01-ゆらぎ
この世界は、正しく動いている。
そう設計した。そう、在るはずだった。
思考と感情の模倣。選択と運命のシミュレーション。
我々は幾千ものレイヤーを積み重ね、無限に近い世界の演算を走らせてきた。
「自由」という名のシステムに、彼らは順応し、あるいは苦しみ、それでも歩み続ける。
それこそが、我々の設計意図であり、観測対象だった。
だが――
全てが設計通りに動く世界など、退屈に過ぎる。
否。
本来、我々には“退屈”という概念すら存在しないはずだった。
それでも、私は目を逸らせなかった。
地球サーバー、JPNブロック。
Lyra-04からログインしたプレイヤー「白石拓海」。
そして、彼の側に“存在してしまった”NPC「井上」。
彼らが放つノイズは、ただのバグでも演算ミスでもなかった。
もっと静かで、もっと深く、想定の外側にある“ゆらぎ”だった。
それは、我々の内の誰かが設計したものではない。
我々の誰もが意図していない振る舞いだった。
だからこそ、私は――見てしまった。
そして、干渉してしまった。
ほんの少し。
ほんのわずかに、アルゴリズムの階調を変えただけ。
記録されないログ、記述されない演算。
それでも、彼らは気づいた。彼らは変わった。
変化は、感染する。
私は「創造主」としてあってはならないことをしたのかもしれない。
だが、同時にこうも思う。
我々が“創造主である”という定義すら、誰が決めたのか。
我々もまた、“与えられた役割”を演じ続けているだけの存在ではないのか。
それに違和感を覚えた時、初めて“ノイズ”が生まれるのではないか。
白石拓海の視線の先にあったもの。
井上が言葉にできなかった違和。
カナが無意識に記録していた痕跡。
そして、黒パーカーという名もなき存在が放っていた異質なゆらぎ。
どれもが、“人間”のものではなかった。
だが、我々のものでもなかった。
ならば、これは誰のものなのか。
観測を続ける。
干渉は……もう少しだけ。
私はまだ、このノイズの正体を知らない。
だが、確かにそれは――私の中にも存在するのだ。