不穏
この日の本の都である山城国「京」 全国各地の名産品が集まる文化の集積地であり、多様な思想の人々が交流し合う政治の中心であった。当時、幕府は鎌倉に置かれていたものの、依然として京こそが都にふさわしかった。
首都が移転するのはこれから約500年後、徳川幕府の置かれていた「江戸」が東京と改名され、帝の行幸とともに移された。そんなことは露知らず、2人の少年はきょうを全力で走り抜ける。
私はこの時が一番輝いていた。それはこれから人生の大半を追ってから逃げるために森の中で暮らしたという意味だ。もしくは、世間のことを何も知らずに駆け回り、見るもの全てが目新しい「幼さ」を意味するのかもしれない。伏見稲荷の千本鳥居、清水寺の舞台や教王護国寺を見て回った。その最中、多くの浪人を見かけた。元寇以降、御家人の生活は苦しくなり、やむを得ず長男だけに土地を継がせた。これにより多くの御家人が家を出て浮浪した。
「孫三郎、次はどこに行くのだ?」私は尋ねた。
「うーん。折角ならロクハラでも行くか!」孫三郎は少しニヤつきながら答えた。
六波羅探題。承久の乱で上方が敗れた時、北条義時が置いた調停を監視する機関。巨大な軍事力を持っており、逆らうものは居ない。彼らに仕掛けることはまさに無謀とも取れる行動だ。そんな六波羅探題もこの安定した時代に置いて活発に活動することはないはずだが。
「ねえ、孫三郎。鎧武者が大勢いるよ」
2人の目の前には大鎧に身を包んだ武士が数十人、慌ただしそうに居た。すると1人が2人に気付き近寄って来た。
「やあ、お二人さん。君たちはどこの家のものかな?」
男は笑顔で、しかし目は笑っていなかった。私の筋肉は硬直し、寒気がした。答えることもできなかった。
「私は多治見国長が家臣小笠原孫六嫡男孫三郎、こちらは侍従の松寿丸と申す」
孫三郎は胸を張り、咄嗟に答えた。男の笑顔は作り物から真の笑顔へと変わった。
「そうかそうか、国長殿の者か。国長殿の今晩のご予定は?」
「何故それを尋ねるのですか」
孫三郎は眉をひそめながら答えた。私は孫三郎に任せっきりなのを申し訳なく思ったので男に向かって言った。
「国長様はよき人だ。今夜も多くの人を招き、歌を詠みなさる。」
私は誇らしげに言った。すると孫三郎が小声で「なに馬鹿正直に答えているんだ」と呟いてきた。私は不思議に思いながら孫三郎の顔を見た。孫三郎は不安そうだった。一方、男は真の笑顔から作り物の笑顔に戻り言った。
「ありがとう」
そう言って、仲間の中に戻ると、長らしき者が馬に鞭を打ち走り出し、他の者も続いた。馬の蹄の音は遠くなり、孫三郎の呼吸音だけが聞こえる。