1-2 私の気持ちを勝手に決めつけないで
透君は社会人だ。私が高校受験の時、就職活動をはじめて、その頃から会える日が減った。
あれから会える日は格段に減ったままで、透君には春休みも夏休みもなくなって、遊びに連れて行ってとか、言っても「子供みたいに休みがねぇよ」と小突かれておしまいになった。
たまにの連休とかは、友達と遊びに行ったり、彼女と遊んだりしていて、私はその次の存在だって、思い知らされた。
『私とも遊んでよ!』
って、だだをこねたこともあった。透君は苦笑いして、『そのうちな』っていっつもごまかすばっかりだ。
「そのうち」っていう約束が、全くないわけでもないのが、透君のずるいところだ。でもって、「なついてくる近所の子」を邪険にすることもできないのがいいところだ。
久しぶりに会えて、コンビニ一緒に行けて、図書館にも連れて行ってもらえる。
「花、何か欲しいもんあるか?」
スイーツの所をぷらぷらしてると透君が私の手元をのぞき込んでくる。
「透君は買わないの?」
「俺コーヒー」
と、レジの方にチラッと目を向ける。
「おごってくれるの?」
「ああ、好きなもん持ってこい」
やったぁと、振り返るように透君の顔を見る。
少しかがんでた顔が、思いの外近くてどきっとする。クラスの男の子達とはどこか違う、大人の顔。
「う、うんっ」
焦って目をそらして、手元に視線を戻す。
こんなに近くに透君がいる。嬉しくて、恥ずかしくて、どきどきする。
何気なくケーキとか見てると「図書館には持って行けないだろ」とツッコミを入れられ、少しテンパってる自分に気付く。元々、そんなに高い物を買って貰う気もなかったのに、いつまでもケーキなんて見てたのは、もう頭の中、何にも考えれてなかったせいだ。
慌てて、飲み物の所に移動して、キャラメルラテを手に取る。
「透君、これ」
と、振り返れば、透君は後ろの棚に回ってて、麦チョコを手にしていた。
「花、好きだろ?」
笑いかけてくるその顔にむっとふくれる。
確かに好きだけど。
絶対それ、女の子に勧めるタイプのお菓子じゃない。
そのお菓子が私に訴えてくる。おまえは完全に対象外だ。って。
「いらねーの?」
「……いる」
「じゃあ、なんでむくれてんだよ」
透君は笑いながら私のキャラメルラテを取り上げてレジへと向かう。
その後ろをとことこと付いていきながら、さりげなく連れであることをアピールする。誰にってわけじゃないけど、カップルに見えないかな、なんて期待を込めて。
「透君、どっかで一緒に食べよ!」
コンビニを出ると、透君の手を取って引っ張る。はいはいと引っ張られる透君は、私と手をつないでいることに気付いていないのかな。私はどきどきしているのに、透君は手をつないでいることを全く気にした様子もない。
触るだけでどきどきしてるのが自分だけで、ちょっと悲しい。でも、気にされてないって分かってるから出来る。そう思うと、なんだか皮肉だなって思えた。
「おまえ、図書館行くんじゃなかったのかよ」
と、ぶつくさ言う透君と並んでベンチに座って、ラテにストローを突き刺す。
「図書館では飲食できないもーん」
白々しく言って、ちゅぅっとラテを吸い上げてみる。
透君は苦笑しながら麦チョコをほらって差し出してきた。
「花。いい加減にお兄ちゃん離れしろよ」
しらっといってくる言葉は、おまえなんか相手にしてないっていう牽制だ。
私は、咥えていたストローから口を離すと透君を睨むように見つめた。
「お兄ちゃんなんて思ってないの、知ってるくせに。何、それ。牽制?」
朝からずっとイライラしていたストレスが、ここに来て爆発してしまう。透君に会ったことでせっかく忘れていたのに、当の透君が、さっきから私を子供扱いばっかりするから。
「牽制ってなんだよそれ。花は受験生だし、俺とは八つも離れてて相手にもならないのに? あこがれを混同すんなよ」
苦笑しながら軽く言い放つと、ぽんぽんと私をなだめるように頭を撫でてくる。そんな透君の余裕がむかつく。
「あこがれじゃない! ちゃんと好きだから好きって言ってる! 私の気持ちを勝手に決めつけないで!」
私ばっかりムキになって、睨み付ける先の透君は、困った様子で肩をすくめているだけだ。
「……帰る!」
立ち上がって早足で歩き出すと「花!」と私を呼ぶ声がする。
追いかけてきた透君が私の腕を取った。
腹を立てながらも嬉しいと思ったその時、透君が言った。
「バッグ忘れてる。しっかり勉強してこいよ、受験生」
掴まれた手の平の上に、勉強道具の入ったバッグがぽんとかけられて。
「~~!! 透君の、ばかぁ!!」
みぞおちを軽くぽすっと殴ってから逃げるように図書館に向かった。
「気をつけて行けよ!」
後ろからかけられる言葉は、完全に子供に向けての物だ。
もう、泣きたい。