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【004】黒のアトリエ

 曇天の朝、俺は目を覚ました。朝はグレイグ兄上の方が仕事に出かけるのが早いため、俺達は別々に食べる。兄上は、朝は家ではあまり食べない。兄上が朝を共に食べる場合は、休日のみで、普段兄上は王宮レストランで打ち合わせをしながら朝食をとっている。


 キルトと二人で向かった食堂で、俺はパンにクリームチーズを塗った。

 よく焼けていて、噛むとパリッと音がする。本日は俺の好きな冷製のじゃがいものポタージュと、バジルの風味がきいたソーセージがメインだった。


 ちなみにぜんまい族は、食事をするものもいれば、しないものもいる。基本的には人間のような栄養補給は不要らしいが、体である器の中に臓器がある場合、人間と同じように飲食が可能である。ただそれは生前の記憶を頼りにした娯楽のような行為らしい。ちなみにキルトはめったに食べない。


 食後身支度を完璧に整えてから、俺はキルトと二人で邸宅を出た。執事のエヴァンスには、昼食は不要だと伝えてきた。たまには王都で外食するのも一興だ。


 坂道を下っていき、貴族邸宅が並ぶ区画を抜け、左に曲がる。

 そして王都の大通りに通じる道を歩いた。街路の脇には花壇があって、赤いベコニアが咲き誇っている。等間隔に並ぶ街灯の横を通り抜け、俺は大通りに出た。魔導馬車がいくつも走っている。魔導馬車というのは、馬車とは言うが、動物の馬が引いて走るわけでは無い。御者の魂が宿る馬型のぜんまい族がひいている。彼らのように働くぜんまい族も多く、やはりぜんまい族の存在は、ある程度この王国に根付いていると俺は思う。


 道を行く人々も九割は人間であるが、残りの一割ほどはぜんまい族だ。十人に一人もいる存在なのだから、そう珍しい存在とは言えない。だが、狩られると目立つ。


「人間への通り魔の数だって、少ないわけでは無いと思うけどな」


 ぽつりと呟きながら、俺は隣を歩くキルトを一瞥した。キルトは首を動かして俺を見ると、小さくその頭を動かす。


「それでも、今の王都・ディアッカスは平和な方だと思うけどね」

「今の?」

「そう、今の。僕の頃のディアッカスは、まだ未開に近かったというのもあるけど、荒れていたんだよぉ」

「『白紙の時代』の直後だからか?」

「どうかなぁ。僕はそのお話は、したくないなぁ」


 キルトが俺から顔を逸らし、前を向いた。

 過去にも何度か、『白紙の時代』についてそれとなく尋ねようとしたが、キルトはこの話題はあからさまに避ける。教えてはくれない様子だ。俺から見ると歴史の生き証人でもあるキルトだが、全てを語ってくれるわけではないし、話してくれたとしてもそれが真実なのか否かを判断する術が俺には無い。


 大通りに出て少し歩いてから、二つ裏の細い通りを目指して進んだ。

 そこは一風変わった個人店が並ぶ区画で、イチジク通りと呼ばれている。イチジク通りに出てから右折し、俺はさらに先を目指した。暫く歩くと、右側に一風変わった台形のような屋根を持つ、黒のアトリエが見えてきた。木製の扉を一瞥し、俺は静かに開けた。


「おはようございまーす」


 俺が声をかけると、中でキャンバスに向かい合っていたぜんまい族の人物がこちらに振り返った。四角い箱のような顔には三つの時計の文字盤がついていて、本人曰くそれぞれが、過去・未来・現在の時間を示しているらしい。俺には時刻が違うことしか分からないが、どれも同じ十二の数字がついた時計に見える。唇は巨大で黒く、時折覗く舌が紫色だというのは、何度も会ったことがあるから知っている。耳と首だけは人間らしいこのぜんまい族は、頭の上にはシルクハットを載せており、シャツの上にはくすんだ灰色のローブを羽織っている。キャンバスに向けている右手は、手首から先が巨大な羽ペンと融合している。人間らしい指は親指と中指と小指だけで、彼は器用にその部分で絵筆を持ち、現在は油絵を描いていたようだ。彼こそがこの黒のアトリエの主あるじである、ファレルさんだ。


 ファレルさんは、錬金術師の魂を持っているらしい。錬金術師というのは、科学を専門に扱う者だ。魔術を行使する魔術師と、同じ結果を実現できることはあるが、考え方が根本的に違うのだという。ただ機械魔術のように、錬金術の技法と魔術の技法の両方を用いるものも世界には存在しているから、両者は切っても切り離せない関係なのだという。


「やぁ、ごきげんよう。ジェイス、それにキルト」

「……」


 キルトは答えない。キルトは俺以外の前ではあまり喋らない。だがファレルさんは気にした素振りもなく、俺に向き直った。


「私の油絵を見に来てくれたのかね?」

「まさかぁ」


 俺は笑顔で首を振った。彼の油絵は、俺には奇っ怪にしか映らない。八本も腕が生えている人間の絵を、彼は『これは円形の表現だよ』というのだが、俺にはさっぱりだ。


「実は、最近ぜんまい狩りがあると聞いて。なにかご存じありませんか?」


 にこやかに俺が尋ねると、ファレルさんが俺の方に体ごと向き直った。

 目が無いので、俺を見ているのかは判断できない。

 ただ、黒い肉厚の唇の両端が、それぞれ持ち上げられた。



「ふむ。このイチジク通りでも、二件被害が出ているからねぇ、知らぬ存ぜぬというわけではないが。しかしこれは異な事、奇妙だね。何故、キミがぜんまい狩りについてなんて?」

「ええ……まぁ、ちょっとした興味です……」


 アルマ殿下の名は伏せて、俺は曖昧に笑った。


「好奇心は偉大だ」


 巨大な唇を開け、紫色の舌を出して、ファレルさんが楽しげな声を放つ。


「二人の被害者は、どんな被害にどんな状況で遭ったんですか?」


 俺が尋ねると、人間らしい左手の指をファレルさんが鳴らす。すると正面にスケッチブックが出現した。これは亜空間と呼ばれる科学技術を駆使した場所から、物品を取り出すことができるという錬金術の手法である。魔術と違って、何も無い場所から出現させているように見える。魔術による召喚魔術の場合は、物理的な倉庫に魔方陣を描き、そこから呼び出す形になる。これも似た結果が生じるが、錬金術と魔術で違う例だ。


 スケッチブックを開いたファレルさんは、さらさらと右手の羽ペンの先で、絵と文字を書き始めた。インクは体内から自動的に染み出してくるのだという。


「一人目のぜんまい族は、靴職人のトワトくんだ。ほら、靴頭の」

「確か革靴が頭部で、そこに人間の眼が二つついていた男の子でしたっけ?」

「そうだよ。まだ魂が定着して十年も経たない。その前の人生においても、確か三歳程度だったはずだ」


 ぜんまい族の年齢の数え方には諸説あるが、多くは魂定着後の年齢で数える。

 理由は魂が定着すると、生前の記憶が曖昧になる者が多いからだ。

 はっきりと記憶があるキルトやファレルさんの方が、稀な例である。


「見事に首から上を落とされた。いやぁあれには処刑人のギロチンくんも真っ青になるんじゃないだろうかねぇ」




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