2-2 子どもが成長するのは早いもんだ
「とぉりゅくん」
近所のよちよち歩きの女の子は、俺を見ると嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。
「はなちゃん、こんにちは」
しゃがんで声をかけると、「あい」と頷いて「あしょぼ」と、小さな手で俺の服をつかんだ。
約束はしてないけれど、その日俺はいつものように友達と遊ぶつもりでいた。けれどランドセルを家においてきた俺は、わくわくした目で俺が出てくるのを待ちかまえていたつぶらな瞳に負け、結局その日はよちよち歩きの女の子と遊んで過ごした。
遊びとしては物足りないと言うよりつまらない。けれどその小さな女の子があんまりにも嬉しそうにまとわりついて、慕ってくるから。ちょっといじわるしてみれば気に入らないとばかりに口をとがらせ、小さな体いっぱいに決意を秘めて服を引っ張って訴えてくる。そっと距離を取れば気付いたとたん急いで駆け寄ってきて手をつないでくる。抱き上げれば嬉しくてたまらないと満面の笑顔で、小さな腕をいっぱいに広げて抱きついてくる。
全身で自分を見てと訴えて、俺を好きだと表現してくる。
そんな子を、振りきれるはずがなかった。
当時、花は三歳ぐらい。俺は小五だった。
「透君!」
女子高校生が俺を見つけると笑いながら駆け寄ってくる。
子どもが成長するのは早いもんだ……。
心を十五年ほど前に飛ばしながら、全然変わってない現状をあきらめと共にかんがみる。
幼児期になつかれて、可愛かったからかわいがっていた近所の女の子は、未だに俺になついてきている。刷り込み現象という物は、本当に恐ろしい物だと実感する。
可愛かった幼女は、いつの間にやら、成人男性あこがれのジョシコーセーだ。若さと制服いう魅力的なブランドに加え、更に笑顔を振りまいて俺にまとわりつく。
「久しぶり!」
会いたかった、会えて嬉しいと、声も表情も弾む息も、何もかもが、体全部を使って訴えてくる。
昔から、この少女に弱かった。一途に慕われて悪い気がするはずもない。可愛くてたまらなくて、だからかわいがってきた。
けれど、このままではいけないのだと、思う気持ちが常にあった。彼女の好意の種類は変わってきている。幼い頃と同じようにはいかない。これがあと三年先、いや五年先なら、この好意を受け入れるのもアリなのかもしれない。でも、それはあくまで三年五年先であって、今はまだ受け入れるわけにはいかない。
好きで好きでたまらない相手じゃないと付き合わない、なんていう感性は特にない。俺は基本的にそれなりの好意があれば、相手が望むのなら付き合ってもいいと思っている。付き合っていればそれなりに感情もついてくる。俺からすれば花に対するだけの好意を持っていれば、普段なら付き合うのに特に問題はない。
けれど、花はダメだ。
好きとか付き合うの問題じゃなくて、倫理の問題だから。