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四ッ谷5



 女は唇を噛みしめると頭を伏せた。

「お、なかなか諦めがいいじゃないか。正しい状況判断ができるのも、いいリーダーの条件だ」

 優貴はPOO(パラミリタリィ・オペレーションズ・オフィサー)の名前を尋ねる。

「POOは……」

「オフィサーは?」

 優貴は釣り込まれてしまう。まさか女が素直にPOOの名前を言うとは思っていなかったからだ。

「それを、彼女が言うと思うのかね。田村君」

 背後からの声に優貴は身をこわばらせた。もう一人いたのだ。

「さあ、私の手にはガバメントがある。蜂の巣にされたくなければ彼女から離れろ」

 くそったれが、おれのドジめ。優貴は名残惜し気に美女の右手首から手を放し、極めていた肘を解放した。肩まで手を上げる。

 素早く女が下がってトンファーを振る。

「さて、これからどうするのかな? エージェンシーお得意の拷問か?」

 優貴は背中の感覚に集中する。銃で狙われているなら、銃口を向けられている肌が重くなるはずだ。

「それも一興だが、きみが前田莉愛の居場所を教えてくれれば、不問に付すというのだどうだね?」

「いやだね」

 優貴はくるりと振り向いた。

 いない。

 そこには誰もいなかった。リヴィングルームに続く短い空間があるだけだ。

「では、仕方がない。きみには眠ってもらおう」

 同じ声がまた背後からした。バカな。優貴がまた振り返る。

 一瞬トンファーが飛んでくるのが見えた。

 こんなもの避けられるか!

 ぱっと視界が白くなる。女のトンファーがこめかみを強打したのだ。あっさりと優貴は膝から崩れ落ちた。

 くそっ、もう一人誰かがいたわけじゃなかったのだ。女の腹話術で一人二役やっていただけだ。

 道理で害意がないわけだ。優貴は闇に意識を吸い込まれながら納得していた。


 意識を失っていたのは二、三分だったろう。いや、五分を越えていたかもしれない。優貴が意識を取り戻したときには、コルトガバメントの近所迷惑男も切れ長の眸のトンファー美女も雲散霧消していたからだ。

 優貴は左のこめかみに手を当てながら顎を大きく開いた。無事に動く。頭はカチ割られてない。こめかみを強打したのはトンファーの柄元だった。躱せないと思った瞬間、優貴は女との距離を詰め、打力を殺したのだ。

「やってくれる」

 優貴は言葉と裏腹に愉しそうにいうと立ち上がった。

「逃がしゃしねぇ」

 まだ、それほど遠くまでは行ってないはずだ。優貴に止めを刺さなかったのは、それよりもこの近辺に隠れている莉愛を探すことを優先したからだろう。

 優貴は部屋をよろめき出るとエレベーターホールに向かった。だが、ケージは動いていない。七階にあるままだ。

 まずい。

 優貴は非常階段の扉へ走った。ドアノブに手をかけるのももどかしく押し開き、下の踊り場を見る。

 くそが。

 莉愛はいなかった。

 そんなことがあるかよ。

 優貴は手摺から身を乗り出して下を確認する。

 居ない。

 どこだ?

 頭が灼熱する。

 莉愛は非常階段を使ったあいつらとばったり出会ったに違いない。ツイてねぇ。

「田村さん!」

 莉愛の声が聞こえた。

 下だ。エントランスから出て来た莉愛が叫んでいる。公道に繋がる三十メーターほどの石畳の通りを男が莉愛を引き摺っていくのが見えた。トンファー美女も一緒だ。

「莉愛っ」

 ここは七階だ。遠い。逃げられる。

 優貴は迷うことなく手摺に飛び上がった。飛ぶ。残念ながら空は飛べないので、三メートルばかり離れた雨どいへだ。滑り棒よろしく滑り落ちる。

 摩擦熱で掌の皮が熱い。箸より重いものを持ったことがない優貴の繊手には重労働だ。墜ちながら優貴は膝頭で雨どいをはさんだ。何とか速度が落ちる。

 優貴はエントランスの屋根に飛び降りた。走る。

「莉愛っ」

「田村さん!」


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