四ッ谷4
7
コルトガバメントM45A1が火を噴いた。轟音が鳴り響く。
うるせえんだよっ。
優貴は右に射線をかわすと、右肘を男の鳩尾に叩きこんだ。痛みに前屈みになった男の顎を左肘で突き上げる。
「なんで、かわせ……」
「うるせえ、この近所迷惑野郎が、人の部屋で銃をぶっ放しやがって」
近所迷惑野郎が崩れ落ちる。
「さて、次は……ちっ」
優貴は最後まで言わせてもらえない。
パウダールームを飛び出した女が迫る。
女は左の掌底をフェイントにして右の蹴りを放ち、間髪入れず、左膝を突き上げる。流れるような連続技に普通の男ならあっという間に昇天する。だが、普通の男ならだ。
優貴は普通ではなかった。
優貴の四肢がそのすべてを迎撃していく。掌底は無視、蹴りを左腕で、膝蹴りを右の掌底で叩き落す。
「いきなり金的ってのは、可愛くないねぇ」
優貴は楽しそうににやにやと笑いを浮かべた。
女の答えは回し蹴りだ。
たまらず優貴は後ろに下がった。間をとる。
「ますます、可愛くねぇ。暴力の前に話し合いって解決方法が……」
一瞬左手で右袖を触った女が烈しい気合をつんざかせて跳躍した。右脚で腹を蹴りにいき、畳んだ左脚が顔面に繰り出される。見事な二段蹴りだ。
優貴は腹の蹴りを右前膊部で受けると、顔面への蹴りを左に避けた。これで終わりなら、次はこっちが……いや。
閃光が駆け抜けた。
躰が反応する。
大きく後ろに跳ぶ。
壁に大穴が開いた。
壁紙とモルタルが飛び散る。こいつら、近所迷惑なうえに、敷金も持って行きやがる。
女は悔しそうに唇をかんだ。壁に大穴を空けてくれたトンファーを振り回す。
「よく避けられたじゃない」
「なに、運がいいのさ」
優貴は嬉しくなった。こいつはやりがいがあるってもんだ。思わず笑みが零れちまう。
「しかも、こんな美人とお近づきになれるとは、二重に運がいい」
優貴の相好がデレデレと崩れる。アディダスのレギンスにスニーカー、たっぷりとしたグリーンのマウンテンパーカーを羽織った女は色白の肌に切れ長の目を怒りに光らせている。
「しかもいろいろ話を聞かせてもらえそうだ。不死身の人間を作るために、前田莉愛が必要? 一体どういうことだ?」
「あんたには関係ないわ。大人しく彼女を渡しなさい」
「いやだね。あんたらに渡したら、莉愛は骨の髄までしゃぶられそうだ。帰ってくるときには、鶏ガラになっちまってるよ」
「あたしたちはそれほど非人道的じゃないわよ。正義と自由を世界に広めるために多少の犠牲は払ってもらうけど」
「ちぇっ、変わんねぇな。相変わらずなにもかもを利用物として見やがる」
「必要なことをしてるだけよ」
「んじゃ、おれも必要な話を聞かせてもらおうかな。このオペレーションの出どころはどこだ?」
優貴の態度が変わった。デレっとしたところが消え、シャンとする。いつもそうならもう少し女にもてるはずなのだが。
「話すのはお前の方よ。あの子はどこ?」
「ちっ」
突如、女の手にシグ・ザウエルP226が現れた。間髪入れず連射してくる。優貴はそれを半身を開いて躱すとその流れに乗せて後ろ廻し蹴りでP226を叩き落した。同時に横薙ぎに迫るトンファを間合いを詰めて殺し、肘を極め、素早く右手首を掴んだ。恐るべき早業だ。
「さぁ、大人しくなったところで話してもらおうかな」
左肘を決められ右手首を掴まれた女が間近に迫った優貴の顔を睨みつけた。
「お前はいったい……」
「どんな手品かって? 自分でもなんでか判らないがね、読めるのさ、先が」
「そんなことが」
「そうでなきゃ、初手であんたのトンファーに頭、カチ割られてるよ」
女が藻掻いた。掴まれた右手を捻って振りほどこうとする。
「やめとけよ」
優貴は極めた肘に力を加えるのではなく、左手で女の右手の動きを巧みに抑えた。どう動くか判っていれば、大したことじゃない。そう、この力、相手の動きや気配を読めるアウトライアー(外れ値)能力が優貴を優秀なシングルトンケースオフィサーにしたのだ。
「ほら、諦めな。とっとと話してしまった方がいい。おれが手加減してるのは判ってんだろ」