天気予報と彼女。
ふと思い浮かんだものを勢いで書いたので、自分でもなんだこりゃーーー!状態。時期である仕事納めをちょっと絡めてみました、ほんとうにちょっとだけ。正直梅雨モノだよなあと思いつつも。略して「天彼」です。よろしくどうぞ。
――……天気予報を見る癖をいい加減俺はつけるべきかもしれない。
終業時刻まであと30分程。明日からは夏の連休だというのに、全くそれに相応しくない窓の向こう側の景色にため息が漏れる。
「なーんだため息なんかついて……もしかしてまた傘忘れたのかー?」
茶化すような声が聞こえた方に体を向ければ、隣の部署の同期が書類片手に立っていた。
「悪いか」
「ほんと天気予報見ないのな」
けらけらと笑う同期にあっちいけと手を振って、再びパソコンに向き合うが、やつは動く気配はない。
「なんなら傘にいれてやろうかー?相合傘なんて、どう?」
からかうように言葉を続けるやつに、今度は別のため息が漏れる。全く、こいつは何をしにきたんだ。
「やめろ、大の大人が気持ち悪い」
「そう思ってるのはお前だけみたいだぞ?」
「……」
――何となく気付いていたことをわざわざ言いやがって……。
さりげなく目を周囲に動かせば、妙に輝いた女性陣の目があって、頭が痛くなる。知っている、社内に広まってるありもしない噂は。それもこれも、人で遊ぶのが大好きなこの男のせいだ。暇さえあれば構ってくるのはわざとだろう、本当に聞いて呆れる。迷惑極まりない。
「いいから仕事に戻れ、俺は忙し…」
さらに面白がってか、周囲に見せつけるように体を近づけてくるやつを腕で押しのけていると、タイミングよくというか何というか内線がなり、すぐさま受話器をとった。
「はい、営業企画部の嶋田です」
「あ、嶋田さんお疲れ様です。受付の三浦です。あの、いま受付に妹さんがいらして…」
「は?妹?」
予想外の単語に思わず聞き返してしまった。妹、だと?
「ええ、嶋田榎子さんとおっしゃっていますが。傘を届けに来られたようで、一応、確認をとってからお帰りになっていただこうと思いまして、妹さんにお間違いないですか?」
受付嬢らしい聞きやすい声が告げた名前に、思わず立ち上がってしまう。周囲の驚いたような目なんてもはや気にならない。
――嶋田榎子?妹?なんだそれは。いつ俺に妹ができたんだ。
「あの、嶋田さん?聞こえてますか?」
訝しむ声にはっと我に返った。
「ああ、すみません。あのいますぐ向かうので、そのままそこに待たせ…いえ捕まえておいてください」
「え?」
「お願いします、すぐ向かうので」
「あ、は…」
「では、後ほど」
返事を待たずに受話器を元の位置に戻し、体をドアの方向へと向けた。
「なんだなんだー?女かー?」
「ああ」
「は?」
まだそこにいたのかと同期のやつに突っ込む気にも、構う気にもなれず、大して言葉を聞いてなかった俺は、扉がしまった瞬間その場にいた人間が騒ぎ出したのを知る由もなかった。
エスカレーターを駆けるように降り、受付に近づけば、見慣れた後ろ姿が見えた。顔を確認するのも待てずに、あと数歩のところで名前を呼べば、ポニーテールが揺れ、思わず頬が…
「…なんで来るかなあ」
…緩まなかった。振りかえった顔は困り顔で、こっちまで顔が引き攣りそうだ。
可愛らしい妹さんですね、と笑顔で話しかけてくる受付嬢たちに、妹じゃないからとそれだけを返す。え?と戸惑うのは放置して、ますます困り顔になった彼女を引っ張り、ロビーのソファーに座らせた。
「わっ、ちょ…」
「さて、俺には妹がいたか?残念ながら馬鹿な弟たちしか記憶にないんだが」
「え、や、だって……」
思わず力が入ってしまった言葉に俯いた彼女の手にはしっかり二本の傘があった。今年大学に入学したばかりの彼女は、数か月前までは高校生だった。家が近い俺たちはいわゆる幼馴染で、俺ははいはいをしている頃の彼女さえ知っている。無邪気な笑顔はうるさい弟たちしかいない俺には癒しで、逆に姉しかいない彼女は俺を兄のように慕っていた。でも、今ではその無邪気な笑顔を見ることはなくなった。いつのまにか、俺の知らないところで彼女は大人になっていた。たくさんの感情を押し殺して。
「嶋田榎子って名乗るぐらいなら、妻ですって言ってくれた方が俺は嬉しいんだけど?」
「な……っ!」
気まずくなった空気を変えるように言った言葉に、バッと顔を上げた彼女の顔はみるみる真っ赤になっていく。口をぱくぱくさせる彼女に、今度こそ頬が緩んだ。一生懸命に物わかりのいい大人になろうとする彼女が嫌いなわけではないが、やっぱり年相応のそのままの彼女がいい。
焦ることはない、何年も我慢していたこの気持ちは、しつこいくらいに伝えていくと決めたから。二度と泣かせないと決めたから。高校卒業と同時に解禁させた関係はまだ始まったばかりだ。まだまだ足りない。昔の彼女も今の彼女も俺にとって特別なことには変わりはない。
顔の熱を冷まそうと頬に手を当てている彼女は可愛くて仕方ない。
「もう少しで終わるから、すぐ隣のカフェで何か飲みながら待ってろ、一緒に帰ろう」
「え、いい、ひとりで帰るっ」
ぶんぶんと顔を横に振り慌てて帰ろうとする彼女の肩に手を置いて、ソファーに押し戻す。その慌てたような姿さえも可愛く思えるのは、もう重症だという証だ。
「だめだ。すぐ暗くなるから」
「別にこれくらいバイトの時間に比べたら……」
「いいから、カフェで待ってろ、俺が心配なんだ」
「……心配性」
「榎子限定でな」
頭に手を添えて、わざと囁くように耳元で言葉を落せば、ぼん!と音がするようにまた顔が赤くなる彼女。その真っ赤な顔で睨んでくる目はただ可愛いとしか思えなくて、ある意味凶器だ。いますぐに抱きしめたい衝動。あーもう、どうしてくれようか。
「なるべく急ぐから、絶対ひとりで帰るなよ?いいな?」
本能のままに動いてしまいそうな手をなんとか、頭を撫でる程度に抑え込んで、言い聞かせるように顔を覗き込めば、彼女は無言でこくこくと頷いた。
「じゃあまた後で」
「うん……頑張ってね」
頭を撫でられて安心したのか恥ずかしさを混ぜた笑顔で小さく手を振る彼女は可愛くて可愛くて、きっと情けない男の葛藤なんて知らないだろう。
――一生、天気予報なんてみなくてもいいか。
ご機嫌で戻った俺の噂が塗り替わったことを知るのは休み明けのこと。
fin
ここまで読んでいただきありがとうございます!久しぶりに短編を書きましたが、うーん、スランプからなかなか脱出できない、泣きたいです。リハビリ作ですがちょっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです。感想待ってます。彼女目線の話も書こうと思ってますので、またその作品でお会いできますように。