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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この国で生きていく(仮タイ)

作者: 03k7_



「フォル!」


部屋の隅からエイミーが駆けてきた。

じゃーん!と持ってきた本を掲げてにこにこと嬉しそうに笑ってる。


「フォル、今日はこの本にしよう?」

「いいよ、この間は67ページまで見たっけ」


読みたい本もなかったし。

手身近にあった椅子に座り、正面にエイミーが座る。

昼過ぎの午後だからか、柔らかな日差しが窓から降り注いでいる。あの日の光でお昼寝なんかしたら最高だと思う。

エイミーが許しちゃくれないだろうけど。


ここは、この国唯一と言ってもいいぐらいの本が沢山置いてある場所。

国の外には図書館という部屋いっぱいに本棚があって、その本棚もアタシ達の身長の倍もあって取るのが大変だとエイミーが笑いながら教えてくれたことがある。

でもこの場所にはアタシの頭より少し大きくて、両手で数えられるぐらいの本棚とボロボロに使い込まれたであろういくつかの本しかない。

まあそれも仕方のないことなんだけど。


「見て、フォル!マドレーヌのレシピよ」

「マドレーヌ?へー、変な形してる。美味しいの?」

「とっっても美味しいのよ!バターの香りが凄くてね、ふわふわしてて、でもしっとりしてて…!」

「好きなんだ?」

「好きよ!毎日食べてても飽きないぐらい!…まあ、もう食べれないんだけどね」


興奮して少し赤みがかった頬のエイミーの睫毛が悲しそうに伏せる。

まあこれも仕方のないこと。

エイミーはこの国に来てまだ二年しか経っていない。

前の、国の外にいた時の記憶がまだ色濃いのかもしれない。

こんな地獄みたいな場所にいたら尚更のこと。


「…ま、そのうち、ウチの両親が儲かったとか言って材料もってくるかもよ?アンタには甘いし」

「…ホーント、あんたの両親には頭が上がらないわ。いつもありがとう」


まあ材料なんかいらないけどね、とエイミーは笑う。


「だってあの味を知ってしまって、あんたが美味しいお肉になられちゃ困るもの」


そりゃ大変だ。

大仰に肩を竦ませて、二人して大笑いした。

だって誰もいないし、こんな場所。




アタシが住むこの国は大きな離島らしい。

大きい、大きい離島。端なんて知らないし、海という水溜まりも知らない。

外からきたエイミーが教えてくれなっきゃ一生知らないことだったと思う。

両親は国の外についてなんにも言わなかった。ただこの国は天国だ、とだけ。

そりゃ人肉が大好きな両親からしてみれば天国だっただろう。


この国は、住民のほとんどが外で犯罪を犯し、連行されてきた人間ばかりだ。

ヒラヒラとスカートを舞わせてるあの綺麗なお姉さんも、猫を撫でてとろけてるお兄さんも、花束片手に紳士風なおじいさんも、みんなみんな犯罪者だ。

けれど当人だけじゃない。何もしていない犯罪者の家族も、強制的に犯罪者となって道連れだ。

もちろん、ここで生まれた子供も犯罪者。

捕まった時点で人権はなくなるのが国の外の掟らしい。




「…ね、フォル、暗くなる前に帰ろう」


窓の外に目を向けると、景色がオレンジ色に焼かれていた。

これはギリギリかもしれない。


国の外で人権がなくなるのなら、それはこの国で人権なんていう守られたものはないということ。

誰かに殺されてもそれは正当な行為で、守る術がないアタシ達は手軽なエサでしかない。

ここら辺はある程度治安が良い。けれど、暗くなったらわからない。

気分で人を殺すヤツもいるというし、暗くなってからがいいというヤツもいるだろう。

分からないのなら、守ってくれる保護者がいる家に早く帰ったほうが身の為だ。




静かに、走ってきた甲斐あってまだなんとか日が昇ってるうちに帰ってこれた。

エイミーの家の前まで来て、二人で息を整えつつまた明日、と去ろうとしたら珍しくエイミーの家のドアが開いた。

出てきたのはエイミーのお母さん。エイミーのお父さんが亡くなってから外に出てくることがなかった人。


「お母さんどうしたの?なんかあった?」

「いいからエイミー、アンタは早く中に入りなさい」


どこか青ざめた表情のおばさんがエイミーを押し込めるように扉を閉める。

扉の向こうから、明日もそっちに迎え行くからねー!と元気なエイミーの声。

その言葉に更に表情を曇らせるおばさん。なにかあったのかと口を開きかけた時、


「…スフォルテ、アンタには悪いけどもうエイミーとは遊ばせられない。」


耳を疑う言葉だった。


「アンタのおかげでエイミーもよく笑ってくれるようになった。アンタの家族のおかげで旦那が死んじまったときからこうして生きてこれた。だから…だから、無理なんだ。旦那がいなくなって、エイミーまでいなくなったら…」


息継ぎも忘れておばさんが告げる。

堪え切れなかったのか頬には涙が流れていて、落ちた日の光がキラキラ反射して綺麗だった。


「アンタとアンタの家族には返しきれない恩がある。でも…でも、アンタの両親があんなことになっちまった…」


あんなことになっちまった。

あんなことになっちまったとはどういうことだろうか。

だって自慢じゃないけどうちの両親は強い。毎日おなか一杯になるぐらいのお肉を狩ってくるんだから。

笑いながらお肉は好きじゃないって言って残念がった両親の顔が思い浮かぶ。

何も起こるはずがない。

おばさんがなにか思い違いしているだけなのかもしれない。


「…そういうわけだからエイミーも暫く外には出さない。今までありがとう。何もしてあげられないけれど…強く生きてくれ」


最後にそう言い残して、周りを警戒するように見渡しておばさんは扉の中に消えてしまった。


何もない。何も起こることがない。

家に帰ったらいつも通りの光景が見れるはずだ。

ただいま、と元気よく扉を開けたらお母さんが笑いながらおかえりって言ってくれて、最近なんにも掴まらずに歩けるようになった弟がよちよちと歩いてきてとびっきりの笑顔を見せてくれて、お父さんは、お父さんが…。


大丈夫とはわかってても何故か手の先が冷えていく感覚。

スゥと冷たくなった震える手を握りしめ家へ駆けていく。

エイミーの家からすぐそこだ。


話してる間に少し周りが暗くなったようだ。

電気をつける家とほんのり明かりが見える家がチラホラでてくる。

電気をつける家は、よく見えやすいからここにいるから襲ってみろよ、みたいな挑発でもある。

アタシの家はそうだった。お母さんがそうしたほうが新鮮なうちにお肉を食べられるからって。

だからアタシの家はわかりやすい。

音を立てないように地面を蹴り上げる。そうして辿り着いた家は。


「暗い…」


少しの明かりもなかった。

なんで、どうして。

息が漏れないように口を手で押さえソッとドアノブを回す。


「あ…」


無理だった。手で押さえたところでどうにもならない。

おばさんは思い違いなんかじゃなかった。

家が近いから聞いてしまったんだろう。お母さんが、みんなが殺される時の怒号や悲鳴を。


暗くてよく見えなかったけど一番近くにいるのがお父さんだ。

迎撃しようとして殺されたのか武器を持ったまま。光が武器に反射してわかった。

ドアを閉めて一応鍵をかける。

暗さに目が慣れてきたようで少しづつ家の状態がわかってきた。


惨状だ。

家具なんかは原型が分からないぐらいに壊されている。

お父さんが不器用な也に作ったテーブルも、お母さんが縫った綺麗な刺繍のカーテンも。

ぜんぶ、全部壊された。


ふとキッチンを見るとあった。

弟を守るように折り重なって死んでいるお母さんの姿が。

玄関から見えないから、大丈夫だと望みを持った。

お父さんが迎撃してる間に逃げ切れたんだろうと。


「あ…、…ぁは、」


言葉が出ない。喉を震わせて紡ごうとするけど何も出ない。

喉はカラカラで、血の気もなくて。でも頭はずっと冷静で。

臓器も死体もそのままあるから解体屋に売るのが目的ではないであろうこと。

廊下の奥にある家族の部屋も破壊されていて、足りない数の自分も把握されているであろうこと。


ここにいてはいけない。


殺した奴らが戻ってくる可能性が高い。戻ってきたらほぼ確実に殺されるだろう。

でも動けない。

生き残っても自分の力じゃこの国では生きていけない。

どうしよう

どうしよう


ぐるぐると巡る考えをどうしようかと息を吐いたとき、カチャリとドアノブが回る。


不味い。

回しても開かないドアノブに気が付いたのか玄関横の窓に人影が見える。

今ならまだ目も慣れていないだろうし姿を見られていない。逃げれる可能性もあるかもしれない。

そう思いついたが最後、キッチン横の出入り口に飛びつき外へ逃げ出した。



宛てもなく道を走る。ゼェゼェと息ができるギリギリで肺もすでに痛い。

追われていないだろうか。自分が来た道を振り返っても闇があるだけでなにもわからない。

だからこそ焦燥感がある。

顔は見えなかった。でも背丈を見る限り成人した男だろう。

そんな者に本気を出されたら、多分、きっと、絶対逃げられない。


走って家から遠ざかって少し落ち着いたのか、漸く感情が追い付いてきて目頭が熱くなる。

そもそも何故家族が狙われたのかが分からない。

恨みをもたれるような人達だっただろうか。ああ、でもこの国ではそうも言ってられないか。

死んだ家族を見捨てるように家から逃げ出した事実もじわじわと心を蝕んでくる。

ごめんなさい、とは思ってみても許してくれる家族の答えは聞けない。

もう何も考えたくはない。けれど足は動かし続けなくては。


暫く足を引き摺るように歩いてると電灯が道を照らし始める。

電灯があるのは都市部だ。

都市部といえど外れにあり、やはり危険なことには変わりないだろう。

そう思えども足が痛くてその場にへたり込んでしまう。


「疲れたなあ…」


声に出してしまえば現実だ。

ずっしりと疲労感が重く圧し掛かる。このまま寝てしまいたい。

気晴らしに夜空を見ようと視線を上げる途中で気付く。


ゴミ捨て場らしきとこに足が生えている。


眠たくて変なものでも見てしまっているのか。

目を瞑り深く息を整える。

やっぱり生えてる。


死体だろうか。

あまり好きではないが、食べれば少しは空腹感も紛れて動けるかもしれない。

最後の力を絞り込み立ち上がって、供養のつもりで顔を拝むことにした。


息が止まった。


今日は何度驚けばいいのだろうか。

返り血かなんかで分かりにくいが、この髪色はこの国で一番強いと囁かれているヤツじゃないだろか。

魔女のお気に入りだとか、人の心をもたないとか、遭遇してしまったらすぐ逃げろとか言われてる、あの。

とても気分屋で、逃げられたらこの国からも逃げ出せるとかも言われてる。


逃げたい。

でも逃げられない。驚いて腰を抜かしたし、もう力も出ない。


ハァと深く息を吐く。

最強のヤツが死んでるとは思えないし。

静かにしていれば見逃してくれるだろうか。


そう考えてちょっとだけ気を抜いて。

あっと思って思いっきりお腹を押さえたけど無駄な抵抗だった。

静まり返った夜に空しくも、自分の空腹音が鳴り響く。


そろそろと視線を上げどうか、と祈ってはみたものの神様はアタシの不幸が大好物らしく、ソイツがもぞもぞと起き上がる準備をしていた。


「~~~っつあ~!よく寝たなあ…」


ぐいいと背をゴミの上で伸ばすソイツ。

どうかこっちに気が付きませんように。


「フゥ…んで、そこの赤チビはなにしてんの?」


気が付かれた。

最悪、と思いつつも答えずに機嫌を損なわれるのは避けたい。


「…別に。…アンタがうまそうでどう食ってやるか考えてただけ」

「へ~!俺を食うつもりだったんだ!ヒヒヒ、最高におもしれ~ガキじゃん」


ぴょんと身軽にゴミ捨て場から抜け出し、おでこがぶつかりそうなぐらい顔を近づけてくる。


「ガキ、名前は?」

「…ス、」


いや、待てよ。

コイツは魔女と繋がってるっていう噂がある。

本当の名前を教えて心臓取られて奴隷とかは嫌だ。


「ス?」

「ス、…スカーレット!」


咄嗟に自分の髪色を伝える。

お父さん譲りの髪色で、二人に何回も綺麗と言ってもらえた色。

もう二度と二人に言ってもらえることはないだろうけど。


「…ッククク、髪色とおんなじ名前かよ!最高にダサくて面白い!」

「うるっさいなあ!」


ダサいと言われたことにちょっと腹が立ちつつも、ヒーヒーと腹を抱えながら笑ってるコイツが噂通りじゃないことに安堵する。


「で、アンタは?」

「ん~、浮浪者もどき?」

「違う、名前のこと!」

「俺名前ないんだよね~。ま、あるんだろうけど売ったし」


やれやれといわんばかりに首を振り、アタシの前に座る。


「…呼びづらいじゃない。アンタがどんなヤツであろうと」

「…なに、俺のこと知ってて名前呼びたいんだ」


フーンと目を細めてソイツは言う。


「じゃあ付けていいよ、名前。おもしれぇから暫く遊びたいし」

「はあ?」

「スカーレットが名付け親。だから俺はアンタのペット。ペットはご主人様を守らなきゃいけない。そういうルールで遊ぼうぜ」


噂通りではないかもだけどバカなのかもしれない。


「…アタシに得しかないけど」

「それぐらいのハンデがあったほうが面白いだろ。どう?」


神様は案外イイ奴かもしれない。

チョロイと思われても、コイツなら、みんなを、家族を殺したヤツを殺してくれるかもしれない。

希望が見えた。


「…いいわ、アンタの名前はティアよ」


変なグラデーションかかったグレーの髪色は雨雲、微かに見える右の瞳のアジュール色が雨粒。

ぴったりじゃない。


「…いいぜ、まあまあ気に入った」

「まあまあってなによ」


よっこらせとティアはダルそうに立ち上がり、手を差し伸べてくる。


「…抱っこじゃなきゃ嫌だ」


疲れたのだ。指一本も動かせないし。

ご主人様ならこれぐらいのワガママはいいだろう。

内心ヒヤヒヤしながら動向を見守る。


「ワガママなご主人様にこき使われるペットか~」


意外と、というか気持ち悪いぐらいニヤニヤしている。

…ドMなのだろうか。

まあ、じゃなきゃこんな場所で寝たりしないか。


「んじゃま、家に帰るぜ」

「…浮浪者もどきじゃなかったの」

「魔女にもらった家があんの忘れてた」


やっぱりあの噂は本当だったのかと思いつつも、質問する気力もない。

素直に抱っこされ、ティアの肩に頬を寄せる。

思いの外、ティアの体温が高くてウトウトしてきた。

しかし臭い。あんなとこで眠るから。

ご主人様として言ってやらねば。


「…家、帰ったらしゃわー、あびて、ね…」


眠すぎて呂律が回らない。伝わっただろうか。


疲れすぎて、夢か現実か曖昧になってきて何もわからない。

そうだ、今日の出来事すべて夢だったら起きたらお母さんに話そう。

そうしてお父さんに心配されるんだ。野菜なんかを食べるからだぞ、って。

そんで朝から山盛りの肉を盛られるんだ。ああ、そうだといいなあ。

けれど意識の遠くで、生ゴミくせー!と大笑いしてるティアの声が聞こえた気がした。


夢ぐらい静かにみさせてよね。




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