東北自動車道
35
大坂が再び銃口を莉愛に向ける。
「大人しくしとるんやで。さっきみたいに手ぇ組んでお祈りでもしときぃや。これはただの警告や。いや、警告の振りや。わてかてあんたを怪我させるつもりはない。でも、あいつら追っ払わんとまた広尾にトンボ返りや。そうなれば、また酷い目に合うで」
大坂の詭弁に莉愛は黙って目を閉じた。今は我慢するしかない。きっと田村さんが来てくれる。
「おい、ラコタの隊長さんよ。これ以上俺を追いかけるようなら、どうなるか判るなっ」
大坂はHK45Cを持った手でラコタに後退するように指示した。見逃せということだ。
ラコタが後退する。
「そうやっ。そのまま去ね、去ねさらせっ」
大坂が勝ち誇って声を張り上げた。こん小娘を握っとる限りあいつら、手ぇ出すことは出来んのや。ざまあ、見さらせ。
だが、次の瞬間、ラコタは急加速をかけた。次いで一八〇度回頭し、相対速度を合わせて、カイエンの前に降下する。
「この、巫山戯んなよ」
前を向いた大坂が正面に来たラコタのパイロットを銃撃する。貫通力がない45ACP弾のためにキャノピーを撃ち抜くことはできないが、強化ガラスが火花を発した。そのフラッシュ光の中で、パイロットがヘッドマウントディスプレイを剥ぎ取る。
「なんや?」
柔らかそうな黒髪に、切れ長の瞳。ちょっとサル顔の男がにっと笑う。
「田村さん!」
莉愛が叫んだ。
「なんやてっ」
そのなんやてという驚きの言葉はまだ早かった。なんと田村優貴は相対速度を合わせたラコタのドアを開け、スキッドに足をかけると前に飛んだのだ。
優貴の躰が宙を舞う。
次の瞬間、優貴の躰がカイエンのボンネットに着地、いや、ぶつかった。
急激な重量を受けてカイエンのフロントが沈む。同時に、ラコタが上空に舞い上がる。オートパイロットの安全機構が働き、地表との距離をとったのだ。
「莉愛っ」
なんとかカイエンのワイパーを掴んだ優貴が莉愛の名を叫ぶ。
「来いっ」
「なめんなよっ」
大坂がHK45Cを優貴に向ける。
『右』
肌感覚が優貴にささやいた。
優貴が躰を右にずらす。
途端にHK45Cが火を噴いた。火焔が優貴の左を抜ける。
「ダメっ」
莉愛が大坂の腕に噛みついた。慌てて大坂が腕締めを解く。
「舐め腐ってこのガキが」
大坂がHK45Cを高く掲げる。銃把で殴る気だ。莉愛は思いっ切りサンルーフの端に逃げるしかできない。
「やめろっ」
どうしてみんな莉愛が壊れ物だって判んねんだ、馬鹿。
優貴はボンネットの上に立ち上がると莉愛に飛びついた。その勢いのままサンルーフから莉愛を引きづり出す。
優貴は必死でカイエンのルーフキャリアを掴んだ。躰が一八〇度回転する。二人分の体重が一本の腕にかかる。衝撃に優貴が顔を歪めた。腕が抜けそうだ。
「田村さんっ」
「しっかりつかまってろ」
「うん」
莉愛が全力で優貴の首にしがみついた。
優貴は自由になった腕でヒップホルスターのM45に手を伸ばす。
「ちっ」
事の成り行きにあっけにとられていた大坂がこちらを向いた。まだ惚けっとしていればいいものを。
怒りに真っ赤になった大坂が優貴を睨みつけた。
優貴は笑顔を返す。いつでも微笑みをだ。
だが、大坂には通じない。HK45Cの死の空洞が優貴に向く。いくらアウトライアー能力があっても身動きできないのでは、避けようがない。
優貴は胸に顔をうずめている莉愛に声をかけた。
「身を縮めろ」
「え?」
「飛ぶっ」
莉愛が何事か理解する前に優貴はルーフキャリアの手を離した。時速六〇キロからのダイブだ。
両手で莉愛を抱きしめ、躰を捻った。仰向けになる。もちろん、莉愛を守るためだ。顎を引き、背中を丸める。
次の瞬間、優貴を衝撃が襲った。
背中が思いっきりアスファルトに叩きつけられたのだ。
衝撃に肺腑の空気が吐き出される。一瞬に酸欠状態が生じた。意識が朦朧とするが、胸の中の莉愛は絶対に守る。ちょっとでも傷つけはしない。
優貴は踵をアスファルトに叩きつけ、必死にバランスをとった。