1枚の手巻き海苔の正体とは?!
その日は、夜遅く家に帰って、すぐに台所に行った。(ああ、喉が渇いたぁ)と呟きながら、椅子に座り、冷蔵庫の冷たいお茶を飲んでほっと一息。
ふと見ると、手巻き海苔が一枚、冷蔵庫の前に落ちてる。(あれ、今、冷蔵庫の扉を開けた時に、落ちたのかなあ? 袋に入れてたのに?)と、拾おうとかがんだ。
ピクピクと、海苔が動いた気がした。
まさかなぁ?と、もっと顔を近付けてみたら、海苔の真ん中の辺りがピンクっぽく、そこが、間違いなくピクピク動いてる。
何か信じられず、さらに顔を近付けた。
海苔なんかじゃない! 間近で見た事はなかったが、コウモリだ!
一瞬、声が出なかった。
何とか、息は、吸い込めたが、吐けなかった。
コウモリを、棒立ちで見続けてる内に、(今、どうしたらいいのか?)と、冷静な疑問が沸いた。
まずは、家から放り出さないといけない、と思い、コウモリからは目を離さず、バケツとホウキを、静かに、静かに用意した。
速さのカケラも、持ち合わせてないのに、
怖いもの知らずのように、コウモリを、
バケツに掃き入れようとした。
その瞬間だった!
バケツとホウキの間から、コウモリが、飛び出し、私の前を低空で通り過ぎた。
手巻き海苔の大きさだったはずが、その真っ黒な体は、30センチ以上あったろうか?
ギョエーツ、 ヒョエーッ
私は今まで生きてきた中で、発した事の無い声で、叫んでいた。
ガラガラ キキー ガタガタ
近所の家の雨戸が、あちこちで開き続けた。
コウモリは、食器棚の奥の、また奥に入ったのか、探せなくなった。
兄弟に電話連絡してみた。
こんな遅い時間から、遠方から家に来てもらう事も叶わなかった。
〔明日にしたら。夜も遅いし。もう、ビール飲んで運転できんから行かれへんわ〕と言われた。とはいえ、怖くて寝られない。
気を取り直し、お風呂にお湯を入れよう、
と半開きだったお風呂の扉を、全開に開けた。
足をタイルに下ろそうとしたら、そこには、そこには、そう! コウモリがいた。
もう、さっきのような声も出ず。
(何も見なかった、見なかった)とタイルから足を引っ込めた。
早く早く、家から放り出さないと寝られない。
ここからが、ほんとうの戦い。
さっきのバケツと、お鍋の蓋を用意。
まず、コウモリに、おそるおそる、自分の中では一番の速さで、バケツをかぶせた。
一度、息を整えた。
次は、下向けになってるバケツを少し持ち上げた瞬間、また一番の速さで、お鍋の蓋を差し入れた。
さらに、バケツからお鍋の蓋が絶対にずれないように手で押さえながら、ゆっくりと、
バケツを上向きにし、上からお鍋の蓋を押さえ続けた。
さらに、息を整えた。
バタバタ、 カシカシ、 バチバチ
コウモリが暴れている。
その存在を確認できたので、変な安心感。
バケツとお鍋の蓋を、手で上下にしっかりと押さえ、玄関に出た。
バケツとお鍋の蓋を、おもいっきり、遠くに
玄関から外に放り出した。
玄関の扉を閉めて、顔だけ入る扉のすき間から外を見た。
街灯の灯りの中、すごい勢いで、真っ黒な体が、真っ黒な空に飛んでいった。
勝ち負けのない、戦いは終わった。
また、台所の椅子に座って、喉が渇いたので、お茶を飲んだ。
スーツ、ハアーツ、とやっと深呼吸できた。
珍客 コウモリは、どこから入り込んだのか? いまだに不思議?!