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座敷の恋  作者: 小畠由起子
2/3

中編

前編、中編、後編の三つのパートに分かれています。それぞれすべて本日中に投稿する予定です。

 海水浴に花火、バーベキューに川遊び、森でカブトムシを探したり、潮干狩りしたりと、南の島での遊びは尽きることがありませんでした。そしてこれほどたくさん楽しい遊びがあるというのに、どうして家の中でかくれんぼなんてしようと思うでしょうか? 結局和雄(かずお)たちは、かくれんぼはもちろん、家の中を探検することすらせず、一日中外で遊んで、帰ってきたらぐっすり眠るという夢のような生活を送っているのでした。


 ……しかし、そんな夢のような生活は、ある日突然もろくも崩れ落ちてしまうのです。おばあちゃんの家に来てから一週間が経ったある日のことでした。


「和雄、康弘(やすひろ)知らない?」


 ショートパンツにノースリーブのシャツを着た文香(ふみか)が、和雄たちが寝ている部屋に入ってきました。宿題の計算ドリルとにらめっこしていた和雄は、ぶっきらぼうに答えます。


「知らないぜ。ヤスはもう先に行ったんじゃないのか?」


 今日は森にしかけたカブトムシ用の罠を見に行くことになっていました。ですが和雄はお留守番です。あまりに遊びほうけていて、宿題を全然やっていないことがお母さんにバレてしまったのです。計算ドリルを乱暴にパタンッと閉じると、和雄は頭をぽりぽりかきました。


「今朝もすげぇはりきってたからな。カブトムシだけじゃなくて、クワガタも捕れたらどうしようって、昨日ずっとおしゃべりしてたもん。……もしかして、一人で森に行ってたりしないよな?」


 和雄の言葉に、文香はわずかにまゆをひそめました。


「多分それはないと思うけど。前に三人で森に行ったらさ、あいつずーっとあたしの手をにぎってて、怖がってたし」

「だけどよ、昨日のはりきりようじゃ、一人で行ってもおかしくないぜ。……なぁ、心配だからさ、これから探しにいかないか?」


 立ち上がる和雄を、文香はじろりとにらんで制します。


「そんなこといって、あんた宿題サボりたいだけでしょ。おばさんにいいつけるよ」

「なっ、違うわい! おれだってヤスのことが心配なんだよ。別に宿題サボろうとか思ってないぞ」


 そのあわてようですでにバレバレになっていましたが、それでも和雄は帽子をかぶって行く気満々です。文香は「はぁっ」とあきれたようにため息をつきました。


「おばさんには、勝手についてきたっていうからね」

「別にいいぜ。ヤスのことが気になって、宿題なんて手をつけられないからな」


 やれやれといった様子で、文香は肩をすくめるのでした。




「結局、どこの罠にもいなかったわね」

「あぁ。近くの川にもいないし、ホントにどこ行ったんだ、ヤスのやつ」


 ひとしきり罠を見てまわって(ついでにカブトムシも捕まえて)、和雄と文香はきょろきょろしながらおばあちゃんの家に戻ってきました。


「どうせ森に行こうとして、怖くて戻ってきたんじゃないかしら? 多分あたしたちとはすれ違っちゃったのよ」


 あっけらかんとした口調でしたが、文香の目は笑っていませんでした。和雄ももう一度家のまわりに視線を向けて、それから玄関の網戸を開けました。


「ただいま……って、うわぁっ!」


 玄関には、和雄の母親が仁王立ちしていたのです。宿題をやっていないことがバレたと思い、和雄はとっさに身をちぢめます。しかし、母親は顔をくしゃくしゃにしてから、二人に一言だけ告げたのです。


「……ついてきて」


 和雄と文香は顔を見合わせましたが、母親の有無をいわせぬ迫力に押されて、なにもしゃべらずに靴を脱いで上がりました。


「……し、知らんど(しらないよ)、おら、かくれんぼさしとったとや(をしてたんだよ)……」


 知らない男の子の声が、奥の部屋から聞こえてきます。さらに、ハルおばさんの怒声も聞こえてきて、二人はヒッとちぢこまります。


「どうしてよ、ねぇ、どうしてよ! 康弘は、康弘はどうなったのよ!」

ちったぁ(すこし)なぎらせれぇ(おちつけ)、ハル! ……わごー(あんた)なんちゅーとや(なんていうなまえだ)?」


 おばあちゃんの声でした。いったいなにがどうなっているのかわからず、和雄と文香は部屋に入ります。


「えっ、誰、この子?」


 そこにはおばあちゃんと目を真っ赤にはらしたハルおばさん、そしていがぐり頭にうす汚れた着物を着た、見知らぬ男の子がいたのです。なにがなんだかわからない二人に、ハルおばさんがすごい剣幕でどなりつけます。


「あんたたち、どうして康弘といっしょにいなかったの! どうして康弘にかくれんぼなんかさせたのよ!」

「ええっ? し、知らないわ、かくれんぼなんてさせてないよ!」


 獣のような迫力に押されて、文香が首をブンブンッとふりました。いつもは明るく面白いハルおばさんが、こんなにも怒っているすがたを見たことがなく、和雄はショックを受けて固まってしまいました。


じゃんかろー(そうじゃない)そこん(そこの)二人じゃなか(じゃない)。……わごー(あんた)、太一あいあん(さん)じゃっちゅー(だろうか)?」


 おばあちゃんが男の子にたずねました。島のなまりでよくはわかりませんでしたが、どうやら名前を聞いているようです。男の子はそろそろとうなずきました。


じゃろ(そうだよ)。おらー、太一じゃばってんか(だけれども)おんじょー(おばあさん)ばだいでかあんろー(がだれかわからないよ)?」

「……あばよ(ああ)しきーまー(ほんとうに)ごーらしなげー(かわいそうに)わごー(あんた)どんが(わたしが)なんちゅーか(なんていうか)わかるっちゅー(わかりますか)? おい(わたし)はキヨじゃっちゅー(といいますが)わごー(あんたは)知らんとなー(しらないですよね)しきー(ほんとうに)ごーらしかなー(かわいそうに)ごーらしー(かわいそう)


 おばあちゃんは顔をくしゃくしゃにして、男の子の頭をなでては泣き、なでては泣きをくりかえしたのです。ハルおばさんがカッとなって、おばあちゃんの手をつかんで男の子から引き離しました。


「母ちゃん、どげーなっとー(どうなっている)とや(のよ)! 康弘ばどないなっちゅー(はどうなったのよ)?」


 とうとうハルおばさんまでも島なまりになって、おばあちゃんにつかみかかります。おばあちゃんは深くため息をついて、それから話し始めました。ひどいなまりだったので、和雄のお母さんがところどころ通訳してくれたのですが、おおよそこのようなお話だったのです。

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