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幼馴染の超イケメン人気アイドルとわたしが付き合うわけがない

作者: -86

『新進気鋭! 世代を問わず人気を博しているボーイズグループ「ティアーズチルドレン」。そのセンターを務める調宮(つきのみや)(るい)独占インタビュー! 全女子の憧れのプライベートを徹底的に掘り下げちゃいます!』


 若い女性向け雑誌の表紙に踊るポップな書式で書かれたそんな文言を見ながら、部屋の主である司馬うつほは、高校生になっても相変わらず部屋に上がり込み続ける幼馴染に声をかける。


「徹底的に掘り下げる、ねぇ」

「どうかしたの、うつほちゃん」


 何が嬉しいのか、こうしてちょっと声をかけるだけでも微笑みを返してくる幼馴染の顔は、雑誌の表紙を飾る大人気アイドルとまったく同じ顔をしていた。


 調宮涙。

 180センチを超える長身に、性別を超越したような美しさ。男性としては珍しい長髪のツヤは、女性のトップモデルと比べても遜色ない。

 彗星の如く芸能界に現れたその男性アイドルは、瞬く間に世の女性たちを虜にし、気づけば毎日のようにテレビで見る顔となっていた。


 そんな彼のそこらの女性なら一発で恋に落としてしまうような微笑みを無視して、うつほは改めて雑誌に目を落とす。

 プライベートを徹底的に掘り下げる、ねぇ。彼に向かってかけた言葉と同じ言葉を自分の中で噛みしめる。例えば、こんな風に幼馴染の女の子の部屋に臆面もなく上がり込むところも掘られちゃってるんだろうか。いや、流石に炎上するだろうしマネージャーが止めてるか。

 そんな益体もないことを考えながら、表紙を開く。果たして、どれだけ美化された「プライベート」を幼馴染が送ってることになってるのかを少し楽しみにしながら。

 

 ────

 

「ないわー……いや、あれはないよ……良くないって……」

「昨日からずっとそれしか言ってないねうつほちゃん」


 翌朝、うつほは昨日の雑誌の内容についてぶつくさ言いながら涙と一緒に登校していた。

 別に、雑誌に書かれていたことが涙のプライベートに反していたわけではない。むしろ、想像以上に赤裸々に書かれていたので、涙のプライバシーの心配をしてしまうほどだった。あれを読めば、涙の一日がおおよそわかってしまうレベルだと思う。

 ただ問題があるとすれば。

 

「だってこれ読んだ人絶対にあんたの幼馴染のこと男だと勘違いしてるよ。少なくともわたしは女子だとは思えなかった。一瞬わたし以外に涙に幼馴染いたのかな?って考えるくらいには女の子要素が欠片もない」

「うつほちゃんはかわいい女の子だよ?」

「いやそういうことじゃなくて……もういいや、どうせわざとじゃないんだろうし」


 涙が雑誌で語っていた内容にはもちろん幼馴染であるうつほのことも書かれていた。なんなら内容の8割くらい幼馴染の話だった。まあなにもなかったらおはようからおやすみまで一緒に行動しているのが常だからそれは仕方がない。ただ、その語り方がよくなかった。

 涙は仲のいい幼馴染がいるという話だけはしたものの、その性別には一切触れなかったのだ。

 一緒に登下校したり、一日中部屋に入り浸ったり、夕飯を互いの家で食べたりというようなエピソードは話したものの、まったくそこに女の子を相手しているというニュアンスは含んでいなかった。読む限りではどう見ても男を相手にしているようにしか読み取れなかった。一応こちとら華の女子高生だぞ、とうつほが拗ねる程度には語られ方が男だった。アイドルの商売を考えればそこまで仲のいい幼馴染の女の子がいるってことはばれない方がいいのはうつほにだってわかっている。それはそれとして、腑に落ちないのは事実だった。

 

「あと、あんたの顔で女の子に軽々しく可愛いとか言わない。わたしはともかく他の女の子にやったら一発で勘違いされるよ」

「うつほちゃんにしか言わないよ?」

「それはそれで意図がわからなくて怖い。もっとかわいい子が他にいるでしょうに」

「かわいいからかわいいって言ってるだけなのに」

「はいはい。そういうことは幼馴染じゃなくて将来のお嫁さんに言ってあげな。っと、もう校門かぁ。いつもの”ファンミーティング”、いってらっしゃい」

「うん。待っててね、うつほちゃん!」


 いつものようにくだらないことを言いあいながら歩いていると、気づけば学校の校門が目の前に来ていた。

 ぱっと見何ら変哲もないよくある高校の校門だが、そこが調宮 涙の通う高校となると話が一変する。登校する涙を一目見ようと朝から多数の女子生徒が集まり、ちょっとした人だかりができるようになったのだ。

 最初はあの調宮 涙がこの高校に入学すると知った極小数の女子が校門に張り込んでいたのを涙が目ざとく見つけてファンサしたのが始まりで、あれよあれよという間に張り込む女子の数が増えていき、最終的にちょっとしたファンミーティングの様相を呈し始めたのである。幼馴染のうつほとしては、人気者は大変だなぁと思うばかりである。

 ちなみに、うつほはファンミーティングが終わるまで人だかりから少し離れたところで待機中である。別に涙を置いて先に教室に行ってもいいのだが、一回それをやったとき涙がしょぼくれた犬のような顔をしたのでそれ以来待つことにしている。幼馴染がちやほやされているのを見ることも別に嫌ではないので問題はない。

 

「よお、司馬。今日もいつものか?」

「ん、田杭か。おはよう。そうそういつもの。毎日毎日みんな飽きないよねえ。みてよ、今握手してもらってるあの子なんてもうずっと来てるよ。半年くらいは平日は毎日握手してもらってるんじゃない?」

「そいつはすげえや。っと、司馬、ちょっと渡したい物があるんだけどよ」

「ん? なんか貸してもらう約束とかしてたっけ?」


 校門でスマホを見ながら涙のファンミが終わるのを待っているうつほに、一人の男が声をかける。

 田杭時仁(ときひと)。うつほと涙のクラスメイトだ。

 ぶっきらぼうながら面倒見のいい性格で、男女分け隔てなく信頼されているいい奴である。うつほとはマンガの趣味が合うため、お互いに貸し借りする関係で、学校の友人の中では仲がいいほうなのは間違いはない。ただ、涙に対しては他の人よりつっけんどんな態度を取りがちで、うつほとしては少し疑問に思っている。別に嫌ってるとかそういうのではないと本人は言っているが、実際のところは謎である。

 

「いや、今回はそういうんじゃない。ただ単にオレからお前に渡したい物があるだけだ」

「ふーん。なんというか、珍しいね」

「オレも柄じゃねえことしてるなって自覚はある。まあ、実際に渡した方が早いか。ほら」


 そう言って田杭が手渡してきたのは一通の便せんだった。なんの捻りもない白い紙でできており、封はセロハンテープで止められていた。ある意味田杭らしいが、それはそれとしてもうちょっと何とかならなかったのかと思わなくもない。

 そんな感情をこめてうつほは田杭に視線を送ると、田杭はバツが悪そうに頭をかいた。

 

「……そう睨むな。便せんに入れただけまだましだと思ってくれ。最初はそのまま中身を手渡そうかと思ってたくらいなんだ」

「そうしなくて本当によかったよ。それだったら流石のわたしもゴミ渡された?って思うところだった。で、これは一体なんなの? ゴミじゃないのは分かるけど」

「用件は中に書いてある。口では言えん」

「無茶苦茶怪しくなること言うじゃん」

「別に怪しくはねえよ。口では言いたくないだけだ。あと……」


 そこで言葉を切り、田杭はおもむろにうつほの耳に口を寄せる。17歳女子の平均身長に届かない小柄なうつほの耳に近づくには、涙ほど高くない田杭でもそれなりにかがむ必要がある。

 突然の田杭の行動にうつほは、かがまれると意外と威圧感あるんだなぁ、と場違いな感想を抱く。

そして田杭は声を潜めてこういった。


「手紙は涙のいないところで読んでくれ。内容を話すのも家に帰ってからにしろ。それまでは、誰にも手紙の中身について話すな」

「……えっと、それはどういう」

「用件はそれだけだ。じゃ、また教室で」


 それだけ言って、田杭は態勢を戻すとそのまますたすたと歩いて行ってしまった。

 最後に伝えられたこと。あれは何だったんだろうか。そもそも、田杭がわざわざわたしに手紙で伝えたいことってなんだろうか。わからない。

 結局、涙が戻ってくるまでうつほは田杭が歩いて行った下駄箱の方をずっと見ていた。

 

 ────

 

 『放課後、B棟三階の一番奥の教室にて待つ』

 手紙には飾りっ気のない武骨な字でそれだけ書かれていた。授業間の5分休憩に手紙を開いた時に出てきたときがこれで、果たし状か?と一瞬疑ったほどである。これはこれで田杭らしいと言えばらしいのだが、女の子を呼び出すならもうちょっと体裁を整えてほしかったとうつほは思う。

 というか、わたしの周りの男どもは本当にわたしのことを女だと思っているのだろうか。いやまあ、たしかにわたしが女の子らしい女の子のムーブをしているわけではないのだけれど、余りにも男友だちの延長みたいな付き合い方されてる気がする。やっぱりあれなんだろうか。ポーポポ読んでゲラゲラ笑うタイプの女なのが悪いんだろうか。

 そんなくだらないことを考えていたら、いつの間にか指定された教室の前に来ていた。こうして実際に呼び出されてみると親しい間柄の相手でも部屋を入るときには意外と緊張するもんなんだなあと少し思う。まあ、緊張している理由は100%何のために呼び出されたかがわかってないからなのだけれど。

 ……本当になんで呼び出されたんだろう。放課後に呼び出し食らうのなんて創作の中でもカツアゲか果し合いくらいじゃなかろうか。

 ……いや、でも、ほかにも何か一つあるような……。

 

「もう来てたのか。早すぎないか?」

「うぇ!?」


 扉の前でうつほが考え込んでいると、横から声がかけられた。

 誰かと思って振り向いてみれば、呼び出した側である田杭だった。どうやら、まだ来ていなかったらしい。

 誰もいない教室の前で緊張してたと考えると少し恥ずかしくなるうつほだった。

 

「入ってればよかったのに、なんで外にいたんだ」

「いや、ちょっと考えごとしてて。何考えてたかは……あんたに話しかけられたから忘れた」

「自分の物忘れの原因を人に押し付けるな。……とりあえず、中に入るか。廊下で駄弁ってる必要もないからな」

「まあ、そうだね。わたしとしてはわざわざこんな場所で話す必要もわかってないんだけど」


 うつほの発言に思わず目を見開きうつほを見つめる田杭。その様子に、うつほは何か問題があったことを察する。ただ、問題があることは察せても、その問題が何かまでは分からなかった。


「……なんでそんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるのよ」

「あー……やめておく。今ここで言ったら呼び出した目的が果たせなくなりそうだ。しいて言うなら、そういうところだぞ、司馬」

「そういうところってどういうところよ、田杭」


 話している感じはいつもと変わらない田杭だな、とうつほは感じる。これといった特別な感じはない。徹頭徹尾いつもの田杭である。

 だからこそ、わざわざこんなところまで呼び出す意味が分からない。特別なことをするわりには、余りにもいつも通り過ぎた。頭に疑問を浮かべながら、うつほは田杭が開いたドアに続いて教室の中に入っていったのだった。

 

 ────

 

「単刀直入に言う。司馬うつほ、お前のことが好きだ。是非オレと付き合ってほしい」

「はっ!?!!??」


 教室に入り、立ち話もなんだということで適当な椅子に座ってから開口一番、田杭はうつほに告白した。

 告白、そう告白である。告白とはつまり恋愛感情の告白であり、それすなわち田杭はわたしのことを恋愛的に好きであり、要はわたしのことを女として見てたってことで、

 えーっとだから、

 つまり、

 その、

 

「うっそだぁ」

「一世一代の告白に対してその反応は流石に傷つくぞ」


 あまりにも自分が告白されたという現実味が無さ過ぎて、うつほはあまりにもあんまりな反応を返してしまう。

 しかし、考えても見てほしい。これまで一切浮いた話なんてなく、ましてや告白なんてされたこともない男勝りな女の子が初めて告白されたときの感情を。

 今まで女の子扱いされた経験が薄く、まさか自分が女性として見られていたことを初めて知ったときの衝撃。胸に去来するのは喜びよりも困惑の気持ちである。そしてそこに結びつくのが普段からの自分の扱い。いつも気安く接してるのにまさかわたしのことを女として見てるなんてありえないという一種の信頼と、そうそう発されることのない好きという言葉の特別感。それらが混ざり合いきっとこれは性質の悪い冗談であるという結論を導く。それこそが『うっそだぁ』という反応なのだ。

 この言葉を受けて関係性が変わることが恐ろしくなり冗談めかして引く男は幸せを引き込めないヘタレ野郎だ。しかし、田杭という男は違う。今まで通りではいられないことを覚悟してうつほを呼び出し、自分のモノにしようという強い意志を秘めた男である。

 田杭はうつほの手を取ると両手で固く握りしめた。己の想いが伝わるように、己の雄を目の前の雌が感じるように。しかし、それだけで自分の好意が十全にうつほに伝わるとは田杭も思っていない。ヒトとは言葉でコミュニケーションを行う動物である。であればこそ、言葉を用いなければ相手に自分の考えは伝わらない。あくまで手を握ったのは一種のパフォーマンスである。

 次の告白を以て、うつほの心を仕留める。

 

「うつほ、よく聞け」

「ひゃい」


 ちなみにうつほはもうガッチガチだった。

 親しいクラスメイトだと思っていた田杭からのガチ告白。しかも突然握られた手の大きさや骨の張り方に雄を感じてしまい、今この場において自分が捕食対象であると本能が判断し、極度の緊張状態に陥っていた。そりゃ舌が上手く回らないわけである。

 

「いいか、うつほ。これは冗談でも何でもない。純然たるオレの本音だ。オレはお前と付き合いたい。クラスメイトとしてではなく、恋人として、誰よりもお前と深い関係になりたい。お前の優しさと純粋さを隣で見ていたい。その代わりとして、オレはお前のことを護ると誓おう。あらゆる不幸、あらゆる悲しみからお前を護る盾となり、お前の心と人生をオレの愛で満たしてみせる。だから、オレの愛を受け入れてくれるのであれば、うつほ、オレと付き合ってほし──」


「──保留で!!!!!」


 突如目の前で爆音が鳴り響き、固く握られていた手の中から自分のものではない柔らかさがなくなる。

 一拍遅れて、田杭は何が起こったのかを悟った。突然のうつほの大声に驚き、一瞬だけ全身の筋肉が硬直。その隙にうつほは自分の手を引き抜き、そしてあっという間に田杭から距離を取ってしまったのだ。驚くべき早業であった。

 しかしそんなことよりも田杭が気になったのは保留という言葉である。『はい』でも『いいえ』でもない『保留』とはどういうことなのか。顔を真っ赤にして自分の鞄を抱きしめているうつほに聞かなければならないだろう。

 

「保留、か」

「そう! 保留! いったんタンマで!」

「……それは、期待してもいいってことか?」

「へっ…!?」


 のそりと田杭が椅子から立ち上がる。改めて見ると、しっかりと筋肉がついたいい体をしているなとうつほは思ってしまう。きっと、本気で組み伏せられたらわたしじゃどうにもならないんだろうなという確信がある。体の丈夫さには自信があるが、絶対的な膂力が違いすぎる。

 逃げなければ。でも、何故だか足がすくんでじりじりと後ろに下がる事しかできない。気づけば、後ろはもう壁だった。扉はもう少し横にあるのに。どうしてか足が横に動かない。田杭は今この瞬間にも近づいてきている。

 ほら、

 もう、

 すぐそこに。

 

「うつほ、改めて聞かせてくれ」


 ドンッ!っという音とともに田杭の顔が目前に迫る。見上げれば壁に突かれたたくましい腕が見えた。正面を向けば野性味がありつつもそこそこ整った顔がすぐ目の前に。

 この態勢は、逃れられない。

 

「期待して、いいんだな?」

「────わたし!!!!! 帰る!!!!!!!!!!」


 再度爆音。先ほどかそれ以上の。

 田杭が顔をしかめたタイミングで教室の扉へとダッシュする。今度はきちんと足が動いてくれた。今はとにかく逃げなければ。

 ……どうして? 田杭から離れ、ようやく戻り始めた冷静な部分がうつほに囁く。でも逃げるしかない。だって、それ以外に選択肢がないのだから。夕日が照らす校舎の中を、うつほは全速力で駆け抜けていった。

 

 ────

 

「すこし、やりすぎたか」


 校門を全速力で駆け抜けていくうつほの後姿を見送りつつ、田杭は独り言ちた。

 でも、あそこまでやれば鈍感な彼女にもオレの想いは伝わっただろう。可愛い姿も見れたしな。思い返すのは顔を真っ赤にしてとぼけた顔をするうつほの姿だ。笑っている姿も可愛いものだが、赤面している姿もまた可愛らしい。あまりそういう顔をしないのもあって貴重な姿を見られた。願わくば今後もその姿を隣で見守っていきたいものだが……。

 

「それは、あいつがどう出るかだろうな」


 やれることはやった。何事もなければきっとうつほはオレに靡くはず。そんな自信が田杭にはあった。……あくまで何事もなければだが。

 どれもこれも、すべては明日わかることだ。考えても仕方がないと割り切り、うつほからだいぶ遅れて、田杭も空き教室から出て行ったのだった。

 

 ────

 

 帰るやいなや、うつほは自分の部屋に閉じこもり、胸のドキドキと格闘していた。

 無論、全速力で帰ってきたが故の動悸の激しさ、というわけではない。今うつほの頭の中にあるのは田杭からの告白のことだけである。人生で初めて告白を受けたのだ。しかも、仲がいいと思っていた友人から。田杭とは確かに仲が良かった。おそらく、高校で出来た友人の中では最も仲がいいだろう。でもそれはあくまで友人としてだ。まさか田杭が女としてわたしのことを見ていたなんて。

 思い返すだけでまた顔が熱くなる。今まで浮いた話の無かったうつほにとって、田杭からの告白はあまりにも情熱的すぎた。手にはまだ田杭の手の感触が残っている。ごつごつしてて、大きくて、わたしなんかの手なんて握り潰せてしまいそうなほど逞しい手。あれはたしかに、男の人の手だった。

 はぁ、と熱のこもったため息が漏れる。自分から出たとは思えないほど、色っぽいため息だった。思わず口に手を当ててしまう。そうしてようやく自分の感情をうつほは理解した。わたしは今、田杭のことを男として見てるんだ。だから、こうして胸が高鳴っているんだ。それはある種、雌の本能と呼べるものだった。良質な雄に見初められた雌は、いやがおうにも体が応えようとする。理性(こころ)が伴わなくとも本能(からだ)は正直なのである。田杭の情熱な告白を受け、うつほの体は急速的に雌として開花しようとしていた。そして、理性とは時として本能に狂わされるものでもある。

 

「どう、しよう。思わず保留にしちゃったけど、付き合っても────」


 コン、コン、コンというノックの音。「うつほちゃん、いる~?」という涙の声。それによって、うつほの思考は断ち切られた。いつものように「開いてるよー」と声に出して、そこで自分の行動に違和感を持った。

 

 なんでわたしはこの精神状況で涙を迎え入れたんだ?

 

 とはいえ発した言葉は取り消せない。「失礼しま~す」という気の抜けた言葉とともに、涙はうつほの部屋の扉を開ける。

 

「……うつほちゃん、何かあったの? 今日は一緒に帰れないって言ってた用事が原因?」


 部屋に入ってすぐ、涙はうつほにそう問いかけた。

 まあ、そりゃ聞くよね、とうつほは思う。こんな状況は自分でも初めてなんだから、涙だってわたしのこんな姿は初めて見るだろう。だったら、様子が気になるのは当然のことだ。ましてや、わたしたちは仲のいい幼馴染なんだから。

 その上で、うつほは考える。ここからどう対応するか。誤魔化すか、それとも全部話してしまうか。いや、考えるまでもないか。わたしと涙の間に隠し事はなし、それが昔からの約束だった。涙がアイドルにスカウトされたときも、わたしが将来の夢を決めた時も、わたしたちはいの一番にお互いに報告しあった。今回も、また同じことだろう。

 それこそ、今後一生の話になるかもしれないのだから。

 

「涙、ちょっと聞いてくれる?」

「もちろん。いくらでも話を聞くよ」


 にこやかに涙は微笑みかける。相変わらず相手がわたしでなければ一発で恋に落ちてしまいそうな顔だ。多分、自覚はないんだろうな。じゃなかったら、わざわざ幼馴染のわたしにそんなとびきりの表情は必要ないだろうし。

 

「実はさ、今日の放課後、田杭に告白されたんだよね」


 瞬間、涙の顔から表情が消えた。しかし、うつほは気づかない。熱に浮かされた頭では、目の前にいる幼馴染の変化にも気づけない。

 

「わたしもビックリしちゃってさ。その場では思わず保留にしちゃったんだけど、家に帰ってきてよくよく考えたら受けてもいいかなって思い始めたんだよね。あいつがいいやつなのはわたしも知ってるし、漫画の趣味も合うから仲良くも過ごせると思う。恋愛的に好きかどうかは正直よくわかってないけど、告白を受けてからなんだか胸のどきどきが止まらなくてさ、もしかしたらこれが恋って、」


「うつほちゃん、こっち向いて」

「えっ、な──」


 に、と言い切れずにうつほは涙に唇を奪われた。

 ロマンティックさのかけらもない乱暴なキス。貪りつくすように深くまで涙の舌がうつほの口の中を蹂躙し、やがておびえたように縮こまったうつほの舌を絡めとる。自分の口内を自分の意志で操作できないものに荒らされる異物感。自分の舌を舐められるという感じたことのない感覚。きっと、この背筋に走るゾクゾクとした感覚は気持ち悪い、と呼称するべきだろう。だって、こんなにもいてもたってもいられなくなるような感覚、不快じゃなければ感じるはずもないんだから。

 押し返すべき両手はハナから涙に抑え込まれていた。蹴ろうにも太ももを尻に敷くようにして涙が覆いかぶさっているから脚が動かない。口はもう最初から力が入らない。うつほは今この場において完全に被食者であった。ぐちゅぐちゅという音が耳の中で響く。自分の体の中で起こっていることなのにどうにも現実感が無かった。うつほの胸を満たすのはどうしてこうなった?という一つの疑問。その一点だけで、うつほはこの異常な状況の中で意思を保っていた。

 

 ちゅぷ、という音とともにようやく唇が離れる。どれだけ長くキスしていたのだろうか。うつほの体感では10分以上はしていたような気がする。まともに呼吸ができていなかったのもあって息が苦しい。なんで涙がそんなに余裕があるのか甚だ謎である。あれか? イケメンはキスが上手いのが条件なのか?

 唇を意図せず奪われた直後だというのに、うつほには割と余裕があった。涙の顔が至近距離から離れたことで、ようやく涙の表情がちゃんと見えるようになる。覆いかぶさるような体勢もあってかいつもの瞳のきらめきは感じられず、暗く淀んだ色をしている。唇は真一文字に結ばれており、表情があまり読めない。

 でも、うつほにはわかった。

 

「……なんで襲ってきたあんたの方が悲しい顔してるのよ」

「……ごめん、うつほちゃん」


 涙は悲しんでいた。なんで悲しんでいるのかは定かではないが、確かに涙は悲しんでいたのだ。

 その結果出力されたのがわたしに無理矢理キスすることだったんだろうとうつほは検討をつける。なんともはや無茶苦茶な話だが、涙らしいなとうつほは感じてしまう。ドラマとかで演技している時はプロだなあと思うこともあるが、昔から涙は自分の感情に整理をつけるのが苦手なのだ。耐えて耐えて耐え忍んで最後の最後に突飛な形で爆発することが昔からたまにあった。今回もそういうのなんだろう。

 でも、それはそれ、これはこれ。乙女の純潔を汚したのだからそれ相応の報いは受けてもらわないと。華の女子高生のファーストキスを奪った罪は命より重いと思い知れ。

 

「涙、顔上げてこっち見て」

「……はい」


 スパァン!と景気のいい音が鳴る。

 うつほも初めてビンタをしたが、意外といい音が鳴ってびっくりしている。アイドルとしての命と言ってもいい顔を張り倒せば罰としてはいい具合だろうとは思ったが、ここまでいい音がなってしまうと本当に大丈夫か少し気になってしまう。

 でも、張った側が張られた側を心配するのもおかしな話なので、あえてここは気にしないことにする。

 

「……これでわたしのファーストキスを奪ったことは手打ちにしてあげる。で、なんでこんなことをしたのか教えてほしいんだけど」

「……うつほちゃんは優しいね。それで、えっと、こんなことをした理由なんだけど……」


 奥歯にものが挟まったかのようにもごもごと口を動かしながら涙は一度言葉を切る。そして数度の深呼吸の後、改めて口を開いた。

 

「うつほちゃんを他の人のモノにしたくなかった。うつほちゃんを自分だけのモノにしたかった。うつほちゃんを一生離したくなかった。だから、思わずキスをしちゃったんだ」


「……え?」


 涙の理由を聞いて、うつほはまず自分の耳を疑った。

 だってこれではまるで告白だ。しかも、かなり情熱的なタイプの。田杭に続いてまさか涙にまでこんなことを言われるとは。でもうつほも二回目だ。まだ受け入れられる土壌がある。よし、今度こそ、毅然とした態度で立ち向かおう。

 

「うっそだぁ」

「嘘じゃないよ」


 やっぱり信じ切れなかったらしい。一朝一夕どころか数時間も経っていないのに受け入れる態勢なんて整えられるわけがなかった。

 うつほのこの反応は予想していたのか、涙は特に動じもせず、さらに言葉をつなげていく。

 

「本当はもっとちゃんと自立できるようになってから言おうと思ってたんだけどね。僕はうつほちゃんのことが大好きなんだ。それこそ、恋人にって、結婚して、赤ちゃんを作って、一緒に育てて、そして最後にお爺ちゃんとお婆ちゃんになった後にいい人生だったねと笑いあいたいんだ。病めるときも健やかなるときも、支え合って一緒に生きていきたい。それが、僕の嘘偽りない本心だよ」


「……お、おぉ……」


 涙の渾身の告白を受けて、うつほは放心していた。

 うつほが今まで涙の顔に対して特別な感情を抱いていなかったのは、あくまでお互いが”幼馴染”であるという前提があったからだ。でもその前提が崩壊しているのであれば、いや、そもそもそんな前提が最初から成立していなかったというのなら、うつほの涙の顔に対する耐性は脆くも崩れ去る。そこにいるのは、顔のいいイケメンに迫られてあたふたするただの一人の乙女でしかなかった。

 

「顔真っ赤にしてる姿も可愛いよ、うつほちゃん。そんな顔されたら……抑えられなくなっちゃう」


 そう言いながら涙はもう一度唇を寄せる。今度は焦りも強引さもなく、割れ物に触るような、そんな柔らかさのある迫り方で。

 先ほどみたいに動きを拘束されているわけでもないのに、うつほはろくに抵抗できなかった。まぶたを閉じ、唇に柔らかいものが触れ、ちゅぷ、という音とともに離れる。その感触を味わったのは、果たしてどちらだったのだろうか。

 

「……うつほちゃん。答え、聞いてもいいかい?」

「…………うー……」


 ぷしゅー、と煙が出ていそうなほど赤く顔を染めたうつほに涙が追い打ちをかける。

 否、これはトドメを刺そうとしているのだ。故に、涙は問いを重ねていく。うつほの心を自分だけのものにするために。


「うつほちゃんは、僕のこと嫌い?」

「……そんなことない」

「じゃあ、僕のこと好き?」

「…………うん」

「僕のこと、男として見てる?」

「……今さっき見るようになった」


 そこまで聞いて涙はにっこりと笑い、大きく頷いた。

 ここまではよし。うつほちゃんの中に自分が男だということを刷り込めた。あとは、自分を選ばせるだけである。

 その考えの元、涙はさらに言葉を紡ぐ。

 

「ねえ、うつほちゃん。僕と時仁、どっちの方が好き? ううん、違うかな。どっちと未来を歩んでいきたい?」

「えっと……」


 うつほは虚を突かれたように固まる。

 そうだ。場の雰囲気に呑まれていたが、自分は二人の男から同じ日に告白された、いわば選ぶ側なのだ。一切そんな実感はないが、それでも状況的にそうであるとしか言いようがない。

 ……わたしはどっちを選びたいんだろうか。今日この日まで、うつほは好きな人というものを考えたことが無かった。将来自分も結婚するんだろうな、という漠然とした思いはあったものの、今すぐに彼氏が欲しいとか、この人と付き合いたいと思ったことはない。帰ってきてから田杭の告白を受けようと考えたのだって、田杭が好きだからというより、初めての告白で浮かれていたからというのも大きいだろう。なにせ、同じようなドキドキは涙からの告白でも起きてしまった。これを恋だと認めてしまったら、わたしは二人の男に同時に恋している尻軽ということになってしまう。それは流石に認められない。

 そもそも、なんでわたしは恋人とか考えたことが無かったんだろう。たしかに自分の性格的に色恋沙汰に盛り上がりにくいって部分はある。でも、それでも友達の恋バナとかを聞いて、いいなぁ、と思うことが無かったわけではないのだ。じゃあ、どうして。

 ……ああでも、そういった流れの時、『うつほは調宮くんと付き合ってるんでしょ?』といつも決まって言われていた。当然付き合ってなんかいないから毎回否定していたけど、その言葉を意識したことはなかっただろうか。涙の隣に居るのが当たり前になっていて、彼氏じゃないと言いつつ涙のことを彼氏役として扱ってはいなかったか。

 例えば、今、結婚式を思い浮かべた時、自分の隣にいる男の顔は──

 

「…………うううぅぅぅ……!!」

「う、うつほちゃん? どうしたの?」


 突然苦悶の声をあげたうつほに面食らう涙。

 追い詰め過ぎたか?と不安になり、うつむいてしまったうつほの顔を恐る恐る覗きこんで、そこで気づいた。

 違う、これは苦しんでいるんじゃない、恥ずかしさで悶えてるんだ。その証拠に、首の付け根や耳の先まで赤みが差している。

 そういうことであれば、問題ない。ほっ、と一息つき、涙は胸を撫でおろした。最後の確認を行ってしまえば、それですべてが終わる。


「答えは出たようだね、うつほちゃん」

「……涙、もしかしてあんた、昔からこれを狙ってた……? だとすると思ってたよりもあんたって頭よかったのね……」

「好きな女の子を手に入れるとき、男はこの世の誰よりも頭がよくなるんだよ」


 してやったりとばかりににっこりと笑う涙。それを見て顔を赤らめながら目をそらすうつほ。

 今後わたしはこの男に勝てることはないんだろうなと思わされてどうにも腹立たしい。

 

「……あんまりにもあんたと一緒に居すぎて、もうあんた以外の男と一緒に居るところが想像できなくなっちゃったの。責任取って、幸せにしてよね、涙」

「もちろん、喜んで。この世の誰よりも幸せにしてみせるよ、僕のお姫様」


 なにそれ、気取りすぎ、と苦笑しながら、今度はうつほの方から唇を寄せたのだった。

 

 ────

 

 翌日、学校は朝から大騒ぎだった。

 いつものようにファンミーティングに集った数多くの女子生徒、そんな彼女たちが目にしたのは、あからさまに上機嫌な憧れのアイドル(調宮涙)と、そしてその彼と仲睦まじく恋人つなぎをして歩く彼の幼馴染(司馬うつほ)であった。

 そこからはもう阿鼻叫喚。あんた誰よ!とうつほに敵意を向ける一年生もいれば、どうどう、うつほちゃんは調宮くんの幼馴染でねー、と同級生目線から事情を説明する二年生がいて、あるいは、涙様……ついに念願叶われたのですね……と涙とうつほ祝福しながら自分の失恋に涙する三年生もいた。

 そんなこんなでファンミーティングをやってられる状況ではなくなってしまい、うちの学校の調宮涙ファンクラブ会長の、『涙様の恋が叶って最初の日なのですから、今日は恋人との時間を大切にしていただきましょう』という鶴の一声で本日のファンミーティングは解散の運びとなった。

 正直、リンチにされてもおかしくないと覚悟していたうつほとしては拍子抜けである。

 

 教室に入ったらもうお祭り騒ぎだ。

 最初はみんないつも通りのテンションだったのに、恋人つなぎしていることに気づくや否や、『涙、お前やったのか!』『調宮くんほんっっっとうにおめでとう!』と涙を祝福する声が一斉に上がる。涙も当たり前のように『ありがとう、ようやく念願叶ってね』と受け答えた。ついていけないのはうつほだけだった。

 というか、みんな涙がわたしのこと好きだったって知ってる感じだな? あれ? 今まで涙の気持ち知らなかったのってわたしだけ?

 

「おはよう」

「あ、おはよう、田杭……」


 そんなこんなでクラス全体で盛り上がっていると、ガラガラと扉を開けて田杭が入ってきた。

 田杭をフり、涙を取ったうつほとしては、今日に限っては顔を合わしづらく、挨拶を返すのが精いっぱいだった。何を言おうか迷い、口をもごもごさせていると、田杭の方から話しかけてきた。

 

「そうか……涙はうまくやれたんだな」

「……え?」

「うん、時仁が発破をかけてくれたおかげでね。ありがとう、って感謝するのもおかしい話かな?」

「俺とお前の仲だろう。気にしなくていい」


「え? え? ほんとにどういうこと?」


 恋敵同士なはずなのに和やかに会話する涙と田杭を見て、困惑しきりなうつほ。

 そんなうつほの様子を見かねて、涙が田杭の突然の告白の種明かしをする。


「あくまでこれは僕の想像でしかないんだけど、時仁は僕とうつほちゃんがなかなかくっつかないから痺れを切らして一芝居打ってくれたんだと思うよ。僕に発破をかけるためにね。いや、芝居って言ったら失礼かな。告白そのものは本気だったんだろうから。……どう、時仁。間違ってるところはある?」

「ねぇよ。腹立つくらいこっちの意図をくみ取れてる」

「……えっと、田杭は本気でわたしと付き合いたいわけじゃなかったってこと……? いやでも告白は本気なのか……?」

「出来ることならお前と付き合いたいのは本当だ。告白で誓った内容も嘘や出まかせじゃない本心から出た言葉だ。何なら、涙がしくじってたら普通に司馬と付き合うつもりでもあった。ただ……」

「ただ……?」


 そこまで言って、田杭は恥ずかし気に頬をかき、一度瞬きをした後改めて口を開いた。

 

「惚れた女が一番幸せそうに笑えるようにするのも、悪くないってそう思っていただけだ。……オレは席に戻る。涙、司馬のこと泣かせたらただじゃおかねえからな」

「わかってるよ。ありがとう時仁。いつか、この借りは絶対に返すから」


 同じ女に惚れた男同士の熱い友情がそこにはあった。ただ、当事者であるはずのうつほにはまったくもってよくわからない関係だったが。

 

「えっと、結局、全部田杭の思惑通りだったってこと……」

「まあ、そういうことだね。ほんと、ニクい男だよ。幸せになってほしいよね」


 席に戻った田杭の顔を見ると、少し顔が赤くなっていた。今更自分の言動が恥ずかしくなっているのかもしれない。

 今更ながら、フったのが申し訳なるほどのいい男だとうつほは思う。だとしてもやっぱり、自分は涙を選ぶのだが。

 そういえば、とうつほは思い立ち、周囲に聞こえない程度の声で涙に呼びかける。

 

「……ねえ、涙」

「なんだいうつほちゃん」

「好きだよ」


 そういえば、結局自分の口で好きとは明言していなかった。突然のうつほの言葉に涙はきょとんとし、そして言葉の意味を理解するとそれはもう嬉しそうに笑った。

 相変わらずそこらの女性なら一発で恋に落としてしまうような微笑みだ。願わくば、今後はわたしにだけこの顔を向けますように。

 誰にでもなく、うつほはそう願った。


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