川は流れて
都から海に面する波州へ行くには、国を南北に流れる二色川を下っていくのが、一番の早道である。
本来、輿を使うのが礼儀だが、今回は嫁入り修行のための訪問で正式な嫁入りではないので、船を使うことになった。
さらに仰々しい形式は取る必要がないという話にもなった。
結局、露子は、下女と下男を一人ずつお供につけただけで、高江家に向かうことになった。
それを聞いた露子は、失望するどころか、内心歓声を上げた。
露子は、輿よりも船が好きだった。
穏やかな流れの二色川は、荷を運ぶ船も多く行き交っていて、活気があった。
夜になると、露子達を乗せた船は、川沿いにある船宿町に泊まった。
ずっと遠くの船宿町の明かりも見える夜の二色川は、祭りの夜店を連想させた。
露子は毎晩遅くまで、宿屋の窓から夜の河川を眺めていた。
「風に潮が混じってきたわね。」
「もう河口に近づいていますからね。」
川幅がぐんと広がってきた頃、何気なく呟いた露子の言葉に櫂を握っていた船頭が振り返った。
「それを聞いて安心したわ。」
露子は、舟酔いぎみで横になっている下女の背中をいたわるように撫でた。
すると、隣で胡坐をかいていた下男が、呆れたように口を開いた。
「おい、朱里。いつまで、そうしてるつもりだよ。お前は、露子様に迷惑かけてばかりなんだから。」
「いいの、太一。朱里は、一度も都を出たことがないのよ。」
太一を呼ばれた青年は、それでもまだ不満げだった。
「露子様だって、疲れているでしょう。」
露子は、あらと、小さく笑った。
「私は、旅が性に合うみたいで、あまり疲れないの。むしろ、都にいる時よりも元気がいいくらい。ほら、ごらんなさい。あんな美しい夕日を都で見たことがあるかしら。赤い絵の具が水に溶けて流れていくように見えるでしょう」
露子は、太陽が川の向こうに沈んでいく様子を指差した。
そして、色鮮やかな朱色に染まっていた大河を見つめながら、まだ見ぬ婚約者のことを考えた。