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開拓のユートピア  作者: すが ともひろ
4 紡ぐ向こう側から
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【4】真実は見えないの

 小さな大学だから食堂は一つしかなく、少し遅れるだけで座るどころではない。入学して一年で開拓は思い知ったから、二限目が遅く終わると別の場所に走った。


「どこ行くんだよ開拓。食堂向こうだろ」

「クリスピーさん! お願いだからバッグに入っててくれる」


 肩には小人、いや妖精の女の子が乗っている。彼女は黒いローブをはためかせ杖がわりの鉛筆で建物を差し示した。誰かに見られたら大変だ。妖精を捕まえようと手を伸ばした開拓だが彼女はひょいと頭の上に乗った。講義が終わった生徒が次々と出て来て、その中に太子の姿があった。彼は開拓を見付けるなり駆け寄ってくる。頭を覆ったが素早い彼女は捕まらない。目を閉じしゃがんだ開拓。


「よう開拓」


 開拓はしどろもどろだ。しかし太子は神妙な顔をした。


「昨日はごめんな。俺、お前が苦労してるのは解ってるのに」


 想像していた彼の姿はここにはない。照れくさそうに気まずそうに彼は言葉を紡いだ。開拓は自然と頷いていた。


「もういいよ。本当言うと仕上がりに満足出来ないんだ」


 太子の表情が晴れてきた。


「お前はデビュー出来るさ。俺が保証する」


 そうして太子は手を振り通り過ぎて行った。頭に妖精が乗っているのを思い出したのは彼の姿が見えなくなってからだ。今頃になって開拓はまた目を閉じた。


「もう行ったぞ」


 そんな開拓を上から妖精が覗き込んでいた。


「心配するなって。ぼくの姿はお前以外には見えないんだよ」

「心臓、止まるかと思った」



「ところでクリスピーさん。きみって誰? 宇宙人? それともロボットとか」

「説明しただろ。ぼくは妖精。森羅万象の一種なんだって」

「だいたいどうしてボクのこと何でも知ってるの」

「それも説明した。お前がぼくを呼んだからだって」


 男言葉のクリスピーは、昨日から繰り返される質問にうんざりしていた。


「やっぱり信じられないよ……あ、ボクの格好」


 ガラス扉に映った姿。寝起きのまま学校に来たからシャツはよれよれ、ひげは伸び放題。起き抜けに顔を鉢合わせた妖精。夢でも幻でもないクリスピーの姿に腰が抜け、遅刻しそうになったことを開拓は思い出した。だがその心は、ここしばらく感じたことがないほど空いていた。


 ――――――――


 メインストリートから外れた芝生の広場。そこに建つ売店は大きな窓も開け放たれ心地よい秋風が流れていた。パンやお菓子の並ぶ棚の中、出来たてのカツサンドは人気があり早いもの勝ちだった。運良く残っていた最後の二つ。肩で堂々とあぐらをかくクリスピーとは逆に、周りの視線を気にしながら暖かいそれを買いバッグに詰めた。


 すぐ裏は小高い林だ。赤や黄色に色づいた傍を部室棟に歩いた。鍵を差しこみ回転させるとドアが引っ掛かる。陽光は入らず部室は薄暗い。そこにはやはり画版を膝に立てる姿があった。


「岡崎くん」


 彼女はいきなり手を引っ張った。


「ひげ、やっぱり剃ってきたらよかった」

「細かいこと気にするなって」


 反射的にクリスピーを手で隠す開拓。部室は椅子や机がなく床の絨毯に直に座る。


「岡崎くん選んで? 今度の部展に出す絵どれにしよう。どれにしようか」


 何十枚と重ねられた水彩画。絵のことになると早口の日南。いつもとは違い目を逸らさず開拓に顔を近付けてくる。そんな彼女に彼は緊張して興奮し続けた。


「自信作ばかりだから迷ってしまって」

「新村さん。これなんかどう」

「ちょっと失敗」

「失敗?」

「空がうまく描けなかったの。あたしは背景に最大限に気を遣ってるから」

「ならこっちは」

「これいいね。決定! それとこっちは」


 女子の瞳が怪しいくらい輝き開拓は圧倒されていた。


「新村さんそこまで絵が好きなのに、どうして芸大行かなかったの」


 聞こえなかったのだろうか。日南は絵を選び続けている。


「なんでこの大学来たのかなって」


 開拓がそこまで聞くと彼女は手を止めた。


「行けなかった」


 絵を絨毯の上に置き寂しそうに答えた。


「お父さんもお母さんも芸術とか嫌いだから。そんなのは遊び人のすることだって許してくれなかった。しょうがないから一人暮らし出来るここに来たの」


 クリスピーは開拓の肩から窓を見上げていた。


「あたし絵は絶対やめない。どんなに反対されても描く」


 青い空から日が差し込む。なのに体が震えた。開拓にとって絵は趣味でしかなかった。尊敬するくらい彼女のことを凄いと思った。それを知ってか彼女は立ち上がり自慢の絵に笑んだ。


「だからね岡崎くん! 遊ぼうって思ったの。留年したっていい。毎日絵を描いておいしいもの食べて、お金無駄使いしてお父さんお母さんを困らせるんだ」


 元気溢れる彼女に開拓の気持ちが和らいだ。


「そうだよ! せっかく大学に来たんだから楽しまないと」

「でしょでしょ」

「そうだ。これいっしょに食べよう」


 カツサンドを一つずつ。


「ぼくもぼくも」


 クリスピーが手を出してきた。


 備品の石膏の胸像や花瓶が二人を囲んでいた。カツサンドの包みはゴミ箱に。靴は入口に揃え、持ちものはロッカーに。スチールのロッカーは小さく仕切られ、それぞれの扉に名前が書いてある。


 水入れ、パレット、透明水彩、水彩用紙。イーゼル。開拓のすぐ横に日南が居る。彼の筆にも気合いが入る。肩に変な妖精が乗っていることも完全に忘れていた。午後の講義のチャイムが遠くから響く。今日は行かないと開拓は決めていた。

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