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第四話

 いつもの時間。いつもの場所。秋物のコートを着た綺羅が、バスケットを持って立ち上がった。どうやら今日のお茶会はもう終わってしまったらしい。それを残念に思いながらゆっくりと近づく。すると、綺羅はその端整な顔を呆れたように歪めた。

「あなた、しつこいですね」

「……あなたじゃねぇって言ってんだろ? 俺は優人だ」

「優しい人って書いて優人ですよね? もちろん覚えていますよ」

「え……」

「まぁ、名前負けしてるなぁと思ったから覚えていただけなのですが」

 にっこりと微笑みながら、ぐさっと心に刺さる事を言う綺羅に顔が引きつる。今日はいつにもまして容赦ない口撃だった。

「……あんた、結構キツイな」

「それは図星だったからではないですか?」

 まさにそう思ったことを指摘され、羞恥に頬が熱くなる。可笑しそうにくすりと笑うその顔は、奇麗なのに棘を潜めていて、まるで薔薇のようだった。それにただ見惚れるだけで、俺は何も出来ない。

 綺羅は全然余裕そうに見えるのに、俺はいっぱいいっぱいでみっともない。好きな人の前ですら格好つけられない自分が嫌になる。こんなにも翻弄されて、俺ばかりが焦っていて悔しい。何か仕返しをしてやりたいと思った。

 黙り込んだ俺をちらりとも見ずに片付けの続きをする綺羅に、不意打ちになるはずの言葉をぽつりと落とす。

「好きだ」

「あら、そうですか? ありがとう」

 直球で好意を告げると、さらりとかわされる。その何にも感じていないような抑揚のない声にがっかりする。何度も俺の真剣な気持ちを伝えたが、綺羅の心は頑なで、少しも動かせている気がしない。好意を持たれているのかすら、いまいちよく分からない。

 前向きでなるべくポジティブをモットーにしている俺ではあるが、これには落ち込まざるを得なかった。

「……あんた、なんでそんな余裕なんだよ」

「さぁ、どうしてでしょうね。どうしてだと思います?」

「知るか」

 俺をからかうことが楽しいのか、綺羅はニコニコと笑う。その上機嫌な様子に何かあったのかと探るが、綺羅は中々心を開かない。のらりくらりと追及をかわして、いっつも笑顔で誤魔化されてしまうのだ。まぁ、それでもいいかと思ってしまえるのだから、恋というのは恐ろしい。

 くるりと綺羅がその場で一回転する。その動作に合わせて広がった黄金色の髪が、重力に従ってぱさりと落ちた。

「ねぇ、わたしの何が好きですか?」

「全部」

「……つまらない回答」

 唇を尖らして、珍しく幼い表情をする綺羅に驚く。そんな子供みたいな仕草は初めて見る。今日の綺羅はどこかがおかしい気がした。

「……他になんて言えばよかったんだよ」

「そうですね。顔とか?」

「嫌味か……」

 なまじ顔の整いすぎている綺羅が言うと、冗談じゃないからこそタチが悪い。今の言葉を、世界中の見目麗しくない人間が聞いたら、瞬時に綺羅を敵と認識するだろう。綺羅を好いている俺ですら、呆れた顔をすることしか出来ない。

 俺が半眼で綺羅を一瞥すると、拗ねた子供みたいに、綺羅はぷいと横を向いた。

「だって、わたしたちは、まだ知り合ったばかりではないですか」

「まぁ、そうだけどさ」

「そういう時に、その人を判断するのは外見でしょう? 幸い、わたしは綺麗な顔立ちですからね」

「やっぱり嫌味じゃないか……」

 最後についた余計な一言に、俺はまた呆れた。綺羅が綺麗なのは周知の事実なのだから、わざわざ言葉にしてくれなくて結構だ。そんなに言われると、自分の容姿レベルの低さにがっくりするからやめてほしい。綺羅と比べて見劣りする自分が、いま隣にいることだって耐えられなくなる。

 脱力してベンチに座り込んだ俺の横に、ぽすんと腰を下ろす。バスケットを地面において、空を見上げる綺羅がずっと前のあの日に重なる。

 俺たちが偶然出会った真夜中。あの時からずいぶんと時が経ったのに、俺たちの関係は一向に変わらないまま。さすがの俺もすこしだけ焦っていた。

 綺羅の方向へ向き直る。真剣な表情で見つめても、綺羅は空だけを見て俺をちらりともしない。

「あんたの全部が好きだ」

「……わたしたちは知り合ったばかりでしょう?」

「え……そりゃあ、そうだけど」

 さっきと同じ回答をした俺に、綺羅もまた同じ質問を返す。それに戸惑いつつも返事をすると、綺羅は空を見ていた目を俺に向けた。

「それなのに、わたしの全てを知っているとおっしゃいますか?」

「それは……」

「あなたの言葉は、ひどく癪に障る……」

 綺麗な顔を不機嫌そうに歪め、綺羅は吐き捨てる。それを外人の割に難しい言葉を知ってるななんて、見当違いなことを考えながら聞いていた。

 綺羅はにこりと笑う。表情筋だけを動かしたその表情は、目が笑っていないからかひどく冷たい。

「答えを申し上げましょう。わたしはあなたが嫌いだからですよ」

「綺羅……」

「わたしはあなたを好きにならない自信がある。だから、余裕なんです。あなたを好きになる可能性なんて、万に一つもありえない……」

 微笑いながら完全否定をする綺羅に、胸の中心がずきりと痛む。嫌いと言われたことより、好きになる可能性がないと言われたことの方がかなり堪えた。

「ふふ、傷ついたって顔をしてますね」

「……」

「わたしはあなたを傷つけるような女です。……今すぐにでも忘れてしまいなさい」

 口調は優しい。けれど、その言葉と表情はひどく残酷だ。こんなにも好きにさせておいて忘れろなんて、虫のいい話だと思った。

 伝わらないのなら、伝わるまで言うしかないのだろう。俺は、腹をくくった。

「でも、俺はあんたが好きだ。それすらも、駄目なのか?」

「駄目です。……わたしは夢幻。いつかは消え去るものなんですから」

 すがりつく俺を、綺羅は無表情のまま、無慈悲に切り捨てた。それに続く『消え去る』という綺羅の言葉は、まるで何かを暗示するようだった。

「消え去るって……」

「夢ですから」

「夢なんかじゃっ!」

「いいえ、夢ですよ。これは夢です」

 俺を見据える綺羅の瞳は鋭く、触れたらまるで切れそうで。こんな時なのに美人は怒っても奇麗だと思った。

「だから、忘れてください。それこそ、今すぐにでも」

 表情をやわらげて懇願する綺羅に二の句が告げない。俺は駄々をこねる子供みたいに首を振った。

「嫌だ」

「……強情ですね」

 ふぅと、綺羅は疲れたようにため息をつく。それに俺だってため息を吐きたいと思った。好きな女に自分は夢だから忘れろなんて言われた俺のほうが数倍疲れているに違いない。

 こめかみに指を当てる俺に、綺羅は傍らの金木犀を見上げながら笑った。

「実はね、わたしは金木犀の妖精なのですよ。だから、この花が散ったと同時にわたしも消えます」

「綺羅……」

「もう会えません。ほら、忘れたほうがいいでしょう?」

 夢物語のようなことを例えに俺を拒絶する綺羅に、なんと返せばいいのか分からない。なんて言ったら、綺羅が俺を拒絶しなくなるのか見当がつかなかった。

 綺羅の言葉を肯定するように、わずかになった金木犀の花が舞う。

 風が吹くたびに黄金色の髪もなびいて、いっそうはかない印象を覚えた。

「もう来ないで。わたしはあなたが嫌いです」

「っ……!! こっち向けっ、綺羅っ!」

 思わず掴んだ腕から伝わる体温はひどく低い。その身体を通る血管すらも凍えてしまったのか、綺羅の頬は青白かった。そんな中、妙に赤い唇がその存在を主張するように潤んでいた。

 頑なにこちらを見ようとしない綺羅は、俺の視線を避けるように深く俯いた。その綺羅の態度に、カチンと来る。知らず強く握り締めた腕に、綺羅が息を呑んだ。

「っ! 痛い、放して」

「絶対イヤだ」

「放してください」

 痛いのか綺羅はキッと俺を睨んだ。しおらしかったのが嘘のように、綺羅は俺をまっすぐ断罪するかのごとく見つめる。その瞳の強さに負けて、言いたいことを我慢したくはなかった。俺は言葉を紡ぐ。

「忘れない。忘れないからっ」

「駄目です……」

「忘れてなんかやらない。俺は、あんたが好きだから」

 俺の今日四度目の告白に、綺羅は不快そうに眉間にシワを寄せた。そして、また俯いてしまった綺羅の顔を覗き込もうとする。けれど、そんな俺を避けるように、綺羅は掴んでいた手を乱暴に振り払った。

「綺羅?」

「呼ばないで」

「綺羅……?」

「……やっぱり、わたしはあなたが嫌いです」

 俺が掴んでいたところには、くっきりと痕がついていた。痕の残る腕を抱えて、綺羅はゆっくり俺から距離をとる。その目は涙を含んで、赤く充血していた。

「あなたなんて、大っ嫌い……」

 捨て台詞を残して、綺羅は踵を返した。それを引きとめようと手を伸ばすが、かわされる。ものすごい速さで去っていく綺羅の手元、バスケットの中のものがひらりと落ちた。急いで駆け寄って、綺羅に渡そうとしても、彼女の姿はもうなかった。

 俺の手元には、小さなブランケットだけが残った。

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