四ッ谷
2
部屋に女の子を連れ込んだって、いつもやることが同じとは限らない。コーヒーを入れることもあれば、ビールを持ってくることもある。もちろん、服を脱がすこともあるわけだが、今回はちょっとだけそれに近かった。優貴は美少女をリヴィングのソファに横たえると先の丸まったかわいらしい革靴を脱がした。残念ながら靴だけだ。その上のオフホワイトのひらひらしたワンピースには触れてもいない。期待させて申し訳ないが、怪我をして気絶している女にちょっかいだしても何にも面白いことなどないのだ。
優貴は靴を玄関に置くと、キッチンの冷蔵庫を探る。冷えピタがあったはずだ。ワインの瓶の詰まった棚の奥にそれを見つけると優貴はリヴィングに戻った。シートをはがして赤くなってきている頬に貼ってやる。脹れずに済むはずだ。
優貴はソファからぶらりと垂れ下がった少女の手を胸の上に乗せた。優貴の手の中の収まってしまうぐらい小作りな手だ。今どきの女にはめずらしく爪には何も塗られていない。よく見ると少女の顔にも化粧っけはなかった。長い睫毛の上の瞼の毛細血管が透けて、きれいな碧に見える。
「こりゃ、眼福だな」
優貴はエロおやじよろしく鼻の下を伸ばすと寝室から枕とブランケットを持って来て少女にかけた。自分は椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。目覚めたときに誰もいないのは不安になるものだ。まぁ、添い寝してやってもいいのだが、もしかして寝相の悪い少女に蹴られたりするのもつまらない。優貴は足を延ばし、腕組みすると目を瞑った。
優貴はカーテン越しの日差しに目を覚ました。腕のオメガを確認するともう九時を過ぎている。人間ってのはどんな寝方をしても同じ時間に目が覚めるものらしい。ソファには上半身のブランケットをはだけ縮こまった美少女が涎を垂らして寝ている。枕カバーは洗う必要がありそうだ。
優貴はブランケットを肩まで引き上げてやりキッチンへ行った。コーヒーを淹れ、カップに二つ注ぐとリヴィングに持って行く。
「お、起きたな?」
ソファの上で美少女は起き上がっていた。しきりに目を瞬かせ、薄茶色の瞳が不審げに優貴を見上げる。
「あたし……」
「覚えてないか? 昨日おれに助けてって言ったの?」
ぱっと少女の瞳に明かりがともる。思い出したらしい。
「それで、あたし、助けられたんですね」
「まぁ、そういうこと」
「ありがとうございます。あたし、助けられました」
優貴は苦笑した。少女の言葉がまるで棒読みだったからだ。
「助けました。ほれ」
優貴は片方のマグカップを差し出す。少女はそれを両手で受け取ると一瞬戸惑ったが、一口含む。
「苦い……」
優貴を見上げて少女が言う。眉が八の字になっている。
「なんだ、ブラックが嫌なら言ってくれてよかったのに」
優貴は気分を害する様子もなく、キッチンに向かうと牛乳と砂糖を持ってきた。少女のマグカップに入れてやる。
少女が不思議そうに優貴を見た。
「どうした?」
「全然、いやな顔しないと思って」
「いやな顔?」
「……押し付けてこない」
少女は優貴が感謝を期待していないことを感じ取っていた。感謝を期待した行動には独特の臭みが付きまとう。それを押し付けてこないと表現したのだ。
「あれ? もう気づいた? おれは素直なのさ。やりたいことやってるだけだからな」
優貴の目の前でぱっと花が咲いた。少女のその大きな眸が涙袋で隠れそうなほどの笑みを浮かべている。
「どうした? 急に笑って」
「あたしは、よかったと思っているのです」
「そりゃ、よかった」
優貴はそう言うと椅子に腰を下ろした。
「おれは田村優貴。まぁ、街の荒事や頼まれ事をネタに生きてる。君は?」
「あ、あたし、前田莉愛です。大学に行ってます。今、一年です」
「大学生か」
「見えないってよく言われます。あたし、子供っぽいんです」
へへへぇと莉愛が笑みを浮かべる。
「ホントに子供なら、自分のことは子供っぽいとは言わないさ」
「あ、それ、真実。たしかに」
莉愛は感心したように目を見開いた。頷く。
「で、なにがあったのかな?」
優貴はコーヒーを飲んだ。そろそろ本題に入るころだ。