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四ッ谷3



 エレベーターで七階に降りると優貴の神経を何かが逆なでした。

『なんだ……』

 自然に眉間にしわが寄る。莉愛は敏感だ。すぐに優貴を見上げる。

「どうかした?」

 優貴はエレベーターホールを見回す。正面に額縁に入った裸婦のドローイングがあり、右の窓からは新宿御苑が見えている。何ら異変はない。

 それでも優貴は唇に人差し指を当てた。莉愛の顔に緊張が走る。

 莉愛の手を引いて非常階段のドアを開け、踊り場に下がる。

「ここにいるんだ。なにかある」

 莉愛が真剣な表情で頷いた。前下がりボブの黒髪が揺れる。

「必ず戻って来る。じっとしてるんだぞ」

「はい。待ってます」

「いい子だ」

 優貴はそう言うと莉愛の頭を撫でた。

「行ってくる」

「行ってらっしゃいなのです」

 優貴は片方の口角をあげて微笑んだ。踵を返し、中腰で階段を上がるとそのままもう一階上の屋上に向かう。

 屋上への扉は施錠されていたが、優貴はベルトから取り出した針金でロックを解いた。隙間を開け、なかを伺う。

 屋上には誰もいなかった。

 気のせいかと思うが、違う。首筋の毛がチリチリとよだつ。この感覚を信じたから、優貴は生き残ってきたのだ。そして、もう一つの力が優貴をCIAエージェンシーのSOG(特殊作戦グループ)のエースにした。

「恃むぞ、おれ」

 闘争の予感に笑みがこぼれる。優貴は暴力沙汰が嫌いではない。一方的な暴力の行使は最低だが、純粋な闘争は優貴に活力を与える。死力を尽くす感覚が愉しくて仕方がない。厄介な性分だ。

 優貴は扉の隙間を広げ屋上に侵入した。手すりを乗り越え、雨どい伝いに音もなく自室のバルコニーに降りる。

 壁に背中を付け、息を整える。

『いるな』

 確かに人の気配がある。

 優貴は窓枠に手をかけた。かすかに開ける。厚いカーテンがかかっているので気づかれる心配はない。

「しかし、どういう男なんでしょうね」

 カルフォルニア訛りの英語が聞こえてきた。男だ。

「うちの工作員パラミリをいっぺんに三人も伸しちまうなんて」

「世の中にはいろんな人間がいるってことね」

 カルフォルニア訛りにボストン訛りが答える。こっちは女だ。

「確かに」

 優貴は舌なめずりした。黒瞳が底光りする。勝手におれの部屋に入りやがって、思い知らせてやる。

「そういう意味では、不死身の人間がいるってのも信じられませんでしたよ」

 何の話だ? 優貴はゆっくりと窓を開け、室内に侵入した。身をかがめ、今朝、莉愛が寝ていたソファの横を通り、壁に身を寄せうずくまる。

 玄関わきのパウダールームに女、書斎の入り口に男だ。女は素手だが、男は海兵隊仕様のコルトガバメントM45A1を片手に持っている。

「ええ。あたしもFEB(極東支部)で見るまで信じられなかったわ。トリックかと思ったぐらいよ」

「その不死身の人間を作るために、必要なのがあの小娘というわけですか」

「そう。実験してみないと確証は取れないみたいだけど」

「不死身の人間かぁ、死なないってのはいいですよ。いつまでも人生を楽しめる」

「アメリカ人らしい発想ね。あたしみたいな日系は意見が分かれるわ」

「どうしてです? 死ななきゃいつまでも面白おかしく生きれるじゃないですか。しかも、病気にもならないってんだから天国だ」

「そうねぇ」

 答えるのが面倒になったのか、女が時計を見た。

「おかしいわ。もう来ていてもいい筈よ」

 女が耳のバッズに手をやった。外と連絡を取るつもりだ。わざわざ敵を増やす必要はない。

「いないないばぁ。もう来てるんだな、これが」

 優貴は立ち上がって身を曝した。男女二人とも振り返り、毛を逆立てる。

 優貴が男に向かって疾った。

 慌てて男がガバメントをこちらに向ける。


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