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炎の金字塔2


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「いや、待たぬ。そして、当然だが、そのグラティアも手元に置く。内藤が持ってきたサンプルを試してみたが、そのグラティアのフュシス、効果が持続せんがそれでも良い」

 三宅の顔から血が退く。

「そ、そんな。それでは取引に」

 ディはかすかに首を振る。取り付く島もない。

「元、残念ながら、お前は思い違いをしている。私はホモ・サピエンスに『欲の暴走』をして欲しいのだ。それこそが『絶対精神』の顕現に繋がるのだからな。なにもかもが思い通りになる世界、それはつまりすべての欲が満たされた世界ではないか?」

「そ、それでは、地球が……」

「地球? 地球と同じものを作ればよいではないか。それが間に合わず、結果として、ホモ・サピエンスが激減してもかまわぬ。すべてのものは『道具』にすぎん。究極の知性『絶対精神』の顕現に奉仕するためのな。それはホモ・サピエンスも同じこと」

 驚愕に三宅の目が真円になるほど見開かれた。プラトンが見たらこれこそイデアの円だと言いかねない。だが、崩れ落ちようとした三宅の腹に再び力が入った。絶望の淵を見ながら最後の抵抗を試みる。

「し、しかし、人類が、人間がいなくなれば、今までのやってきたようにグラティアを手に入れることが出来なくなります。ディ様を愛し、その身を捧げた、たくさんの少女たち、ネフェルティティ、マリア、卑弥呼、楊貴妃、ジャンヌダルクのような神の花嫁が生まれる苗床がなくなるのです」

「心配には及ばぬ。人の数が少なくなろうとも効率的に見つけられるなら同じこと。それに、地球を作り出すように、そのグラティアの血と細胞から新たなグラティアを作り出せばよい。分子生物学による遺伝子操作、ホモ・サピエンスの叡智の技は素晴らしいではないか」

 ディの言葉に、今度こそ三宅の躰から力が抜けた。膝から落ちてしまう。そうだ、そうなのだ。ディ様の『神の知』の前では、すべてのものは利用するべき質料に過ぎず、そこからすべてものはまた作り出される。それは人間ですら、ただのモノになるということじゃ。なぜ、それに気づかなんのじゃ。

「さて、もうよかろう。その少女を私のもとへ」

 アイザック・ディが優貴たちへ向き直った。

 事の成り行きを見ていた優貴はルーポロッソから手を放して正対した。正面からディを真っすぐに見る。

「ほう、私に対して、賞賛も、恐れも抱かないとは。めずらしい人間だな」

「目の前の事実に対応するってのが信条でね」

 そうでなければ、ディの圧倒的な精神力の前に手も足も出なくなっている。もちろん、優貴はディの精神力に、自分のすべてを見透かされるのを感じている。だが、それだけだ。恥ずかしい部分や忌まわしい部分だって自分の一部なのだ。それを認めればいいだけのことだ。

「よい心がけだ」

「そいつはどうも」

 優貴はにっと笑った。どんな状況でも褒められればうれしい。

 大坂が崩れ落ちた三宅のもとに走った。起き上がらせる。だが、ディはそれを見もしない。興味があるのは莉愛に対してだけなのだ。

「さあ、グラティアをこちらへ」

「さっき言ったろ、莉愛はあんたと一緒に行くのは嫌だとさ」

「無知なことだな。人は自分の能力を活かした場所にいて、その対価を受け取るのが、最も幸福なのだ。グラティアは私のもとにあってこそ、その力を発揮し、世界最高の贅沢を享受し、人生を謳歌できる。それをその少女は知らないだけのこと。すぐに心変わりする」

「そりゃどうかな? 莉愛はほかの幸せを知ってるよ。おれに惚れるって幸せをな」

 優貴は悪びれることもなく断言する。恥ずかしいってことを知らない男だ。

「しかも、おれも莉愛に惚れられてうれしいわけだ。莉愛はやりたいことやれて、それを受け入れてももらってる。これ以上の幸福があるかい?」

 優貴の背中で莉愛が受け入れられる幸福感に陶然となる。こんな時でなければ後ろから抱き着いている。あとで、もいっかい言ってもらおう。

「そんな一時の感情の幸福感なぞは幻想だよ。存在するとも言えない」



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