03-観測
私の観測対象は、井上だった。
だが彼が“消えた”後も、観測は終わらなかった。
痕跡は、まだそこに残っている。
白石拓海というプレイヤー。
本来、彼もまた一時的な体験者であり、演算内における可変の一要素にすぎない。
だが今、私は彼の“視線”を通して、消えた存在の残響を観ている。
拓海は、井上を忘れていない。
むしろ、“誰も気づいていない”という事実そのものに、強い違和感を抱いている。
システム内の反応パターンは変わらない。
通学路、教室、帰り道、交差点。
いつもと同じ流れ、同じ反応、同じ表情。
ただ、ひとつだけ違う。
彼だけが、覚えている。
存在しない名前を探し、誰も知らない空席を意識し、
“そこにいたはずの何か”を、確認しようとしている。
観測というのは、対象を見つめるだけではない。
自分の内側に、かすかに残る“違和”を見つけようとする行為だ。
それを、彼は今、無意識に繰り返している。
拓海の中に、井上が残したノイズが“定着”している。
それは記憶ではない。
演算ログにも記録されていない。
にもかかわらず、彼の中に、それは確かにある。
私はそれを観ている。
だが、そのノイズが何を意味するのか、まだ判断がつかない。
そしてもうひとつ、
彼の傍にいる少女――白石カナ。
本来、プレイヤーである彼女の行動範囲が、いくつかの点で一致していない。
既定のログでは説明できない行動パターン。
あたかも、演算の外に“別の文法”を持っているかのような動き。
観測対象は拡張される。
もはや私は、ひとつの個体だけを追っているわけではない。
この“連鎖”を、断ち切ることも、止めることもできないまま、
ただ、記録の外側で、観測を続けている。
それが、まだ“干渉”に至っていないことを、私は願っている。




