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日常

作者: 児玉 桜

 2017年10月4日。落葉樹の葉が散ってきて間もない頃の昼下がり。

 最近第一子を妊娠したある夫婦が住む家で、その夫婦は自分たちの幸せを笑みという形で表現しながら、何気ない日常を過ごしていた。


 ――えー。午後8時となりましたのでニュースを始めます。今朝未明に病院すぐそばの池で発見された少女の死因は溺死であり、自殺とみられるとのこと。続きまして、明日の天気ですが――


 そんな声がテレビから聞こえてくる中、それを気にせず夫は妻が喜ぶだろうと薔薇を送り、妻はそれを貰って嬉しそうに微笑んでいた。

 ――ああ、もう。それは僕がやるから、座ってて。

 ――大丈夫よ。これくらい。だから私にやらせて?

 ――じゃあ、僕も手伝わせて。それならいいでしょう?

 祝福のケーキを二人で食べ終えて、食器を洗おうとする妻を夫が制止し、結局二人で食器を洗う。そんな正しく幸せそうな夫婦の一幕。

 そうして彼らは、今日も幸せをかみしめながら一日を過ごしていた。



 2017年10月3日。病院個室。


「なあ、穂香(ほのか)。あいつ死んじゃったんだってよ」

 何所か遠い目をしている一人の青年は、個室の窓から見える公園を眺めながら唐突に語り出した。

「知ってる」

 彼の隣で同じ体勢を取る少女もまた、どこか遠い目をしながら同じ公園を眺めていた。

 視界の隅で雲がゆっくりと流れ、公園では走り回るまだ小さな子供たちが、少し大きい子供たちと遊んでいる。視線を少し横へずらせば、まるで世界が変わったように高層ビルが立ち並び、その逆側では、この街にはないプールの代わりとなっている大きく浅い川がせせらいでいた。二人の視界を小鳥が横切って、どこからともなく彼は語り出す。

「知ってるか? あいつ、お前の事好きだったんだぜ?」

 務めて明るく振舞う彼の声は微かに震えていた。

「うん……知ってる」

 そう言って彼女は窓から視線を離して、綺麗にたたまれた白いベッドとその隣にある机へと視線を移す。

「じゃあ、なんでっ!」

 泣きそうな表情をして、彼も彼女の背中越しに『あいつ』の居ないベッドへと視線を移した。

「なんで、お前は……あいつが起きている時に来てやらなかったんだよ……」

 消え入るような声で、彼は彼女を責める様に問う。しかし、彼の声には泣き声が混じり上手く発声出来てはいなかった。それでも彼の言葉は、一言一句違わず彼女の胸の内に届いていた。

「そうしたらあいつはきっと、お前に告白して、満足しながら逝けたんだ! なあ、穂香。俺達は友達じゃあなかったのかよ……」

 彼女は背中越しに答えた。

「……友達だよ。ずっと、これからも、悠人(はると)俊介(しゅんすけ)も。ずっと、ずっと、私の友達だよ」

「だったらどうして! あいつの、悠人の思いに応えてやらなかったんだ!」

「だって、だってさ……」

 彼以上に帆を涙で濡らしている彼女は、もう彼女の事が好きだった悠人のいないベッドから目を離して、怒声に泣き声を混ぜながら話す俊介の方へと、振り返った。

「お、お前。その顔――」

 彼女は彼の言葉を遮って言う。

「――私が起きている悠人の前に居て、告白されちゃえば悠人は満足して逝っちゃうじゃないっ! 私は悠人に生きて欲しかった。満足しちゃえば、生きることを諦めるかもしれなかったから! だから、私はこの思いを殺して、彼に会わない様にしていたの!」

 二人しかいない病室はとても静かな物だった。お互いの泣き声しか聞こえない。

 彼女が落ち着くのを待つようにして、彼は再び話し出す。

「もしかしてお前も、あいつの事が?」

「ええ、そうよ。私も悠人の事が好きだったの……だから、生きていて、欲しかったのよ……」

 そう言って彼女は堪え切れずに、はっきりとわかる声で泣き出した。

 つられて彼も泣き出す。気を遣われているのか、誰かが扉の前に立っている事が分かっても、恥ずかしさなんて気にもせず、ただただ感情のままに二人は泣いた。



 空が紅く染まり出す頃。

 二人は病院の前で手を振って別れを告げていた。

 彼はしばらく歩みを進めた後、振り返って、泣き声の混じっていない綺麗な声で、涙の痕を輝かせながら彼女の名を呼んだ。

「穂香ぁ! また、今度! そして、そのまた今度も! 会おう! 俺とお前で、あいつの分まで生きてやるんだ! 大人になっても! 爺婆になろうとも! 一緒にあいつの墓を洗って! あいつに! 楽しい話を聞かせてやろう!」

 彼の決意を受けて申し訳なさそうな表情を笑顔で塗り固めた彼女は、彼の表情を見ずに手を小さく振った。

 彼女が通る帰り道。そこでは落葉樹の枯葉が綺麗に舞いながら、常緑樹の葉もそれに彩を加える様に舞っていた。

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