1-6 この手を放したらもうあなたは自由だから
「可能性なんかないって、透君が言い切るのなら、私、透君のこと、諦めるよ。……ねえ、透君。教えて。私が恋愛対象になる可能性があるのか、ないのか」
諦める、なんて言ったけど、本当は、あきらめたくなんてない。
そんな私の気持ちを透君は、見抜いていたのかな。
睨み付けるように見つめた先で、透君が目をそらした。
「……無理だ」
やっぱり。
泣きたい気持ちの中で、私の中に唯一浮かんだ言葉。
透君は、なんだかんだと私に甘いから、もしかしたらって期待はあったけど。でも、夢見ただけに終わった。
「……わかった」
泣きたかったけど、がんばって笑った。
「透君。今までありがとう。……さようなら」
「……花」
透君が私を呼ぶ。その声は、少しだけ切なそうに響いた。
私は応えなかった。
そのまま背を向けようとした私の手を、透君がつかむ。
振り払おうとした瞬間、声がした。
「花……ごめん……」
思い詰めたような低い声は、何を意味するのだろう。
私を傷付けたこと? それとも、応えられない事への謝罪……?
透君は私の気持ちに応えるつもりはない。振り払う前に、私の腕をつかむ力が、するりと抜けた。
繋がっていた温かさが、離れてゆく。
さようなら。
この手を放したらもうあなたは自由だから。もう、あなたを煩わせることはないから。
こぼれそうな涙をこらえながら、私は玄関のドアを開ける。
後ろでバタンと閉まる音がした。
終わった。透君との関係が、全部、全部……。
鼻の奥がつんと痛い。
でも、分かっていたことだった。覚悟していたことだった。
今はまだ、受け止めきれないけれど。
こぼれそうな涙をぬぐった。持っていたバッグをぎゅっと握る。
うつむきそうな顔をぐっと上げ、目線を上にやる。
空は突き抜けるような青さで広がっている。
さあ、図書館へ行こう。
泣くのは後でいい。今は、やることがあるから。
私は、ゆっくりと足を踏み出した。




