【3】貧困は自己責任
晶子たちエリートはまるで音波の壁に守られているように無傷だった。
「どうしてこれだけの攻撃が」
「過酷民の考え方が間違っているから」
半球形のカメラはそんなエリート、市民、日南と太子の仕草も余すところなく映していた。知ってか晶子はクスクス笑い、エリートは容赦なく詰め寄った。市民は口々に言い放った。
「正しいのはエリートの方だ」
「過酷民は貧困を人のせいにする腐った連中だからね」
「自堕落な過酷民は犯罪者って決まってる」
「アニメとか漫画とかフィクションを現実と混同してるなんてキモいよね」
市民を味方につけたエリートは勢いづき、蔑まれる過酷民の二人は言葉でしか反論出来なかった。
「貧困は上級国民のせいよ。過酷民は何も悪くない」
「教育レベルの低さは俺たち生徒の実力を反映してはいない」
親が薄給で生きていけないから家計を助けなければならない。夜も昼もアルバイトで勉強出来るわけがない。上級国民が自らの利益のために非正規を増やしたのが原因だ。
太子は続けた。
「家族を大事にする過酷民は心が綺麗なんだ」
みんなで助け合い上級国民の搾取から生き延びていると。
「貧しいから犯罪するしかないのよ」
日南が太子に同調する。
社員登用をエサにサービス残業を強要される契約社員。20時間労働でも8時間分の定額報酬しか貰えない業務委託。一か月会社に泊まり込みのブラック企業。どれだけ働いても人間としての生活も許されず、生活保護バッシングで社会保障は行き届かず、犯罪に走るしかないのが過酷民の実態。
そう捲し立てる日南だが市民もエリートも冷笑するだけだ。
自己責任だ。努力すれば貧困から抜け出せるはずだと。
「素直に負けを認めたら」
二人の憎しみを嘲笑う晶子がその体を革靴で蹴飛ばして来た。他のエリートも容赦無い蹴りを入れる。無邪気な暴力行為を市民は当然の帰結だと受け入れていた。理解されない現実に過酷民の二人は蹲り耐えるしか出来なかった。
「あなたたちの末路を解らせるから」
そのときだった。街が一瞬で黒雲に覆われ吹雪に包まれた。誰もが翻弄され視界が奪われる。二人の過酷民、太子と日南が吹雪の中に微かに人影を見付けた。
突然起こった荒天は突然治まった。
そこにいたのは自分たちより幼い感じの男子だった。彼は怒りに満ちた顔でエリートを見据えていた。数十のカメラがその男子を捉えていた。
「こんな酷いこと許せないよ」
そう言った男子に晶子が正面に立って凄んだ。
「庇い建てするあなたも過酷民なの」
「自分たちだけが優れているなんて思い込みだよ」
「あなたも過酷民ならタダでは済ませないから」
不機嫌に反論すると晶子はは距離を取った。
男子は傷ついた日南と太子の手を取り起こした。
「あなたは」
男子のまっすぐな瞳に日南はたちまち見入っていた。
「お前は誰なんだ」
「ボクは岡崎 開拓」
二人に男子は名乗ると晶子に言葉を尖らせた。
「過酷民は常に犠牲者だよ。不況になれば新卒採用を絞られ、非正規のまま何年働いてもスキルが身に着かない。景気が回復したときには中年に差し掛かり、体力も記憶力も若い人に勝てず貧困のままなんだ」
開拓の重い嘆きに日南も太子も口を歪めた。
「虐げられても必死に生きてゆく。あたしたちは無謬の存在なの」
「生きることまで否定される理不尽と俺は戦う」
そんな二人を開拓は庇うように背にした。
カメラが映す開拓はネットを通じ世界中でリアルタイムで視聴されていた。鮮明な画像と音声が臨場感で視聴者に迫る。無数の視聴者は自らの考えをSNSで書き込んだ。
――あいつら過酷民が現実逃避しようが知ったことではない。だが自分が偉くなったと妄想して犯罪を起こすのは許せない。
――誰が心がキレイだって? 過酷民は努力する奴の足を引っ張って袋叩きにして、それでも成功者が現れたら金欲しさに集るだけじゃないか。
――過酷民だってそれなりの生活レベルになった奴は大勢いるぜ。お前らは楽して生きたいから人並みの幸せすら放棄したんだ。自業自得だ。
そんな一般市民の冷たい言葉はいつもと変わらなかった。
――僕は過酷民だけど自己研鑽を忘れないエリートに勝てるなんてあり得ないよね。学力以上に心構えが違う。弱い人を助け不条理に堂々と立ち向かう。本当に国家や社会のことを考えているのはエリートだよ。
――過酷民は泥棒と犯罪者ばかり。だって俺も空き巣で生計立ててるからな。
――パチンコに負けて台を壊して逃げた。儲けている店に損害出させるのは最高。
――日雇いしながら生活保護貰うと贅沢出来るよ。スマホも最新。車だって親名義で買っちゃった。バレなきゃやりたい放題だ。
――過酷民がゴミクズなのは、わたしたち過酷民が一番よく知っている。
街の外での書き込みが彼らのスマホにも続々と届いた。
「同類なのにあなたたちの味方はいないから」
二人にとっても当然の結果なのに。残酷な結果だと。
「諦めないで」
しかし開拓は背を向けたまま声を出した。
「自信を持って」
「無理だよ」
「過酷民の本当の声を聞いて」
「無理だ」
日南と太子が開拓を全否定する。だが彼は叫ぶように言った。
「過酷民は強いんだ」
それから開拓は、過酷民をひたすら批判するSNSに意識を同調させた。
『きみは過酷民なのにどうして過酷民を蔑んでいるの』
――過酷民が現実から逃げているからだ。エリートに勝つなんてお花畑だ。
『きみは負けたままでいいの』
――過酷民は社会の隅っこで大人しくしているのがお似合いだ。
開拓は意識を遊離させネットと一体化した。心ひとつでSNSの源流へと飛行するように遡行していった。