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新宿



「優しくしてりゃ、つけあがりやがってっ」

「いやっ、放してっ」

 男女が揉み合う音が路地の奥から聞こえる。新宿の夜にはめずらしいことではないじゃないかとみなさん思うだろう。男女の痴話喧嘩なんて掃いて捨てるほどある。いちいちかかわっては身が持たない。

 だが、それが男三対女一で、男たちが大型バンに女を連れ込もうとしているとなるとちょっと興味がわく。面白そうだという不謹慎な興味だ。

 何が起こるのかな? と興味津々で近寄った田村優貴は目を瞠った。車に連れ込まれようとしている小柄な女、いや、少女が美しい美少女、重言したくなるほど美少女だったからだ。日本人形のような繊細な顔立ちに、薄茶色の大きな瞳、ふっくらとしているが肉を感じさせない頬、前下がりボブの黒髪。それが白い肌かかって、美しさを引き立てている。触れれば壊れそうなはかなさに、男はぞっとせざるを得ない。通りを歩けばほとんどの男が振り返るだろう。

 こりゃちょっかいを出さざるをえない。美少女が何か悪いことをするはずがないのだ。どんな事情があろうと男どもが悪者に決まっている。

 優貴がバンに歩いていくと美少女がこちらを見た。助けてっとこれまたふっくらした形のいい口唇から待ちに待った科白が飛び出す。

「黙れっ」

 男のひとりが美少女を罵った。同時に美少女の頬に男の拳が突き立つ。触れるだけで壊れそうな少女に拳骨が炸裂すれば、どうなるかは決まってる。美少女は弾かれるようにバンの横っ腹に叩きつけられ、反動でアスファルトに倒れ込んでしまった。粉々だ。

 優貴はあんぐりと口を開け、目を瞬いた。なんてことをしやがる、壊れ物だぞ、大事に扱え!

 心の声が聞こえたのか、三人の男たちがこっちを振り返った。馬鹿みたいに口を開けた優貴と目が合うが、まるで動じやがらない。何しろ全員が優貴の頭ふたつは高い、躰の厚みは倍はある。舐められるのは当然だ。

 リラックスした態度で、美少女を殴りやがった巨漢が進み出る。

 慌てて口を閉じた優貴は巨漢を見上げた。威圧すれば逃げると思っていた瘦せっぽちが逃げないのが、意外で首を傾げる。

「おい、なんか見……」

 巨漢が野太い声で話しかけてきた。優貴は条件反射的に耳を傾ける。

「つっ」

 突然、ノーモーションで男の拳が飛んだ。普通なら躱せずにパンチを喰らう。そこで勝負は決まりだ。不意のパンチはダメージがデカいし、何より先制攻撃されるとショックが大きい。戦意が削がれるのだ。

 だが、優貴はその拳を見切っていた。左の掌底で右に流すと、躰のひねりを使って右肘を巨漢の咽喉に叩きこむ。咽喉がつぶれる嫌な音がするが構うものか、女に手を出した当然の報いだ。

 突然、前屈みになった男の様子を見て、美少女の両手をとろうとしていた残りが色めき立った。二人の手がスーツの懐に伸びる。

 銃!

 直観した優貴は左の男目掛けて跳んだ。踵に全体重を乗せ、男の胸を押しつぶし、返す踵で、右の男顎を跳ね上げる。

「うぐっ」

 男の意識が一瞬で跳ぶ。白目を剥くと膝から崩れ落ちる。

 優貴は素早く胸を潰され倒れ込んだ男のこめかみにトゥキックを叩きこんだ。同じく喉を抑えて苦しんでいる男の首筋にも手刀を叩きこむ。二人ともあっさりと悶絶した。これでしばらくは苦痛を感じなくて済むわけだ。意識が戻ってからのことは知らないが。

 優貴は抜け目なく男たちの懐から銃を取り出すとマガジンを抜いた。

「シグ・ザウエルP320かよ。いい銃使ってんな」

 三本のマガジンをポケットに突っ込む。次は主役ヒロインの美少女だ。

「おい」

 仰向けに倒れている少女をゆすったが、返事はない。長い睫毛もピクリともしない。優貴は少女の頬に手の甲を伸ばした。軽く触る。

「まずいな、こりゃ」

 少女の頬には熱があった。まぁ、グーで殴られればそうなる。おれみたいなのと違う。壊れ物なのだ。ほっとけば腫れ上がってしまうに違いない。

「しゃーねえ、乗っちまった船だ」

 こういうきれいなものが傷むのは忍びないやね。

 優貴はひょいと美少女を抱き上げた。華奢な躰はまるで重みがない。

「四ッ谷まで、デートとしゃれこみますか」

 優貴は照れ隠しにそう言うと四ッ谷のマンションへ向かった。


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