1
「痛っ」
痛みを覚えての先を見てみるとどこかで引っかけてしまったのか少しだけ薄皮が剥けジワリと血が滲み出る。しかし、彼女は何故か口元はうっすらと微笑んでいた。流血するということは今、自分の体の中には赤い血が流れているという事だから。彼女の思考は異常ではない。いや、異常ではあるかもしれないが、自分の思考を口にしてはいないため異常だということがバレテはいない。ばれたところで別にどうなるわけでもないのだろうけれど。海岸沿いを歩きながら彼女は一人思う。
【世界は賢い大人によって操作され続けている。そして、真実にたどり着いた大人たちは絶望を迎え息絶える】
鼻にかかる潮風の香りは生々しく生を感じさせる。腐敗した匂い、生が死へと変わっていく香り。狂気さえ感じる禍々しい存在。砂浜には優しく波が何度も何度も陸に上がろうと必死に戻っては近づき、戻っては近づきの繰り返しをしている。心地よい波の音にさえ殺意が込められているような意思が伝わってくる。それは全人類に向けられた地球の意思だろう。地球にとって人間、いや、生命体は全て排除しなければならない悪玉だろう。頭では分かっている。けれど、地球そのものに意思があるならばとっくの前に人類は滅び理想郷へと帰化しているはずだ。波の音を聴きつつ防波堤に繋がる階段をスキップを交えて登る。見えていた砂浜、海、夕陽全てが彼女の視界へと一度に入り込む。
「世界はこんなにも美しいのにどうして人と人は争うのだろうね?」
地球に向かって少女は微笑みながら問うてみる。瞳を閉じ彼女は返答を待つ。普通の人間ならば地球から返答なんて返ってくるわけがない。と、鼻で笑い彼女の行動を馬鹿にしたり冷たい視線を送るだけであろう。しかし、彼女には問いに対しての返答は必ずある。なんて自信めいた雰囲気を纏っている。波に打たれ擦れる砂音、髪を揺らす風音、空高く悠々自適に飛ぶカラスの羽音。解答を受け入れるように両手を広げ、数秒後には静かに両手を下ろし微笑んでいた。彼女には地球の声が聞こえる体質を生を得た瞬間から持っていた。最初はただの気のせいだとさえ思っていた。が、幼少期にはそれが地球の意思だということがなんとなくだけれど分かっていた。だからと言ってこの事を口外した事なんて一度もない。いや、一度だけ母親には伝えたことがあった。が、母親は血相を変えその事は絶対に他言してはならない。と、洗脳のように日々言われ続けた。いや、今でも言われ続けている。彼女もまた、大人になるにつれこの能力が異様で特殊なものだということにも気が付いている。今となっては口酸っぱく言い続けてくれた母親に感謝をしている。もしも、秘密を他者に知られてしまえば、国際特務機関《seed》に連行されてしまっていた。
「ふぅ・・・世界中の大人なんて消えれば良いのに」
ぽつりと本音を口にした瞬間、ゾクリと背中全体を悪寒が襲ってくる。と、彼女は先ほどよりも大きなため息を漏らしてしまう。またか。と、言う言葉を混ぜて。言葉を口にした数秒後、大きなサイレンが街全体を覆う。
【警報。警報。流嶺海岸に「未確認汚染生物」出現。警報。警報。流嶺海岸に「未確認汚染生物」出現。対汚染生物迎撃兵器が出撃するため民間人は地下シェルターへと避難して下さい。繰り返す!対汚染・・・】
大音量で避難警報があったにも関わらず少女は綺麗に輝く夕焼けを眺めているだけで逃げ出そうなんてしていない。まるで何もなかったように座り潮風を浴びている。遠くの辺りから爆撃音のようなものが聞こえてくる。その音が聞こえてくる度に彼女の表情はどこか暗くなっていく。口ずさむカノン。彼女が口ずさむカノンは鎮魂曲のように儚く冷たくそして愛に満ちていた。
「世界は何れ壊れていく。それが早いか遅いか。・・・ただ、それだけ」
潮風が彼女の髪の毛の隙間をふわりと通りぬけていく。と、彼女の首筋辺りに文字が薄らと見てとれる。
【№22】
そう記載されていた。