スナック・イザベラ
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「こちらブラボー、マンションの玄関にターゲット捕捉。四ッ谷駅方面に向かいます」
「こちらも映像にて確認。ドラレコの画像と服装が違うわね。ターゲットは白のワンピースだったはずだけど」
フォード・マスタングSUVのモニターを確認した助手席の女が答えた。抜けるような白い肌に栗色の髪をした美人だ。モニターにはターゲットの前田莉愛が映っている。フード付きの薄手のコートを羽織り、下にはたっぷりした膝上までのアイボリーのセーターを着ている。
「着替えたんでしょうよ。手の早い男ってことを確認」
運転席の金髪男、アントニーが涎を垂らさんばかりにモニターを見て言う。助手席に座った美人、植田絢はむっとした顔をしたがすぐに切り替える。こいつらアメリカ人は品はなくて、下衆な連中だが、使えるのは間違いない。
「アルファ、どうします? ここで動きますか?」
「バカなこと言わないで。こんな人目のつく所で拉致したら、あっという間にSNSでバズって面が割れるわ。二度とCIAの仕事が出来なくなるわよ」
植田は短絡的なことを言ってきたブラボーのマッケンニーを制止する。
「監視を続行して。拘束は男の部屋でやるわ」
「了解」
マッケンニーの返事に頷くと、植田は再びモニターを見た。黒のジーンズにオックスフォード織の淡いピンク色のシャツを着た男がハッキングしている防犯カメラをちらっと見る。
「!」
植田はその男の黒瞳に自分が見られた気がして、一瞬たじろいだ。
幅の広い歩道を駅方向に向かいながら、優貴はひょいと横で揺れる掌を掴んじまった。
驚きに大きな眸をさらに大きくして、揺れる掌の持ち主、前田莉愛が優貴を見上げる。
「おっと、悪いな。つい癖で」
優貴が手を放そうとすると莉愛はその手に指を絡ませた。恋人つなぎにする。
今度は優貴が驚く番だ。眸はそんなに大きくならないが。莉愛がまた嬉しそうな顔をした。ぷっくりした涙袋で薄茶色の瞳が隠れる。
「この方が安心なのです」
「あら、そう。んじゃ、遠慮なく」
優貴は悪びれることなく通りを進むと、狭い路地の方に折れた。路地の左側にスナック・イザベラという看板が見える。はめ込みのガラス窓に、大きな樫の木の重厚感のある扉がいかめしい。
優貴はいかめしさに気圧される様子もなく、店の前に立つ。
「カフェって言うより、喫茶店だろ?」
優貴は莉愛を見た。目が点になっている。
「まぁ、こんな見た目でもメシは美味いんだよ。騙されたと思って付き合ってほしいのです」
優貴は莉愛の言い回しをまねた。
莉愛がちょっと怒った顔をする。
「それあたしのです、盗らないでください」
「あはは」
優貴は勝手知った様子で、ドアを引いた。カランとドアベルが鳴る。どこからどこまでも古めかしい店だ。
「あら、ゆうさん、今日はちょっと遅いじゃない?」
入ってすぐ目の前にあるカウンターの中からきれいな茶髪のロングヘアの背の高い女が優貴に声をかけてきた。店主の中里希だ。
「昨日は忙しかったんでね。寝坊」
「なに? 取材? なんか大きなサッカーの試合あったっけ?」
おしぼりを取り出した中里が優貴の後ろに莉愛がいるのに気づいた。
「なんだ、やぁ~らしい」
目を細めて中里がカウンターにおしぼりを置く。ここに座れということだ。
優貴は素直にカウンターの前に行き、莉愛の方の椅子を引いてやると、腰を下ろした。
「やぁ~らしい言うな。なんにもしちゃいねえよ。一晩泊っただけ」
「ええ、それはそれで失礼じゃない? こんなかわいい女の子なのにねぇ」
中里にそう言われて莉愛は俯いて首を振る。
「おお、これはうぶいわね。ダメよ、こんな男に引っかかっちゃ。腕はいいのに怠け者なんだから」
莉愛が顔をあげて、中里と優貴を見る。