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2-1 頼むからこれ以上振り回さないでくれ


「島崎さん、私と付き合って下さい」

 友人を通して知り合ったその女性は、告白の後に頬を染めてそう言った。

 直球なその物言いが、ふとよく知る少女の面影と重なり、心がざわめいた。

「……悪いけど」

 俺はため息交じりに淡々と断った。

 彼女と別れてから、自分の変化をふと思う。

 別に、誰と付き合っても良かった。今までだって特に好きでなくても、好みからそれほど離れてなければ付き合うことが何度かあった。

 女性に好まれる相貌なのは自覚がある。女性との付き合いも嫌いではない。あまり縛り付けられるのは好きではないが、適度なわがまま程度なら可愛らしい物だ。

 けれど最近、女性との付き合いにあまり積極的になれずにいる。

 特にその理由があるわけでもないのだが、女性を見てもなぜか興味が持てない。付き合う事への煩わしさを感じるのだ。

 最後に付き合った彼女と別れたのが一年ほど前。彼女のために時間を取るのが、酷く面倒に感じ始めたのがきっかけだった。それ以来、女性と付き合えずにいる。


 休日の夕暮れ時、いつもより早く家に帰れば、受験生となった近所の女の子が俺を見つけてぱっと笑顔を向けてきた。

「透君、おかえりー!」

 花が車を降りたところに駆け寄ってきて笑顔を振りまく。

「ただいま」

 開けっぴろげな好意に苦笑を漏らせば、その笑顔は一層深くなって返ってくる。

「おみやげいる?」

 ついつい餌付けしたくなって、母に頼まれていたシュークリームをちらつかせれば、ないはずのしっぽがぱたぱた振られているのが見える気がした。

「透君だいすきー!」

 俺の腕を抱きしめて、花が嬉しそうに声を上げた。無邪気なその様子が可愛くて、心がほっとした。と同時にざわつく。

 さりげなくその腕を抜き取り、箱の中からひとつ取り出そうとすると、花が言った。

「一緒に食べようよ」

 彼女が当たり前のように一緒に家の中に入ろうとする。俺はそれを特に止める理由もなくて、自分の家なのに、なぜか花に勧められるまま一緒に家の中へ入った。

 俺にシュークリームを頼んだ母親は家におらず、家の中に二人きりの状態でテーブルを囲む事になった。

 俺は花を赤ちゃんといえるような頃から知っている。七つも年下の、近所に住む妹のようにかわいがってきた女の子。

 好きだと改めて言われたのは二年ぐらい前だっただろうか。ちょうど、前の前の彼女と別れた頃。

 それまでも何度か言われていた。けれどその時、それまでにない何かを感じ取った俺は、酷く困ったのを覚えている。花は、立場的にも年齢的にも異性という目で見たらいけない存在だったからだ。

 けれど見つめてくる瞳の強さや、一途に想いを告げる必死さに、酷く動揺した。その時こみ上げた衝動が何だったのかよく分からない。とっさに花に向けて伸ばした腕を、我に返って押しとどめた。

 別に、抱きしめようとしたわけでは、ない。

 きっと俺は、その時混乱していた。だから動揺して、花にひどいことを言った。

 ただ、軽くかわせば良かったのに、必死に言いつのってくるその様子が、酷くいらだちをかき立てた。追い詰められるような危機感があった。

 ダメだ、ダメだと警鐘が鳴った。花を遠ざけなければいけない、と。

 だから子供の言葉だとあざけり、一途な花の言葉をさげすんだ。

 後になって覚えた罪悪感と自己嫌悪は、言葉に言い表せない。

 それでも花は、そんな俺の言葉をくそまじめに受け取ってしまったようで、年不相応なほどわきまえた態度になってしまった。それを寂しいと感じる反面、けれど、離れた距離に、少しだけほっとしてしまった。

 ひどいことを言ったにもかかわらず、それでも花は以前と変わらず「透君好き!」と笑顔で駆け寄ってくる。

 さんざん俺を困惑させておいて、無邪気な物だ。

 今もにこにこと嬉しそうに椅子に座っている少女に、呆れながらも笑みがこぼれる。

 それが可愛いと思うから始末におえない。

 カフェオレをいれて花の前に置く。小皿には約束のシュークリームものせて。

「あれ? 透君の分のシュークリームは?」

「俺はいらないから」

 自分用に入れたコーヒーに口をつけながら、花に食えと促す。

「もしかして、私、透君の分、取っちゃった?」

 心配そうに上目がちにうかがってくる様子が、怯えた小動物のようだ。思わず笑いがこぼれる。

「そんなことねぇよ」

 どうしようとあたふたする様子を見ながら胸の奥が、ちりちりと疼く。俺を一途に慕ってくる花。困る、と理性は訴えるのに、どうしても突き放せない。上目がちの目線にも女特有の媚びはない。いつでも必死だ。それがたまらなく可愛い。

 疼く胸の奥には気付かないふりをして、ほほえましいだけだと思いながら花の様子を見つめる。

「じゃあ、半分こしよう!」

 花がシュークリームをつぶさないように気をつけながら、ゆっくりと割ってゆく。

 そして花の手の中には大きくてクリームが落ちそうな方と、ちいさくてクリームがほとんど入ってない方のシュークリームができあがった。

 どう見ても半分ではない。

「……あれ?」

 困り倒している花の様子がおかしくて吹き出す。

 俺の様子にむくれた花が、しぶしぶといった様子で大きい方を俺に差し出してきた。

「そんなに未練がましく差し出されても受け取れるわけないだろ」

 笑いながら差し出されていない小さい方のシュークリームを奪い取り、それで大きい方の落ちそうなクリームをすくい取る。

「あっ」

 花が非難するように声を上げた。

 その「あ」は、小さい方を俺が取ったことに対してなのか、クリームをほんの少し奪い取られたことに対してなのか。

 かまうことなく一口でそれをほおばり、花に食えよと促す。

 花は残された大きいシュークリームをじっと見てから、小さな口でシュークリームにかぶりついた。

 とたんに、戸惑っていた顔が、にこぉっと笑顔に変わる。

「うまいな」

「ん!」

 もぐもぐと口を動かしながら、花が頷く。

 花は、高校生だ。可愛いと思うが、近所の妹のような子だ。

「透君、ありがとう」

 照れくさそうに笑って、その小さな口はもう一口とシュークリームにかぶりつく。

 見つめているわけじゃない、ほほえましいだけだ。

 花が俺に嬉しそうに笑いかけてくる。

 俺は、おまえの気持ちに応えることは出来ない。

 だからそんな笑顔を向けるな。好きだなんて言うな。

 花に笑みを返しながら、言葉にならない感情が胸の中で渦巻く。

 頼むからこれ以上振り回さないでくれ。


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