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開拓のユートピア  作者: すが ともひろ
6 決起する果てる
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【2】成功する幻想

 過酷民が向かうのは市内の戸建住宅だ。安アパートの住人である過酷民とは違いエリートの学生は潤沢な予算を背景に、庭付きで日当たりのいい戸建を選び住んでいた。


 太子がバールのようなもので玄関を破壊し日南たちが突入する。土足のまま廊下を進み突き当りのドアを開くと、エリートたちが驚いた顔をしていた。


「おいおい。誰かと思えば過酷民の連中じゃないか」

「その土足は何だ。過酷民は常識知らずばかりだ」


 エリートはいつものように過酷民を小突こうとした。だが日南は逆に突き飛ばした。


「何をする」


 大声で恫喝するエリートはよろけながらスマホを操作する。


「クズは住居不法侵入で逮捕されろ! 補助金を剥奪されてホームレスになるがいい」

「警察は来ないわ。この前の対決を忘れたの」

「そんなはずはない。ここもネットワークカメラで配信されている」


 だが天井のカメラの向こうでは、過酷民はおろか警察官までもが何も指示せず見入っていたのだ。事実を知ってエリートの顔が強張ってゆく。


「なぜだ」

「エリートの実力を見たいからないんじゃないの」

「エリートがどれだけ強いかをね」


 太子と日南が煽った。


「だったら望み通りお前らを再起不能にしてやる」


 エリートたちと太子たちがスマホを構える。水柱と火柱が部屋に立ち上がり激突する。エリートの炎が過酷民の水流によって瞬時にかき消された。慌てるエリートの襟首を太子が掴み引き倒した。


 視聴者は拍手喝采だ。彼らは世界公認のインフルエンサーだ。警察だって勝者の味方だとようやくエリートは気付き絶望した。


「あたしたちを奴隷のように扱ってきた報いよ」


 今度は日南がエリートを殴りつけた。集団暴行はすぐだった。


 ――――――――

 

 他の戸建にも過酷民は一斉に侵入した。ネットワークカメラの向こうは過酷民の味方ばかりだ。エリートは反撃する間もなく次々と拘束され殴られ蹴られていた。


「こいつめ! こいつめ」


 過酷民の女子がエリートの女子を踏みつける。


「ごめんなさい! ごめんなさい」

「まだ誠意が足りないわよ」


 女子の過酷民は泣き喚くエリートの女子を正座させ鬼の形相で暴行を加えた。復讐は最高の快楽であり、それは視聴者も同じだった。


「過酷民でも上級国民に勝てる」

「いままでバカにしやがって」


 世界中のニートや非正規労働者が家から飛び出し職場を放棄し、正社員やかつての上司を襲撃し始めた。インフルエンサーの日南や太子が勇気を希望を彼らに与えていた。


「上級国民を許すな」

「全ての格差を撤廃しろ。不正蓄財を吐き出せ」


 興奮が暴力を加速させてゆく。


 ――――――――


 雪で事故が多発する交差点で警察官は交通整理に追われている。近くの商店から複数の若い男たちが出てくる。


「強盗だ! 捕まえてくれ」


 男たちは逃げるどころか、逆に追いかける店主を捕まえた。


「最低賃金以下で働かせやがって」

「ノルマで店のものを何十万円も買わせてくれたな」

「レジの金が合わなければ三倍返しだと」

「罰金だらけでいつも給料はゼロだ」


 上質なスーツに身を包むオーナーはだが強気だった。すぐ近くに警察官が居ると高を括っていた。


「過酷民を働かせてやってるだけでも感謝しろ。ゴミクズのくせして」

「搾取で貯め込んだ金を返せ」


 男たちが店主を殴り付ける。その様子に制服の警察官たちが走り出そうとした。


「待て」


 止めたのはコートを着た私服の上司だった。


「ここは撤収する」

「ですが」

「あいつらは勝者だ。忘れたのか」


 期待を裏切られた店主が血塗れになっている。


「助けて……助けて」


 私服警察官は助けを求める店主を払い退けた。


 ――――――――


 日南には幸福の色しかなかった。


「格差はエリートが作ったもの。不当なもの」

「日南。いよいよだな」


 太子が手を差し出すと彼女はしっかり握った。過酷民の学生に囲まれ自信に溢れていた。混乱する街で最後の目的地だ。駅に近いビルの入口には黒いスーツの強面のボディガードがいた。太子と日南は手を繋いだままスマホを手に突撃する。ボディーガードは銃を構えたが瞬間で勝負は決していた。


 倒れた奴らを過酷民は蹴り飛ばした。


「中に警備はいないぞ」


 過酷民の学生が階段から突入したそこはモニタが並ぶホールだった。


「過酷民はやっぱり無礼だから」


 モニタのみの灯りに照らされるのはエリートと共に居た晶子だった。


「エリートがいつまでも偉そうに出来ると思うな」


 日南は晶子に駆け寄り襟首を掴んだ。鮮血の記憶が晶子を揺さぶるが彼女は隠し通した。


「勝手な理屈で暴力三昧。ただのバカなの? 相当の覚悟を持ってるの。本当の望みは何なの? 言ってみて。言って」


 ――――――――


 街中のラーメン店はウナギの寝床のようにカウンターが奥に伸びていた。


「鯛塩ラーメンお待ちです」


 底の深い丼がカウンターの向こうから置かれた。スープは済んだ黄金色で、三つ葉と鯛の皮の唐揚げが乗せてあった。


「すごく魚のコクがある……肉の苦手なボクにぴったりだ」


 喜んで麺を啜る開拓はスマホで配信を眺めていた。


 開拓は思わず立ち上がった。

 日南と太子が晶子を捕えた姿があったのだ。離れた席の過酷民がスマホの向こうを応援している。


「過酷民がこれほど強いとは」

「日陰者で居たのがバカみたいだ」

「行け! 上級国民に制裁を食らわせろ」


 開拓に店員が興奮して話し掛けた。


「ついにあいつらの利益を奪い取る日が来たんです」


 そのとき別の店員が入ってきた。店員たちで相談したかと思うと店のシャッターが降り始めた。


「代金はいいからすぐに出てくれませんか」

「あなたも過酷民ならこの戦いに参加しましょう」


 盛り上がる店内でそう誘われたが、開拓は店員や過酷民の手を振り切っていた。


 ――――――――


『エリートの九割以上を拘束したぞ』

『オレたちの完全勝利だ』

『太子と日南のおかげだよ』


 勝利と歓喜のSNSがスマホに踊っていた。開拓は滑る足で急いだ。

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