追放されたら成り行きでテイマーになっていた。モンスターってモフれば手なずけられるらしい。
テイマーというかブリーダー。
1
「どういうことなんだ」
「聞こえなかったか、ポケット。お前とは今日でおしまいだ」
この町にやって来て1年と少し。
それからというもの。戦場で生きてきた。
異世界の戦場。地下迷宮。ダンジョン。
ダンジョンに友に行く仲間達。それに今、緊張しながら相対していた。
「そんな事急に言われても困るよ。僕にだって目的がある。それに今まで上手くやって来ただろう。フォーカス」
「そうだな。お前がやって来て1年、お前のおかげで俺たちは前に進めたと言っても良い。確かにお前の力は便利だ。だがただの荷物持ちを連れて歩くには問題が幾つもある。自衛能力の低さ。報酬の分配。何より、今回手に入れたこれだ」
迷宮では魔法の力がある。魔力から生まれた化物、罠、そして宝物。宝物を目当てに僕たちは危険な迷宮へと行く。
僕は迷宮に潜ることを、探索者を選んだ。
それは僕の目的を果たすため。そのためには努力を惜しまない。僕に出来る事は全て僕が請け負った。交渉、準備、治療、そして当然荷物持ち。仲間の機嫌を伺い、媚び、恩だって売った。そこまで一方的な関係では無かったけれど、僕は僕に出来ない事をやって貰う分。必死に努力していた。
「見ろ、この袋を。20層ともなれば外じゃ簡単に手に入らない道具が見つかることもある。予備の武装、食料、水。全てこのちっぽけな袋に入る。ポケットの魔法と同じようにな」
僕がこの世界に来たときに手に入れた魔法は、収納魔法。
誰かが言っていた、イセカイサンシュのジンギ1つとされる希少な魔法らしい。
僕の魔法の効力は、僕が触れているものをどこかへ入れたり出したりすること。
荷物を持ち歩かなくて良いどころか、何かを保存することと移動させることに関してはとてつもない汎用性がある。仕組みなんて知らないけれど、とにかく便利だった。
とんでもない伝説の魔法を授かったと喜んだものだが、この魔法には欠陥がある。
まず、この収納魔法を使うためには対象に僕の魔力でマークしなければならない。
手っ取り早いのは手で触れることだ。
取り出すときも僕がしっかりと目視している範囲までじゃないと出すことが出来ない。僕の手の平なんかには見えていなくても出すことはできるけど、ともかく離れているものには何も出来ない力だ。
何でも別の世界からやって来た、異人が同じ魔法を使ったらしいけれど、その伝説のような力は僕の魔法には無かった。
収納したものを発射なんて事はできないし。中の時間が停止したりもしない。
あまりに大きい物は入れることが入れることが出来ないし、空気や水をそのまま保存することも難しい。
収納魔法はただ物を出したり仕舞ったりするだけの力なのである。
それでも、誰でも収納魔法ぐらい使えるなんてことはない。収納魔法自体は希少な力。僕以外に使える人を伝説の異人以外に聞いたことがない。
これを聞けば十分立派な魔法だと思うだろう。だが僕の力は大回する方法がいくらでもあるのだ。
重い物を遠くに運びたい。もっと多くのものを持ち運びたい、あるいは楽をしたい。そんな願望が魔法というでたらめな力によって実現しようとする。
ありふれた発想だったらしい。
例えば瞬間移動。物を小さくする魔法。あるいはその場で水や食料を生み出しても良い。
僕の力には相互互換が幾つもあった。
それでも上のようなことが出来る人は珍しい。
だから僕の魔法に価値がないわけではないが。
「俺たちはもっと先に行きたい。今日お前に頼んでいた荷運びの問題は解決した。分かるだろう、ポケット、お前は戦えない。足手まといなんだよ。いやそれだけなら良いが、俺はお前の命に責任を持てねえ」
「君の目には沿う見えるかもしれないけれど僕だって役に立っていると自負している。って、そんな感じでも無いんだね。分かったよ。皆。同じ意見かい」
集められたフォーカスパーティーの皆が頷く。
僕もいつかはこうなるのでは無いかと思っていた。
そのいつかは今日だったらしい。
僕はこうして居場所を失った。
2
ダンジョンの1層。1人で歩くのは久々だ。
この町にやって来たばかりの頃は、1人でダンジョンを攻略しようと躍起になっていた。それと同時に自分の才能のなさを思い知った。
この世界に暮らす人は強い。魔法の力が戦いに向いているとかそんな話ではなく。戦いに命を賭けることにためらいがない。僕には自分の命を賭ける才能は無い。
ダンジョンでは宝物が見つかる。それは黄金だったり、魔法の力持つアイテムだったり様々だけれど、1層では大した物は見つからない。日銭を稼ぐ以外の目的では生き必要は無い場所だ。今の僕には蓄えがあるし、ここに来た理由は無い。
この1年は幸運だった。親切のパーティーで20層到達。偉業と言うほどでもないが成功していた。このまま、どこか辺境へ行って地主にでもなればずっと食べていけるだろう。
けどその気にはなられない。僕は深層を目指したい。ダンジョンの深層を目指すには仲間が必要だ。確かにかつてのパーティーにはそれなりの知名度があるけれど。僕自身に名声がある訳じゃ無い。
だから今は実績が必要だ。
「都合良く名をあげる機会なんてある訳もない。何より僕はモンスターを殺す英雄になるのは難しい」
仲間達の考えは理解できる。けれど、僕にとっては都合が悪い。理解は出来ても怒りは抑え垂れなかった。きっと、今日はここに憂さ晴らしに来たのだ。
「お、ゴブリンか。今の僕には丁度良い」
ゴブリンが10と少し。かつてのパーティーの仲間なら、誰だって倒す事が出来る最弱の敵。けど今の僕では武力で相手するには4体ぐらいが限界だろう。
これでも成長したのだ。
かつてあのパーティーに加わる前。短剣と、弓を携えやって来た僕は。一匹のゴブリンに追いかけ回され、ダンジョンを逃げ回っていた。
「そういえば、それであいつに助けて貰ったんだっけか」
今はフォーカスの事なんてどうでも良い。
今は目の前の敵に集中しよう。
どうやら、奴らもこっちに気がついたみたいだった。一体のゴブリンが奇声を鳴らしこちらに迫る。おそらく前衛だろう。錆びた得物でぼくへと斬りかかってきた。
奴らは大抵ナイフや棍棒を使う。コイツの場合はナイフよりも少し長い短剣。見窄らしいがそれだって立派な凶器だ。よくそれすらも用意出来ない新人探索者が、返り討ちに遭ったり、苗床にされると聞く。
ゴブリンは残虐な生き物だ。人間並みに高い知能を持ちながら。人間の嫌がる事を理解している。つまり、奴らは異種族では繁殖出来ないにもかかわらず、拷問し、四肢をもいで犯す。それを見せつけすらするのだ。
ゴブリンの雄叫びで、一斉に僕へと視線が向いた。
それを見て僕は剣を取り出した。腕力の低い僕でも扱えるよう作らせた特注品だ。レイピアという剣に形は近いかもしれない。ともかく薄く細く、針のような剣だ。鞘も無く柄も無い。安く軽く鋭く。それがこの剣のコンセプトだ。
たとえゴブリンだろうと、思いっきり棍棒を剣に打ち付ければポッキリと折れてしまうかもしれない。
だが利点もある。
まず通常の剣に比べ軽く、そして見えにくい。
無造作に振るった剣が・ゴブリンの顔を切り裂く。眼球を2つに割られ。脳みそを上下に割られたゴブリンは数歩弱々しく僕に立ち向かいそして力尽きた。
きっと、コイツは空手の魔法使いを襲うぐらいのつもりだったのだろう。油断が、およそ戦士とは言えない僕にやられた敗因だ。
「ダンシングナイフ」
すぐに得物を持ち帰る。
羽根飾りの付いた短剣を取り出し投げつける。ゴブリンは頭上を通り過ぎるだろう、それをあざ笑うが、短剣は不規則に軌道を変えゴブリンの首をはねた。
ダンシングナイフ。ダンジョンでよく見つかる低位の宝物だ。これを投げると、まるで踊るような機動でふらふらと動き回り周囲の敵を傷つける便利な武器だ。
だがこれには欠点もあって。味方が居るところでは使いにくいし、必ず前方に飛びこそするが、どこに行ったか分かりにくい。その癖、壊れやすいし、傷つけこそするが、必ず敵を仕留めるとも限らない。
大体、腕の良い中衛なら。しっかりと狙って切れ味の良い短剣を投げれば良い。だからよく投げ売りされているのだ。
これが僕の戦い方。
僕の魔法が道具で代替出来るなら。僕の足りない部分を道具で補えば良い。
一匹も残さずゴブリンを仕留め。僕は初めての1人での戦闘を終えた。
「なんだか、すっきりしたし今日はもう帰るか。おや」
ゴブリンの亡骸の奥。どうやらゴブリン共が集まっていた、原因を見つけたらしい。
そこに居たのは小汚い子犬。きっとコイツもモンスターだろう。
「ブラックドッグの子供とかかな。コイツも群に見捨てられたか」
小さくて判別は難しいが、黒い毛並みのボサボサとした黒毛、長い足。きっとブラックドッグと呼ばれるモンスターの一体だろう。
奴らは姿こそ様々だが、必ず長い四肢と黒い毛並みをしている4足のモンスターだ。借りのように人間を追い詰める。コイツはまだ子供で、愛嬌があるが、成体はどれも恐ろしい。中には小屋ほどまで大きくなる個体も居るとか。
周囲に犬系の死体は無い。おそらくゴブリンを足止めする餌にされたか、群から追い出されたか。
「ふん。哀れだね」
何の気まぐれか、その犬っころにパンを与えた。昼間、どうにも食欲が出ず、のこした物だった。お互い追い出された者同士。哀れみか同情か。
きっと探索者としてはコイツにとどめを刺すのが正解だ。だがそんな気にはなれず。見逃すからには、何もしないのも気持ちが悪かった。
そして次に会ったときには気がつきもせずに殺し合うのだろう。けどそれも良い。
「じゃあね。殺されたくなかったら僕の前には顔を出さないことだ」
パンに食らいつく犬を見て。馬鹿馬鹿しいと立ち去った。
「クーン」
なぜだか。鳴き声が遠ざからない。
何度振り返っても同じ距離に犬が居る。
ついには僕の足にすり寄ってきた。
「おい、しっしっ。お前モンスターのプライドとかないのか」
本来、凶暴で人を食い殺すはずのそのモンスターは、今僕の目の前で腹を見せて屈服している。追い払っても離れる様子も無く。完全に僕になついてしまった。
何の因果か犬を拾ってしまった。それもおそらくモンスターの。子犬だから今はまだ良いが、成長すれば人よりもデカくなるかも知れない。
「僕に一体どうしろって言うんだよ。コイツ」
僕に必死に媚びを売るそいつは。ちょっと可愛かった。
3
「ふう、これで一仕事、終わったな」
「お疲れだなフォーカス。やっぱり、あらかじめ決めたことでも誰かをクビにするというのは疲れるものか」
「ああ、まあな」
仲間の盗賊の1人、ポークだ。
コイツもポケットを仲間にした時から共にしている古参の1人。ポケットを見放す荷当たって呼び出していた。
「私は賛成だけどなあ。あいつヘコヘコと気持ちが悪いのよね。男なんだったらしっかりしろってものよ。体もなよなよとして情けない」
「そうですか。可愛いじゃないですか。何というか惨めで」
嫌悪感をあらわにしている方が魔法使いのミタリ。
邪悪な表情をしている方が神官のカナリア。
あの2人は今回の追放に積極的だった古参メンバーだ。
3人とも長く生き残って居る優秀な仲間だ。それで言えばポケットのヤツも今まで生き残っては居るが。
「おまえらな。別に俺はあいつを嫌って追い出したわけじゃない。あいつほどダンジョンに真剣なヤツも早々居ないだろう。まるで深層に潜るベテランみたいだ」
「別に私だって史上は持ち込まないわ。単純にあいつ邪魔だもの。ダンジョンに潜るのは勝手だけど、分不相応なのよ」
ポケットは弱かった。
希少な魔法。あいつを拾ったときは良い拾い物をしたと思った。武力ならこれから剣や弓でも覚えらば良い。強いヤツはいくらでも居るが。あいつの魔法は替えが効かない。
利便性で言えば手に入れたこの魔法の袋よりもよっぽど上だった。
ヤツにとって不幸なのは、実力がともなわないこと。あいつの見せる表情はどこか、ダンジョンに魅入られた怪物のような探索者のようだ。きっとダンジョンに潜るべく生まれてきたんだろう。ただあいつは弱い。どうしようも無く弱いのだ。
「居るよなあ、たまに。全然強そうに見えないけど、ずっと生き残って居るヤツ」
「酒場の爺さんとかみたいに?ポケットのヤツが爺さんと同じぐらいしか動けないって事には同意するけど、あの爺さんは昔は凄い魔法使いだったらしいじゃない。全然違うわ」
「違いねえ。あいつはきっと明日にでも無理して迷宮に潜り死んでるだろうよ」
ゲラゲラと笑う。期待外れだったのは確かだが、よく今日まで仲間だったヤツをそんな下品に笑えるものだ。
2人とも探索者としては優秀なのだがな。後10年先もこいつらと一緒に居ると思うと目眩がする。
まあ、こいつらはポケットとそりが合わないのだろう。ポークは気弱そうな女をよく連れていて、ミタリは筋骨隆々の男と共に居る事が多い。今に思うとあいつはよく自分から出ていかなかったな。
それだけあいつにとってダンジョンが重要だったのかもな。
唯一好意的かは分からないが、敵対していなかったカナリアは。
「カナリア。あんたポケットのことを好きなんだったら。引き留めたりすれば良かったのに。分かれる前に一回ぐらい寝てみようとか思わなかったの」
「それはちょっと。確かにポケット君は可愛いですけど、一応探索者ですからね。もっと小さくて弱々しい子の方が」
「まさにポケットの事じゃねえか」
「違いますよ。あの人は意外と鍛えた体してますよ」
「カナリア、お前。普段から大概だけど、今日は度を超してキモいな」
「「ハハハ」」
ポケットのヤツを商会との交渉役としてだけでも、残しておいた方が良かったかと後悔し始めていた。
4
「行け。ハウンド」
黒い風が僕の魔法空間から飛び出し、ゴブリンの足を止める。
僕の弓から矢が離れる前に。そのゴブリンは、血の噴水を吐き出していた。
僕の足下に戻る黒い風。尻尾を振りながらちょこんと座る。その犬っころは、汚らしい足を口に咥えて。僕にご褒美を要求していた。
「ワン」
僕の拾った犬が凄い強い。
1週間前。
「どうしようかな」
犬を拾った僕はダンジョンの出口で足踏みをしていた。
「クーン」
両手で抱えられたばか犬が、暢気に鳴いている。
「絶対止められるよな。こんな明らかなモンスターを連れ出すことは出来ない」
ダンジョンの入り口には。モンスターが外に出てこないよう、兵が常駐している。もちろん町の入り口にもだ。
これをただの犬と言い張るには無理がある。今は子犬だが、ブラックドックと戦ったことがあれば誰だって気がつくだろう。
どうしようかと思案していた所、入り口に何か気配を感じた。どうやら 別の探索者がやって来たらしい。
不味い不味い。
即座に切り捨てられても文句は言えない。
「おい、そんなところで何やってるんだ」
「何でも無いよ。ちょっと疲れてしまってね。休んでいたんだ」
「後もう少しで外だってのにか?まあ良い、気をつけろよ」
「ありがとう」
既に犬っころの姿は無い。
咄嗟に僕は魔法を発動させていた。
生き物を仕舞うのは久しぶりだった。
生き物を魔法空間に入れると大抵碌な事にならない。入れた生き物が死ぬだけなら良い。他に入れていた物がクソとも肉塊ともつかない汚物だらけになったり。生物とは形容しがたい何かが発生したりとトラブルだらけだ。
「ようやく家に着いた。死んでなきゃ良いけど。うわ」
その駄犬は、暗い穴から勝手に首を出していた。僕じゃない。僕が取り出す前に、この犬は僕の魔法から自由に帰ってきたのだ。
どうやら、僕の魔法に住人が増えてしまったらしかった。
そして今、再び僕はダンジョンに居る。
「よい子だハウンド」
「ワン」
ハウンドと名付けたこの駄犬は、たった1週間で見違えて大きくなった。今では成体と遜色ないサイズにまで成長していた。
前世のイメージを頼りになんとなく撫で回しておく。ペットなんて飼ったこと無かったけれどこういうのが犬は好きなんだろうか。
「よしよしよしよし。ほらご褒美だ」
「わふう」
塩漬け肉では無く、ただ細かく切った肉片を完走させただけの干し肉を与えた。
よく分からないが。この気持ちよさそうなアホ面をダンジョンでやってのけるのが、駄犬というか。
今のところ町では家の中以外に外に出さず。人類の裏切り者扱いは避けられているけれど。いつばれることか。
僕の魔法、収納魔法は、イセカイからやって来た異人の勇者が持っていた力によく似ている。その勇者の伝説は幾つもある。その1つが思い出された。
イセカイからやって来た勇者は、モンスターを従える人類の反逆者、魔王という存在を打ち倒した。
「僕が魔王か。案外、実際の勇者も、コイツみたいな犬一匹連れたさえない男を、倒しただけだったりして」
不安はあるがコイツを捨てるに捨てられず。と言うのも初めは何をやっているのだろうと自問自答したけれど、ダンジョンに連れ出してみれば僕に足りない戦闘能力を発揮して見せた。もしかすると、僕が探索者として再び歩み出すきっかけとなるかもしれない。
ともかく僕に従順な内は生かしておこうと。ようは魔が差したのだ。
僕たち探索者は迷宮にどうしようもなく惹かれている。金か、名声か、力か。求めるものは違えど、僕たちはダンジョンの奥底へと誘われる。
僕は迷宮にあるとされる、不老不死の宝物に心奪われていた。それはどうしようも無く、魂がダンジョンのそこを目指せと言っている。そのためならば、手段なんて選ばない。例え禁忌を犯しているとしても。
パーティーを追放された僕は今テイマーを始めようと思う。
「全ては、僕が迷宮を踏破するために」
それはそれとして、もう少しこの駄犬をモフって居ようかな
「わふん」
ハウンド君はアイリッシュウルフハウンドのイメージ。
続編があればアフガンハウンドとのつがいにする。
良いね。賛否感想お持ちしております。
読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。