組事務所
49
優貴は下唇を突き出した。困ったように首を振る。
なかで大坂は銃を突きつけられている。ステンカラーは寮生全員が一杯目をよそおう前に二杯目をよそってはいけないという「寮のしきたり」、つまり、ターゲット全員を撃ってから、止めの二巡目を撃つ、射撃順序を知っているプロだ。ホールドアップしているなら大坂に万に一つも生き延びる可能性はない。
莉愛を横奪され、太平台丘陵で殺されそうになった優貴としては助ける義理はない、まったくないのだが。
中からステンカラーの声が聞こえた。
「そうはいかない。皆殺しにして来いってのが、羽黒組の依頼でね」
「こん、くそったれが」
大坂はおれ好みでない品のないやつだ。しかし、仕方がないってことは世の中にはあるらしい。
優貴はドアノブに手を伸ばした。ノブは回らない。鍵がかかっている。くそっ。解錠してる暇はないってのっ。こいつっ。
優貴は思いっ切り、ドアノブを引いた。その途端、ラッチが弾け飛ぶ。次いで、ヒンジが音を立てて壊れた。襤褸い造りなのではない。鋼鉄製だ。優貴のパワーがあり過ぎるのだ。
優貴は自分の馬鹿力に驚きながらも、ドアを後ろに投げ捨て、グロッグ26を中に向ける。
突然ドアが吹き飛んだ驚きに、ステンカラーが驚愕の表情で優貴を見る。失礼な、化け物、見るような目で見るな。
次の瞬間、銃声が轟いた。
優貴のではない。意識が逸れた一瞬を突いて、大坂がヘッケラー・コッホHK45Cで男を撃ったのだ。
蹴りを喰らったようにステンカラーコートを旗めかせ男が吹き飛ぶ。壁際に置かれた安っぽいトロフィ群をなぎ倒し、次いで床に落下する。膝から崩れ落ちる。
優貴はそれを見ていない。銃声と同時に素早くグロッグを構え直している。もちろん、大坂に向けてだ。助けに入って撃たれるのは勘弁してほしい。
一拍遅れて、大坂がヘッケラー・コッホHK45Cを優貴に向ける。
HK45Cの銃口から紫煙が漂う。
キーンという緊迫した静寂が部屋に満ちた。耳が痛い。
「生きてたみたいだな? 大坂」
優貴が先に口を開いた。大坂の凶悪な面相をカモフラージュの媚の仮面が一瞬にして覆う。
「なんや、田村のにいさんやないか。あんたそんな馬鹿力ありましたっけ?」
「ちょっとしたコツさ」
優貴はニヤッと笑みを浮かべると、グロッグ26をおろした。
「いいタイミングだったろ?」
「ああ、ベストや」
大坂はそういうとヘッケラー・コッホHK45Cをおろした。
「えろう、助かりましたわ」
裏口から路地を抜け、歌舞伎町へ歩き出すと大坂が片手拝みに頭を下げた。悪びれることもない。どこまでも調子のいい男だ。
「しかし、なんや、不思議でんな。にいさんとしてはわてを助ける義理はないんちゃいますか?」
「そりゃそうだけどな。ちょっとでも知ってるやつが無力化されるのをほっとくのもなんだしな」
「変わってまんなぁ、一銭の得にもならへんのに」
優貴はにっとあけっぴろげな笑顔を浮かべた。少年のようなまるで底意のない笑顔に大坂は呆れる。こいつ、ホントにそう思っとるっぽいで。なんちゅうお人好しや。長生き、せえへんで。
「いまは会社(暴力団)の警護か?」
「まぁ、小遣い稼ぎ程度でっせ。今日みたいなプロが出て来るんじゃ割にあわん」
大坂は真剣に首を振ると優貴に尋ねた。
「で、にいいさん、あの娘さんは?」
「おれのところにいるよ。手え出すなよ」
冗談めかした言葉と裏腹に、一瞬、優貴の躰からエネルギーが迸った。大坂が風を感じたように目を細める。
「なにを言うとりますのや。いややなぁ。反省しとりますがな」
大坂は本気でそう言っていた。前から前置きなしに怖くなる人やったけど、なんや圧がちごうとる。どうしたんや?
「諦めとります」
と、大坂が続ける。
「どうだか」
優貴は下唇を突き出した。飄々とした優貴に戻っている。さっきのは錯覚だったのではないかと思うほどだ。
「信用ないんやなぁ」
大坂もいつもの調子を取り戻して答えた。




