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察する力

作者: 雉白書屋

 とある夜、アパートの部屋に二人の男女が帰ってきた。彼らは同棲しているカップルだ。

 部屋着に着替えてテレビの前でくつろいでいると、女が男に一枚の紙の切れ端を渡した。彼女が今書いたものらしい。


【タクシーが十字路を曲がったとき、乗客の男がこう言った。『人間よ!』】


「……ん?」


「ん、は言わないで」


「あ、ごめん。えっと、これは何?」


「しっ、考えて」


「考えてって……? タクシーが人を轢きそうになったから、乗客が警告したってことじゃないの?」


「はあ……」


「え、違うの? あっ、もしかしてこれって暗号?」


「早く考えて、早く」


「え、あ、男は実はオネエだったとか? ほら、口調がさ」


「はあーあ……」


「違う? 乗客の男が言ったんだよね? タクシーの運転手じゃなくて」


「ほんとにもう……」


「あっ、『人間よ!』って、前方に人がいるって意味じゃなくて、呼びかけ? 乗客の男とは書いてあるけど、人間の男とは限らない。つまり、実は乗客は犬とかで、『おい、人間よ! 聞け!』とか……?」


「察しが……」


「ええぇ、んー……」


「ん、は言わないで」


「ああ……その、降参。答えを教えてくれないかな?」


「はあーあ、まず『タクシー』は英語で『カー』でしょ? で、『十字路』から『十』を抜き出して、それを英語に直すと『テン』。これで『カーテン』になるの。で、乗客はそのまま『中に男がいる』って意味ね。それから『人間よ』は『逃げよ』に変換。つまり、『カーテンの中に男がいる。逃げよ!』って意味なのよ。もう、すぐ察してよね」


 彼女がそう言った瞬間、部屋のカーテンからヌッと男が現れた。


「え……」


「もう、あなたのせいよ! すぐに察しないから! ねえ、どうするの? ああ、待って……来ないで……ねえ、なんとかしてよ!」


「いや、タクシーは英語で『カー』ってなんだよ!?」


「はあ!? 今、暗号のことはいいでしょ!」


「タクシーは英語でもタクシーだろ! ねえ、そう思いません?」


「誰に聞いているのよ!」


「それは俺もちょっと気になった」


「はあ!?」


「あの、すみません。ちょっと待ってもらっていいですか? 他にもいろいろと気になることがあるので」


「待つわけないでしょ! 強盗なのよ! 早く逃げないと殺されるわ!」


「いや、俺は待ってもいいよ」


「待つの!?」


「で、タクシーの件だけど」


「えぇ……だから、タクシーは車でしょ? 車は英語でカーでしょ? そこの説明を少し省いちゃっただけよ」


「そうか……いや、英語に直すとか分かるかよ! せめてタクシー運転手が外国人とか、ちょっと匂わせておいてくれよ! それに、『十字路から十を抜き出す』ってなんだよ!」


「しょうがないでしょ! 即興だったんだから!」


「あと、『人間よ』を『逃げよ』に変換するってどういうことだよ!」


「だから、あたし言ったじゃない! 『ん』は言わないでって! 『にんげんよ』から『ん』を抜くのよ!」


「あー……いや、分かるかよ! そういうのはこの文章に書いておいてくれよ!」


「だからしょうがないでしょ! 時間がなかったんだから!」


「それだよ」


「え?」


「普通にカーテンの中に男がいるって書けばいいだろ! なんのための筆談だよ!」


「察してほしいの」


「はあ!?」


「女の子って、そういうものなのよ」


「いやもう、ほんと、もう、君、もうさ……」


「何よ」


「……この前さ、君、冷蔵庫の中を見て、『そろそろ卵なくなっちゃうなー』って言ったよね」


「え? うん」


「で、少ししてからおれがスーパーで卵を買って帰ってきたら、君、すごく不機嫌になったよね? あれってなんで? 何か他に買ってきてほしいものがあったの? 君にそう訊いたけど、何もないって言うし……」


「ああ、あれはね。一緒にスーパーに買いに行きたかったの」


「はあ!?」


「目でそう言ったじゃない。あなたって本当に察しが悪いよね」


「実際には目は物を言わないんだよ。あと、二人で歩いていて花屋の横を通ったとき、君が『私、この花好き』って言ったから、その翌日の夜に花束を買って帰ってきたのに、君、全然嬉しそうにしなかったよね。あれはなんで?」


「ああ、あれは花が好きって言いたい気分だったの」


「言いたい気分!?」


「花束なんかもらっても花瓶がないし、水を換えるのも面倒だし」


「……それから、君に言われたとおりに、コンビニでアイスを買って帰ってきたのに不機嫌になったこともあったよね。あれは……?」


「ああ、待っている間にクッキータイプのやつがいいなって気が変わったの」


「じゃあ、スマホにメッセージを送ってくれよ!」


「だから察してほしいの。わからない?」


「いや、無理だよ!」


「あなたにはね、言わなくてもあたしのしてほしいことを全部してくれる、そんな人間になってほしいの。もう、言わせないでよねっ」


「とんでもないことを言ってるよ……君、同棲してから知らない面が次々出てきてる……」


「よかったじゃない。好きな人のことを知ることができて」


「嫌なタイプのポジティブ……」


「はあ……でも、さすがにこれは察してくれるよね?」


「え?」


「あとはよろしくね!」


「あ、おい!」


「逃げたね」


「まったく……」


「しかし、噂に聞いたとおりの女だったね」


「だろ? でも、どうして家の中にいたんだよ。驚いて咄嗟に名前を呼びそうになったぞ」


「いやあ、来たときに窓が開いているのが見えてさ、サプライズしようと思って中に入って待ってたんだけど、ははは、こっちが驚いちゃったわ。ねえ、どうしてまだあの女と別れてないの? とっくに別れているものと思ってた」


「ああ、それがなかなか別れ話を切り出せなくてさ。察してもらえないんだよね」


「鈍い女……。自分ばっかり察してもらいたがるのなんて図々しい話よね」


「ああ、君の言うとおりだよ。女なんてさ……」


「ふふっ、でも、さすがに」


「ああ、おれたちの関係は察せないよな……ふふふっ、あははは!」

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