2-6 こっちの気持ちも少しは察してくれないか
花に絶縁宣言をされてしばらくが経つ。
ずっと自分から離れていたのに、いざ花から離れられたとなると、その寂しさがじわじわと染み渡ってきた。
一ヶ月や二ヶ月会わなかったことなんて、何度もあった。そのくらいで寂しいと思う自分はどうかしている。俺だって避けてたくせに。
花を一度見かけたことがある。
俺に気付いたとき、花はすぐに顔をそらして逃げるように立ち去った。
その時になって、俺はようやく実感したのだ。それまではたぶん、分かっていても実感はなかった。花から露骨に避けられて、はじめて俺は実感した。
もう、花と話すことは出来ないのだ。
と。
『話しかけないし、話しかけないで』
決別の日、花はそう言った。
その意味を、身をもって、ようやく知る。
じわじわと広がっていくやるせなさ。会えない、言葉を交わせないという焦燥感。あの笑顔は、もう向けられない。一途に思いを寄せて駆け寄ってくれることはもうない。
手放した物の大きさを俺は知る。
今ならまだ大丈夫だなんて、なぜそう思った。もう、手遅れだったというのに。手放すことがこれほど辛くなっているなんて気づけてなかった。
俺は、花の想いの上に、あぐらをかいていたのだ。花に想われているという自信が、俺の感覚を麻痺させていた。花からの好意がなくなるなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。
花は俺から一度離れた方が良いと思っていた、花のために。けれど違った。俺のためにこそ、必要だった。決別しなければ、俺は自分の感情にすら気づけなかった。
バカな俺のためにこそ、離れる必要があったのかもしれない。
きっとあのままもし花と付き合うことにしても、花自身の気持ちが確かに俺に向かっていたとしても、俺は、花の気持ちにあぐらをかいたまま、花を大切に出来なかったかもしれない。
けれど、気付いたにしても、今更か。
もう、花は、俺から離れていった。
「最近、花ちゃんに会わないわねぇ」
ぼそっと母が言った。
「元々そんなに会わなかっただろ」
「あんたはそうだろうけど、私はよく話してたわよ。花ちゃん、会ったらあんたのことばっかり聞いてきて、ほんと可愛かったんだけど」
それは知らなかった。
「最近、話をする機会が減ったんだけど、あんた、何か知らない?」
「……知るわけないだろ」
「花ちゃんみたいな、お嫁さん、欲しいわー」
なんだその棒読みは。
「あんた、最近、彼女いなかったわよねぇ」
何が言いたい。
「花ちゃん、どうしたのかしらねぇ」
だまれ。
「あんな風に、慕ってくれたら、可愛いわよねぇ? 会っても、頑なにあんたの話をするのを拒否されるのよねぇ」
がたんと音を立てて立ち上がる。
これ以上あいつのことを口に出すなよ。
花の泣き笑いになった顔が脳裏をよぎる。俺を見て逃げていく姿がよぎる。ギリギリと胸が軋んだ。
もうこれ以上何も言うな。こっちの気持ちも少しは察してくれないか。
「……寝る」
「はい、おやすみー」
棒読みでひらひらと手を振る母をじろりと睨むが、どこ吹く風だ。
今頃になって自覚して、なおかつ絶縁宣言で堪えている身に、母のイヤミは、どうしようもなく痛かった。




