お出掛け 2
ルイスとともに菓子店へ入る。広いとは言えないが煌びやかで清潔感あふれる店内には甘ったるい香りが漂っていた。
カウンターに面するショーウィンドウには様々なケーキが並べられている。また、壁際の棚には鮮やかに包装された箱と、その中にあると思われる菓子類のいくつかが見れるように透明なケースに収納され展示されていた。
俺は展示品を遠巻きに眺めただけでうまそうだという感想を抱き、ここで買えば外れはないだろうと言う安心感を得るはずだった。
「むぅ、やはりこれは捨てがたい。いや、しかし楽しみというものは後のためにも残しておくもの。しかし・・・・・・しかし」
そんな中、金髪の少女が小さな巾着袋を弄びながら「資金が――金を錬成すれば・・・・・・」や「いや、力をこんな事に使うわけには」などといろいろと場違いな言葉を呟いている。
少女が発する台詞には、様々な葛藤と感情がこめられていそうな代物が多くあったが、その声はただひたすらに平坦で感情が感じられないのはもちろんのこと、なんというか・・・・・・ひどく大根だった。
「あの娘、どうしたのでしょうか? 大変悩んで――え、あの。先輩?」
俺は、ルイスの肩をつかんでこの場から速やかに退避を試みる。
お〜い、なんでコイツここにいるの?
勘弁してよほんと。こいつと関わると100%面倒事に巻き込まれるんだよ。
「ちょっと、黙ってついてこい。そして作戦会議だ」
「いや、・・・・・・何の作戦会議ですか」
まぁ、片手で数えられるくらいしか会う機会はなかったが、ことごとく面倒事が起きているのだ。
「どうかしたのですか?」
暑さによるものとは違う額の汗を袖で拭う。ルイスが訳がわからないと言った様子で俺に尋ねるが、俺の退去理由に明確な根拠が無いため、テキト―な言葉で誤魔化すことにした。
「あ〜、室内のスペースを無駄に圧迫する必要もないかなって。ある程度決めてから入ろう」
「冷やかすわけでもないですし問題無いでしょう」
「いや、ほら。お前は良いとして俺のようなむさいヤローが入ると空気が汚れるだろ」
「いや、気にしすぎですから。むさくも無いです」
「そうだ。主は言うほどむさくはないぞ」
「いや、汗だらっだらだから。確実に臭いから」
「いや、臭くないですから」
「規定値以下だ、安心せい」
「だが、念には念を置くのが俺のジャスティ・・・・・・」
・・・・・・
なんか、声多くない? 平坦な声が交って――
「うおぉい!!」
眠たげな顔した金髪少女がルイスの横で仁王立ちしていた。
「うおぉい。これは新しい挨拶か? ふむ、どうもわしは時代から乗り遅れているようじゃな。それはともかく久しぶりじゃ」
平坦な声でマネすんな! 悪気無いのがわかってても馬鹿にされたみたいで腹立つだろうが。
「先輩、お知り合いで?」
「近所の頭がちょっとアレな子だよ。気にしないであげて、有害だけど人畜無害を心がけてるから」
「よくわからんがひどく失礼な事を言っておらんか?」
「近所? 親御さんと一緒かな? 近くに見えないけど」
「なに、わし一人じゃよ」
「一人って・・・・・・」
「安心しろルイス。年齢が見た目通りとは限らないだろう」
ルイスに近づき、金髪少女に聞こえない声で「エルフだ」と囁くと、ルイスはようやく合点がいったという顔をするとともに、安堵のため息をついた。
「んで? こんなところで何やってんだよお前は」
「ふと甘いものを食したいと考えていたとき、ちょうどこの店が目に入ってな。爆弾魔こそこどうした? 主は場違いとは言わんが甘味を態々買うような人間ではあるまいて」
「職場の奴らへの差し入れだ。つーか爆弾魔いうな。なぜお前がその呼び名を知ってんだよ」
「なに、主の呼び名と聞いたのでな、ナウなわしとしては乗り遅れぬようと心がけた次第じゃ」
「俺のその蔑称だいぶ前から言われてるから。てか、ナウってなんだよ古いんだよ。その時点で先端からだいぶ乗り遅れているってことに気がつけよ」
「・・・・・・なに? 最近のヤングは使わんのか」
「気づけ〜気が付いてくれ、お前が頑張れば頑張るほど今という時代から離れていくということに」
「先輩、そろそろ買いませんか? このまま店の前で話しているだけというのも」
そのまま、かみ合うようなかみ合わないような会話のやり取りを続けているとルイスが申し訳なさそうに言った。
「あ、わりぃ。じゃあ、またな。何処かで会う事があればだが」
何気に時間がなくなってきているのに気がついた俺は、ぷらぷらと手を振りながらルイスとともに再び店の中に入るのだった。
「とりあえず、クッキー等の持ちそうなやつは種類変えて4、5箱買って・・・・・・ノーラにはワンホールあればいいか?」
「いや、ワンホールって、食べきれないんじゃ「少しは頂く」なるほど」
「問題はどれにするかだな。あいつ好き嫌いあったっけ?」
「特に聞きませんが・・・・・・あ、フルーツの類は好きだったと。その手のデザートは何度かたかられました。ずいぶんと遠回しなアピールでしたが」
「何やってんだよノーラ。しかし、フルーツか絞れたようで絞れないな。数多すぎるぞ」
「ふむ、この苺がふんだんに使われたタルトなんてどうじゃ? お勧めの札が貼ってあるぞ」
「あ、それはいいですね」
「確かに、それでいいとは思う。思うが・・・・・・なんでいるのお前?」
「なに、わしもまだ購入しとらんのだ。その苺にするべきか、主の後ろの籠にあるフワフワした、う〜ん、表記が見えん「シュークリームだ」それだ。それで悩んでおってな」
「両方買えば?」
「金がない」
なんというか・・・・・・当然と言えば当然か。むしろ、こいつがどうやって稼いでいるのかが気になったりする。
いろいろと面倒くさそうなのでそこに触れるつもりはないが。
「・・・・・・おーし、じゃぁ店員さん。こっからここまでのクッキー、5箱とその苺のタルトワンホールと一切れ。あと、シュークリーム6個で、代金はこれで」
「畏まりました」
店員さんが俺の考えを察したかのように、そして優しい笑みを浮かべながら準備を始めた。
「む、嫌がらせか。片方しか買えないわしへの」
「ふはは、羨ましいか」
「先輩・・・・・・大人げない」
「お客様、お待たせ致しました」
おおう、俺の手元にじっとりとした視線を感じる。店員さん良い笑顔ですね。貴方に幸あれ。
「はい、ありがと。ほら、これやるよ」
「い、いいのか?」
どことなく目が輝いて見える。いや、変わっちゃいない。そう、何となくだが、渡したシュ―クリームとタルトが入れられた包みに目が釘付けだ。
「お子様が遠慮すんな」
「主よりわしのほうが年上じゃ「いらねーの?」いる」
「行くぞルイス」
「はい」
「ありがとうございました。またのお越しを」
踵を返し外に出る俺、それに続くルイス。手元の袋を凝視しながらトテトテと歩く金髪少女。そんな様子を店員さんが微笑ましそうに見送っている。振りかえってみたわけではない、しかし、俺は声色からそんな気がした。
「世話になったな、わしの力が借りたいときは言え。多少は力になろう」
「それはありがとうございます」
「何を偉そうに。お前は、力貸さなくていいから大人しくしてろ。それが一番助かるから」
「・・・・・・最後まで失礼じゃな。お主は」
「んじゃ、またなぁ。リカァム」
「気を付けてくださいね」
「お主たちもな」
「変わった方でしたね。まるで人形みたいな」
「類は友を呼ぶ、かぁ」
「先輩、それは私も含まれているのでしょうか? それとも私自信を?」
「安心しろ、お前は常識人だから」
「・・・・・・努力の必要があるようですね」
「ちょ、やめて? いらない努力だからそれ。お前はそのままでいてください。変人は俺を含めて十分すぎるほどいるから」
その後、冗談ですと言いながらも考え込むルイスに俺は不安を抱き帰り道を歩くのだった。
「うわぁ! これ私にですか!? ありがとうございます。うれしいなぁ」
土産の品を受け取り喜ぶノーラ。ここまで喜ばれると買ってきたかいがあるってものだ。忘れてたらどうしてやろうかと思っていましたが、なんて言葉は聞こえない。幻聴に決まってる。
どうしたんだルイス。冷や汗なんかかいて。・・・・・・俺? これは暑さだ!
掌にかいた気持ちの悪い汗を服でぬぐって精神を落ち着かせる。
こやつの攻撃に関しては少佐並み一撃を思い出してしまった俺は平常心に戻るのに幾許かの時間を必要としてしまった。
俺の精神が戻るころには、早速ワンホールケーキいや、タルトを食事のための完全武装を終えたノーラがナイフとフォークで食べ始めていた。
とんでもない勢いだ。女性らしく一応の慎ましさと優雅さを備えてはいたが、ペースが目に見えて早い。
「先輩、アレ、私たちの分あると思います?」
その様子を眺めながらルイスが呟く。お前も呆れるほどか。これは望み薄だろう。
「無いだろうな。ルイス、シュークリーム食おう。そして後でアレ食いに行こう」
「了解です」
つーか、あいつってあんなに食うやつだったっけ? 明るく、陽気な性格と反して、小食――とまではいかないが、貪り喰らうようなイメージとは遠い存在だったはずだが・・・・・・。
猫かぶりか。どこまでもあいつを連想させるやつだな。
俺はそんな事を思いながらも、微笑ましい気持ちでその幸せな顔を拝むのだった。
もっとも、
「ちょっと! なんでお菓子の袋に鳥の串焼きが入ってるんですか! あぁもう!! ケーキにバジルとチーズの臭いがぁ!!」
「・・・・・・先輩?」
「いや、大丈夫かなと思って」
・・・・・・後でこっぴどく怒られましたがね。