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鍛錬と

 数百メートル先の音すら聴き取れそうな静かな空間。体を動かすことを前提とした広々とした場で俺は一人汗を流していた。

 陽はすでに沈んでいる。人気も無く音を発する物は皆無といっていいだろう。唯一その例外である踏み込む音、空を切る音がただ延々と響き渡っていた。


 ・・・・・・鈍ってんな。勘はだいぶ取り戻せたが如何せん体が重い。


 まぁ、簡易的、現状維持できる程度〜なんて考えでやってた俺も俺だ。その程度の筋トレだけの生活はこうまで人を鈍らせるのだろうか。

 終戦となり、もう必要ないと思ってのんびりしていた結果がこれか。しっかり鍛錬を積むべきだっただろうか? 自業自得とはこのことだろうか。


 まぁ、悔やんでも仕方がない。せめて今の感覚だけでも正確に掴んでおくしかないだろう。


 俺は、じっとりと滲む汗を背中、額、腰に感じながらもただひたすらに体捌きの確認という運動を繰り返すのだった。

 正直面倒くさい。





「ずいぶんと精が出るな。業務には熱心だと思っていたが、この手の物も同様だとは知らなかったぞ」


 ただひたすらに肉体の性能確認を行っていると、尊大な、しかし、関心を含んだ声が俺に投げかけられた。


 おい、なんでこの人がここにいる。


 ・・・・・・嫌な予感がする。具体的には体がただでは済まないような。


「・・・・・・なぜ騎士殿がここに?」


「この時この場所で鍛錬するのが私の日課だがらだが?」


 さも、当然と言わんばかりの返答。


 ・・・・・・

 ・・・・・・ここって騎士団員も使うんだっけ?


 ちょおっ、ちょっと待て。 なんにせよタイミングが悪すぎるだろ俺。 逃げろ、逃げるんだ。御小言も指導も御免だぞ。


「そうでしたか、・・・・・・あ! もうこんなじかんだー。それでは騎士殿私は失礼致し「まぁ、待て」ぐ・・・・・・」


 俺が必死の思いでこの場を去ろうとすると、無慈悲にも呼び止められる。

 そして騎士殿は心底楽しそうな笑みを浮かべながらこう言うのだった。


「折角だ打ち合おうじゃないか。それに、貴様の腕は少佐の話を聞いてから気になっていたのだ。なんでも『自慢の弟子』だそうじゃないか」


 少佐あああああぁあぁぁぁ!! 


 何いっちゃってるの? アホなの? 歳なの? むしろどんな捏造しちゃってんだよ! 


 ・・・・・・確実に落第生側だから。


 大体、他の弟子を見てないから判らんから百歩譲って事実だとしても、少佐の足元にも及ばん俺がこの人と打ち合えるわけ無いだろうが。


 知ってるんだぞ? 戦後の親睦試合(トーナメント)でこの人が帝国の剣姫と互角にやりやったのは。


 ちなみにその剣姫は、火器無しの渾名無しの部隊が相手だったとはいえ、一人で二個小隊を撃破した化け物だったりする。無論そんな者に敵うわけがないし、それと互角に戦う奴も同様である。


「無理です。体動かして俺の駄目さを悟りました。また今度体が慣れた時にでもお願いします」


「なに、遠慮するな。私が鍛えなおしてやろう。いや私では貴様に向かって言える言葉ではないかな?」

「いえいえ、そんなことはありませんが、態々手間をかけるわけに「――諦めろ」・・・・・・はい」


 剣気を叩きつけるのは勘弁してください。足の震えが止まりません。


「刃は潰してある。全力でかかってこい」


「はい・・・・・・」


 騎士殿が剣を投げてよこす。危ないんですけど。


 しっかし、全力も何も、俺の剣の腕で普通にやったら一太刀で負ける気がする。


 それゆえに俺は、勝つことではなく、何太刀防ぐことができるかを目標にするのだった。



「構えろ」


 騎士殿が声以外の音が一挙に消え去る。

 時が止まったかと錯覚するほどに静まり返り、チリチリと皮膚という皮膚が鑢で擦られるような感覚が止まらない。


 ぱねぇ。マジぱねぇ!


 とんでもねぇよこいつ。これほど気圧されるのは久しぶりだ。


 ピリピリとした空気。確実に鍛錬や稽古の類じゃない。


 戦時を、命のやり取りを思い出す。


 やばい、吐き気がしてきた。トイレも行きたいし水飲みたい。


 まぁ、そんなこと口走っても許してもらえんし、手加減してもらえるわけもない。


 俺は諦めのの感情をすっぱりと切り替え。せっかくの機会を楽しむべく手渡された剣を強く握りしめ騎士殿に斬りかかる。


 ――ギャァン! ギギャッギャギャン!


 金属音がうるさい。


 耳元で生じた音はキンなどと言う済んだ音とは程遠い弾けるような轟音が響き長く残る。


 結局、俺が攻撃できたのは最初の一太刀だけで現在防戦一方だ。上下左右問わず様々な角度から鋭い一撃が襲いかかる。


 目で追えているのが奇跡的だ。ほんと勘弁してください。と言うか剣は俺の本分じゃねぇのに容赦ねな。


 ――ヒュッン!


 ――ギャイン!


 ぶなぁっ! 


 ちょっ! 突きがきた突きが!


 刃引きされてても死ねるぞ!


 しかも、片手平突きがから薙ぎのコンボが! あんたは新撰組か何かか。


「ほぅ、ここれも防ぐか・・・・・・流石は少佐――いや『熊楯』の弟子だな。ククッククククク・・・・・・」


 ・・・・・・人格変わってない? 騎士殿。もう、悪役の笑い方なんですけど。


 こえぇ、こえぇよ、この戦闘狂。

 しかも、ジリジリと痛ぶるように追い詰めやがって。まぁ、それ故に俺は今無事に立っていられるわけだが。


 少佐あああぁ! 覚えてろ!! 


 親友宣言した後にこれかよ。 


 娘にあることあること吹き込んでやる。


 事実だけでもネタいっぱいだぞ。覚悟しておけ。


「どうした! 動きが鈍いぞ」


「ちょ、まっ」


 このまま続けるのは正直やだ。疲れるし明日が怖いよ筋肉痛的な意味で。


 もう十分頑張ったよ。予想以上の快挙だよ。


 多少浅くても隙ができねぇかな。無茶に突っ込んで一本取られて終わりにしたい。


 鍛練? 十分感覚もどったからいいよ! 満腹です。


 この出鱈目な速度で繰り出される剣を防ぐだけでも賛褒してくれ。


 ・・・・・・おっしゃ隙がキタ。これでカツル。



「そおぉいい!!」

「フッ!」




 案の定、手ごたえの代わりに首に冷たいものが当てられた。繰り返すけど本当に案の定な結果です。


「ふざけているのか貴様! 気の抜けた掛け声で打ち込みおって」


 剣が首元でピタリと止められてぺしぺしと叩かれる。


 刃潰ししているのに寸止めとは優しいなぁ。


 いや、場所的に一撃入れられてたら洒落になんなかったか。


「参りました」


「まぁいい。太刀筋自体は確りしたものだったからな」


「ふはぁ〜〜〜〜死ねる。洒落にならん」


 マジ疲れた。脈がうるさい。


「それが貴様の素か」

「あぁ、申し訳ありません。見逃していただけると幸いです」


 あぁ・・・・・・こんなに疲れたのは久々かもしれん。そういえば・・・・・・あいつとやりあってから無かったか。


「なに構わん。元から違和感を感じていた。私的な場では今後そのままで構わん」


「そりゃあありがたい。・・・・・・ありがたいついでにちょいと頼みごとをしていいですかね?」


「なんだ?」


 そうだ、あいつと言えば。


「ちょいと試したい打ち方がありましてね。騎士殿なら確実に防いでくれそうなので」

「ほぅ・・・・・・少佐では試さんのか?」


 少佐はまずい。勘ぐられそうだ。


「俺と同じで鈍ってるかもしれないでしょう?」

「・・・・・・なるほどな、面白そうだ打ってこい」

「ありがとうございます」


 本来ならばこの場で解散と行くところ。

 しかし、折角のチャンスでもあり、思い出してしまったのだから仕方がない。


 さーて、今も使えるかどうか・・・・・・。


 俺は新たに訓練用の剣を取り出し、両手に構えた。


「二刀流か・・・・・・貴様の腕で扱えるのか?」


「昔に一度・・・・・・その時に試す余裕があればよかったんですがね」


「ふむ、なるほどな。・・・・・・よし、来い!!」


「いきま〜す」


 さて・・・・・・驚く顔は見れるかな? 

 成功すれば可能だろうが・・・・・・。どうなる事やら。


 ――ダァン!!


 力強い踏み込みとともに、俺は疾走する。


 そして、空を切り裂く音と共に


 剣は視界から消えた。










 ――すっぽ〜ん!!



 ――カラカラカラ・・・・・・・

 


 ・・・・・・


 ・・・・・・


「阿呆だろ貴様」


「いや、まさかここまで鈍ってるとは・・・・・・まずいなこりゃぁ」


 結果から言おう。剣がすっぽ抜けて飛んでった。


 盛大に踏み込み、突進とも言っていい状態で突っ込んだにもかかわらず、振るった腕は何も持たず何もすること無く虚しく空を切った。


 恥ずかしすぎる。


 何コレ。


 自分でやったんだけど何だろうコレ。


「・・・・・・いってぇ」


 しっかり体に負担は残ってやがるし。


「大丈夫か?」


「いや、申し訳ないです。鍛えなおしたら、またお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ククククッ・・・・・・構わんさ、だが今度やったらきつい一撃を入れてやる。覚悟しておけ」


「・・・・・・肝に銘じますよ」


 ・・・・・・とりあえず握力から鍛えないとな。




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