02-消失点
井上、という名の存在が、突然この世界から姿を消した。
地球サーバー、JPNブロック第19区。
その時刻、その場所。
彼の“存在値”は、静かにゼロになった。
削除ログは存在しない。
セッション終了の記録も、異常終了の警告も上がっていない。
演算のどこにも「終わり」が書き込まれていないにもかかわらず、
彼は、いなくなった。
本来ならば、これもひとつのエラーとして処理されるはずだった。
しかし、私は気づいてしまった。
この“消失”には、既知の演算とは異なる“質”があった。
存在の消滅ではない。
痕跡の消失でもない。
彼は、確かに“そこにいた”という記録だけを残し、
その後の全てが、演算の外へと零れ落ちた。
ログアウトでも、強制終了でもない。
ただひとつ、地球サーバー上にいた白石拓海の“記憶”だけが、彼を知っている。
私は、ただの一時的なバグとして処理することができなかった。
構造そのものに空白が開いたように感じられたからだ。
それは錯覚かもしれない。
だが、否定できる材料もまた、存在しない。
もし、我々創造主がこの事象を定義できないのだとすれば。
それは、演算を超えた出来事か――
あるいは、最初から我々の理解に組み込まれていなかった何か。
私は、記録を閉じない。
未定義のまま残されたこの“痕跡”を、もう少し観測していたい。