話に切り換え、テーブルに戻って椅子に座り、スマホを立て掛け、こよりさんの姿を待った。牛乳を飲み始めるとスマホにこよりさんの愛らしいパジャマ姿が映し出された。パジャマが可愛いと牛乳も美味い。

「じゃ、始めるわね。私が咳をしたら、それを合図に演技を始めるわね」


──まずは『性について』


 中々難しそうなテーマだ。心と体の成長過程に置いて欠かせないテーマではあるけれど、果たして僕がどれだけ助言出来るかは疑問だ。それでも、少しでも期待に応えられるように頑張ってみようじゃないか。


「コホン。……お父さん、避妊ってどうすればいいの?」


『ブフゥゥゥゥゥッッッ』


 意表を突かれた僕は牛乳を盛大に吹いた。スマホと黒いテーブルが、まるでスプレーでも使ったのかと思うぐらいに霧状に白く塗られた。

「ごほっ、ごほっ」そして咽た。

 スマホと、スマホに映るパジャマ姿の彼女が牛乳まみれになった。

「あきら君、避妊に悩む娘にそんなものかけないでくれるかしら?」

「ご、ごめん。ってか、内容がいきなり過ぎるんですけど!?」

 僕は咽ながら、取り敢えずスマホの画面だけでも拭いた。

「テーマに、『性について』って書いてあるから、女の子ならありそうな悩みだと思うけど」

 彼女はそういいながらお腹辺りをさすった。

「確かにそうかもしれないけど、流石にそれを演劇でするのは気まずい気がする」

「そうかなぁ?」そう言ってこよりさんが小首を傾げる。くそぅ、可愛い。

「にしても、避妊の仕方を知らなかった事実をお父さんが聞いたら卒倒ものだろうね」

「学校の授業である程度学ぶはずだけど、たまにいるのよね、そんな子が」

「娘を持つお父さんには、少し優しい気持ちで接することにするよ」

「にしても、お題が分かりにくいのよねぇ。性について……性について」

 性について、その言葉の意味を真剣に悩む彼女。どんな事を考えているのかとても気になる。

 個人的にそんな性に悩む彼女の動画を保存したい。なんて、そんな事思うわけあるじゃないか。

「じゃあ、もう一回やってみる」

「うん、頑張って」出来れば普通に。


「コホン。お父さん! 私、女に目覚めたわ!」

「ちょ、急にどうしちゃったの!? 具体的な所がわからないからお父さん反応に困るよ!?」

「じゃあ、分かりやすくハッキリと……性に目覚めたわ?」

「そこはボカして!」

「難しいわね……」

 そう言った後、こよりさんが顎に指を当てて唸った。その姿に、真剣にテーマに悩む女性なのか、単にどうやってボケようか悩む女性なのか、僕には判別出来そうも無かった。

 でも、僕はどちらでも構わない。

 彼女が真剣に考えた事なら、僕はそれにただ応えるだけだ。

 それにしても、このテーマは難解だ。彼女が悩むのも無理もない。おっと、彼女が何か閃いたようだ。

 僕はどんな内容でも受け答え出来るように身構えた。

「まぁいいわ、次のお題に行きましょう」

「オッケーっ!!」


──次は『彼氏について』


「あぁ、なるほど。何となくイメージは出来そうだね」

「そうね、彼氏への悩みはたくさんあると思うしね」

「そうだね?」

 彼女は天井を見上げながら頬に人差し指をあてて、少しばかり考え事をしたあと、僕と向き合った。


「コホン。……お父さんに会ってほしい人がいるの」

 お、普通だ。いいぞ。

「ほう? 誰だ?」

 今回は僕も雰囲気を出す為に、お父さんになりきって腕を組み、仏頂面で声色まで変えてみた。

「私の……彼氏なの」

 彼女もさっきよりも感情を込めて演技をしている。

「なんじゃと!? どんな奴だ!?」

 こよりさんに負けじと、僕はお父さん役を熱演してみせた。案外楽しいかもしれない。

「私も会った事無いの」

「は、早まるな娘!」

 そうきましたか、こよりさん。

「ネットで知り合って、気付いたらそういう関係に」

「そ、そうか。最近の恋愛事情は複雑だな。名前は何と言うのだ?」

「名前も知らないわ」

「娘よ、そいつはやめた方がいい!」

「あ、でもハンドルネームなら知っているわ。確か『渋谷の種馬さん』だったと思う」

「娘ぇぇ!! そいつはやめろおぉっ!!」

「ピンと来たわ。この人だって」

「お父さんもピンと来たよ違う意味でー!!」

 熱演のあまり僕は叫んでしまった。娘が余りにも不憫すぎる。そして、こんなシーンが何の役に立つのか全くもってわからない。

「あきら君、白熱した演技ね。素晴らしいわ」

「……ありがとう?」

 お父さんって大変なんだと、妙な納得をしてしまった。

「こんな感じで次行きましょうか」

「あれでいいんだ?」

 頑張ってたら何でもいいらしい。


──次は『洗濯物でお父さんと喧嘩』


 あぁ、なるほど。これはよく聞くね。理不尽過ぎるけど。

「じゃぁ、始めるわね」

 そう言って、こよりさんは腰に手を当ててポーズを取った。おっと、これは……ツンデレやお怒りモードでよく見られるポーズだ。


「コホン。お父さん! 洗濯に出した私の下着が無いんだけどどこへやったのよ!!」

「ちょ、ちょっと待って!? パンツ泥棒の容疑をかけられたお父さんの役なんて僕には荷が重すぎますけどっ!?」

「何か問題があった?」

「こよりさんの反応にも問題があるけど、その設定だと演技しづらいよっ」

「じゃぁ……何に使ったのよ?」

「駄目! そういう具体的展開は絶対駄目っ!」

「あとは……お風呂に浮かべて何しているのよ?」

「だから具体的に言ったら駄目だってば! ってお父さん変態過ぎでしょ!!」

 お風呂のアロマ代わりに娘のパンツ浮かべるお父さんなんて最低を通り過ぎてる。

「もういいじゃない。アドリブなんだし」

「そうかもしれないけど、限度ってものがあるよ。定番なのは、お父さんの下着と私の下着を一緒に洗わないでよ、とかじゃないの?」

「うーん、でもそれっていまいち分かりづらくないかしら? 一緒に洗ったからどうなのっていう」

「それは……うーん。あ、ほら、お父さんの下着は汚いから自分の下着も汚れそうとか、そんなイメージ?」

「年頃の女の子だってシミぐらいたくさん作るんじゃない?」

「ごめん、この話しは終わっていいかな……。僕にはやっぱり荷が重すぎる」

「あきら君もシミの2つや3つ」

「僕の話しは今いらないよねー!?」

「私だって」

「わーわーわー聞こえなーーーい」

「……まぁ、いいわ。じゃ、次で最後よ」


──最後は『失 恋』


 なるほど……落ち込んでいる娘にどう接するのか、これはシビアな立ち振舞いが要求されそうだ。

「それじゃ、始めるわ」

 そう言って、彼女は一度だけ深呼吸をした。


「コホン。……酷い! こうなったら貴方を殺して」

「ストーーップ!!」

 僕は事態の大きさに思わず制止した。テーマが失恋なのだからもっとトレンディなのを期待したが、明らかにサスペンス路線だ。

「え?」と、彼女は目をパチクリとさせて止まった。

「修羅場過ぎる」僕は真顔で答えた。

「分かりやすい展開の方がいいかなって」

「お父さんが対応出来る範囲にして、せめて」


「じゃぁ、改めて。……貴方を殺して……そして一族全員根絶やしにしてやるわ!!」

「さっきよりも怖えぇよっ!! 怨み強過ぎでしょうが!!」

「ほら、そこでお父さん登場よ」

「お父さんも殺されそうですけど!?」

「死んでもいいから、ほら!」

「死ぬんだやっぱり!!」

「暴走した娘を止めるのよ!」

 なんなの、この展開は。彼女の事だから、ある程度予想はしていたけども、それをだいぶ上回る展開だ。まぁ、今更そんなことを言っても仕方ない。役に徹するしかないだろう。僕は恐る恐るお父さん役を続けた。

「む、娘よ、早まるで無い」

「お父さん!? どうしてここに……」

「酷く落ち込んでいる様子だったからな、気になって後を着いて来たのだ」

「お父さん……私、彼が憎いの。殺してやりたいぐらいにっ」

「私だってつらい、大事な娘がこんなにも傷付いて……だがな、人を殺しては駄目だ」

「でも! 私……どうしたらいいのかわからないの!」

「娘よ、今は落ち着くのだ。これからの事を考えよう、一緒にな」

「無理よ! それに、私はあなたの娘じゃないもの!」

「な、何を言い出すんだ娘よ?」

「口止めされていたけど、私はお母さんと浮気相手の子供なのよ! あなたの血はひいてないわ」

「なんだとぉっ!?」

「そして、お母さんの浮気相手……実は私の彼氏でもあるのよ!」

「なぁんだっとぉぉぉっっ!!?」

「名前は……渋谷の種馬……」

「んんんだっとぅおおおおっ!!?」

「ほら、憎いでしょう? どうします? さあ!」

「うぉぉぉ……。愛別離苦……怨憎会苦、求不得苦っ、五陰盛苦!! 奴に与えてやろうぞ!!!」

「うふふ……さぁ、行きましょう……地獄へ」


────終 劇


「よしっと」

「ひとつもよくないよ!?」

 余りにも酷い内容過ぎて、いや、それは僕にも責任の一端はあるのだけれど、それなりに悪のりしてしまった部分は大いにあるのだけれど、にしてもこれを彼女の妹さんが見たらと思うと何ともいたたまれない気持ちになる。

 そんな僕とは反対に、彼女はやり遂げて満足気な顔で、ぷしゅっとジュースを開け始めた。

「私達の名演技に、妹も泣いて喜ぶわきっと」

「泣き喚くだろうね、きっと」

「明日には、妹から感謝感激雨あられ、かしら?」

「もしくは乱射乱撃雨あられ、かもね?」

 正直怖くてこの後の事は考えたく無い。

「って、そういえば何飲んでるの?」

 僕は彼女の見慣れないジュースが気になって聞いてみた。虹色の派手な缶ジュースなんて見たことないデザインだった。

「これ? ミックススイーツジュースよ」

「え?」

「ミックススイーツジュース」

「ミックススイーツジュース……」

「和菓子と洋菓子を七種類ブレンドしたジュース」

「和菓子と洋菓子を七種類ブレンドしたジュース……」


 彼女のその怪しい液体を飲み干す姿を、僕は鼻から牛乳を垂らしながら見つめた──


次回予告!


『彼女がはるばるやって来た』


「ねぇ、あきら君。赤ちゃんって何処から来るのかしら?」


「大人がする質問じゃないですよねこよりさんっ!?」


【更新未定!】

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