拾われた
元亨四年の秋、私は多治見国長という人に拾われた。私を拾った国長は屋敷に帰り、すぐに湯屋に入らせた。ずっと道端にいたため相当臭かったんだろうと思う。湯屋を出た後は、強飯で作った握りを食べさせてくれた。久しぶりの食事だったのだろう。今でも味を覚えている。すると、襖の後ろから声が聞こえた。
どうやら、家臣と国長が会話をしているようだった。
「なぜ、このような時にどこの馬の骨ともわからぬ者を拾ってきたのですか?」
今になってわかったが、家臣の名は小笠原孫六という。彼の指摘はごもっともだった。しかし、国長は反論した。
「これから、より密かにことを進めなければならない。その時、密使として使えるでないか。幕府もこんな稚児が密使とは気づかん。」
私は嬉しく思った。仕事を与えてくれることは、ここに住まわせてくれるということだからだ。すると、襖が開いて国長が喋りかけてきた。
「屋敷の奥に小さいが部屋を用意した。明日から仕事をしてもらう。」
私はふと、今まで流民だった自分が仕事をできるか不安になった。国長は汲み取ったのか私に言った。
「安心せい。手紙を届けるだけの簡単な仕事だ。
ところで、お前の名はなんだ?」
「私は流民にいたので名はありません。」
「なら名をやる。名がないと明日から不便だろう。」
国長は少し悩んだ後、ニヤリと笑った。
「明日から松寿丸と名乗れ。」
私は喜びながら、感謝を述べた。国長は少し照れながら、部屋の外を指さした。
「あっちがお前の部屋だ。早く寝ろ!明日寝坊したら許さんからな。」
私は興奮気味に小走りで部屋に向かった。
部屋に入ると、畳まれた布団が置いてあった。だが、布団など引いたことがないので、困惑していると後ろから誰かが喋りかけてきた。
「布団の引き方知らねえのか?」
「き、君は誰?」
「俺は小笠原孫三郎。お前は?」
「私は松寿丸。今日からこの屋敷に入った。」
「へー。そういえば布団を引きたかったんだな。
教えてやるよ。って言っても大層なもんじゃないけどな。」
そう言うと、あれこれ教えてくれた。一つ一つ分かりやすく丁寧に。
「またなんかあったら、何時でも聞けよ!またな」
「うん!ありがとう。またね」
私は直ぐに布団にくるまった。こんなふかふかな物の中で寝れるとか最高!と思いながら眠りに落ちた。
登場人物
松寿丸:多治見国長に拾われた。
多治見国長:松寿丸を拾った鎌倉御家人。
小笠原孫六:国長の家臣。
小笠原孫三郎:孫六の嫡男。松寿丸と同い年。