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開拓のユートピア  作者: すが ともひろ
2 困難と戦うのは誰のせい
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【2】危険な領域

 三人はコタツの辺を背にして寝そべり、マンガやスマホで寛いでいた。


「どうして過酷民がバカにされるの」

「上級国民は俺らが現実から逃げてると思っている。あいつらの方が格差や国内問題とかいう現実から逃げてるんだろうが」


 太子はマンガを読みながら続けた。


「どれだけ働いても最低限の衣食住さえ手に入らない過酷民に、アニメやマンガやなろう小説は癒やしと希望を与えてくれる。まあ夢の中だけだけどな」

「上級国民を倒せばあたしたちの境遇も変わるかも。まあ無理だけど」

「だよな」


 開拓はうつ伏せで残ったビールを口にしながら、諦めの太子と日南に口を尖らせた。


「そんなだから上級国民に勝てないんだよ」


 厳しい口調に二人が耳を立てた。


「過酷民は虐げられている。落ちこぼれ、ニート、非正規ばかりで社会に何の影響もない。だから誰にも認められないんだ。境遇を変えたいって過酷民自身が主張しなければいけないんだ」


 だが太子も日南も答えられないまま時間が空いた。


「ボクもう帰るよ」

「帰るってどこにだ」

「なんとかなるよ」

「岡崎くん? 今日泊まるところないんでしょ」


 立ち上がった開拓の手を日南が取った。


「夜はこのコタツ空いてるから。お風呂もあるから」



 太子と日南はコタツの対面で暗い顔をしていた。


「過酷民が否定され続けるなんて俺は許せない」

「自分で動けばそれを変えられるかもって教えてくれたのは岡崎くんよ」


 そう言う日南に太子は這い寄った。そして体温を感じる位置まで引き寄せようとした。


「日南! 俺たち二人で社会を変えよう」

「わたしは行くから」


 しかし日南は太子を突き飛ばしコタツから飛び起きた。


「行くってどこへ」

「お風呂」


 太子に答えると同時に日南が瞳を輝かせダッシュしていた。


「何考えている日南」

「こんなチャンス滅多にないよ」

「日南には俺が」


 しかし太子の声が消えた。喉が詰まって言葉が出ない。足が動かない。見えない力に抑え付けられている。日南だけが勢いよくドアを開くとシャワーを浴びる開拓がいた。裸のまま固まった開拓に日南は大興奮していた。日南が内側からドアが閉じると開拓の悲鳴が高層きっさに響き渡り、どれだけ悔しくても太子は何も出来なかった。


 ――――――――


 ――街の一角を占める敷地は、石畳の大通りが伸び木陰が作られる。高層の校舎が緑の層の上に林立する。最新の設備に清潔なカフェテリア。女子も男子も和気あいあい。言い換えればリア充。お互いの昼食を分けあったり、同じ教科書を二人で顔をくっつけて見たり。


「思わず鼻血が。アニメのような夢と理想の世界がここに」


 帰りは好きな子と手を繋いだり。家に誘ったり。狭いワンルームのアパートで二人きり。いっしょにご飯を作ったり。ビールとか買って二人で飲んでみたり。ほろ酔いになって見つめ合ったり。それからそれから。


「あたしもあなたも大学デビュー」


 よだれと鼻水を垂れ流す日南であった――。


「日南起きろ」


 太子の声も夢の中の日南には届かない。


「あたしはリア爆からリア充の世界に行くんだー」

「それは夢だぞ日南」


 太子は日南の体を揺すりながら、ドアの向こうに消えた昨日の実態を脳内で形成していた。腹が立って仕方ないのに感情に出すことが出来なかった。今もこうやって日南を助ける行為を操られるように続ける。叱りたい。怒りたい。それでも日南は大事な存在だった。


 他の生徒が笑う中で目が醒めると視界が戻ってゆく。薄汚れた貸ビルのフロアを使った教室だ。チョークの跡が残る黒板を端の黒くなった蛍光灯が照らすのは、まるで補助金で生き延びる中小企業のオフィスのようだった。


 ワイシャツと緩めたネクタイの講師は、なぜか生徒と同年代の男子だ。生徒は出席こそしたが誰もが講義そっちのけでスマホに夢中だ。


 講師はわざとらしく日南に尋ねてきた。


「現実逃避はそんなに楽しいか? それは負け組の典型だ。過酷民が犯罪者と言われる所以だ」


 講師はマイクを手に日南を指差した。日南は寝覚めで不機嫌だった。


「いくら一流大学からの派遣だからって、同じ学生のくせに」

「日南落ち着け」

「落ち着いていられるか。同じ大学生のくせして。どこまで上から目線なの」

「過酷民の癖に偉そうに」


 頭ごなしの講師に日南が立ち上がって唾を飛ばすと他の生徒も驚いた。次に日南が攻撃の対象にしたのはその同じ過酷民の生徒だった。


「みんな。何その受け身な態度は。悔しくないの」

「そんなこと言われても。僕たちは講義なんかどうでも良くて、大卒ってことでまともな就職先を見つけたいだけだよ」

「日南落ち着け」

「太子は黙ってて」


 だがほかの生徒も太子同様、日南を諫めようとした。


「過酷民は頭悪い人しかいない」

「コミュ障で陰キャばかりだからバカにされても仕方ないんだよ」


 そう自分自身を否定するのは、表面だけでも一般人と同質を繕わないと就職や収入は手に入らないことを誰もが知っていたからだ。


「みんな戦って。戦わないとずっとこのままよ」


 鼻息荒い日南の横で、前や後ろの席の女子が太子に聞いてきた。


「新入生のかわいい男子、来てないの」

「わたしも気になる」

「すごく美少年って聞いたよ」

「そういう情報はすぐに拡散する……」


 日南の暴走など他人事で、欲望むき出しの女子たちに太子は呆れた。


「開拓なら寝てる。体調不良で」


 高層きっさのコタツで、開拓はいろんな意味で臥せっていた。

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