前編
前編、中編、後編の三つのパートに分かれています。それぞれすべて本日中に投稿する予定です。
夏休みの子供たちにとっては、旅行というだけでも一大イベントとなるのですが、旅行先が南の島となれば、その喜びもまた格別なものとなります。特に和雄のおばあちゃんの家は、豊かな森の中にあり、もちろん南の島なので海水浴場も車ですぐのところにあります。つまり、山のレジャーも海のレジャーも、どちらも楽しみ放題なのです。それだけでもワクワクが最高潮になるのですが、和雄にとってはおばあちゃんの家自体が、すでに最高のレジャーを楽しめる場所だったのです。なぜなら……。
「うわっ、すげぇ広いなぁ!」
いとこの康弘が家の中を見回します。小学三年生で二つ年下の康弘を見て、和雄はお兄さん風を吹かせます。
「へへっ、そうだろ、ばあちゃんち、いくつ部屋があるか数えてみようぜ」
和雄がにやっと目を細めました。これには康弘も大はしゃぎです。畳の上でバタバタと足踏みしてコクコクします。
「和雄も康弘も、遊ぶのいいけど、荷物運ぶの手伝ってよ!」
玄関から甲高い声が聞こえてきました。康弘の姉で、和雄と同い年の文香です。和雄はうっと顔をしかめて、玄関を見やります。
「あんたたちのリュックもあるんだから、さっさと運びなよ!」
「ちぇっ、文香のやつ、うるせぇなあ」
気の強い文香は、和雄の天敵でした。康弘だけなら楽しいのですが、文香もいっしょとなると、なにかとこの夏は窮屈しそうでゆううつになってきます。でも、そんなゆううつな気持ちも、ハルおばさんの声で一気に吹き飛びました。
「荷物はあとでいいから、あんたたちみんな来なさいよ! おばあちゃんがスイカ切ってくれたわよ!」
「えっ、ホント? やったぁ!」
さっきまで偉そうにしていた文香が、弾んだ声で答えました。それと同時に、ドタドタと走っていく足音が聞こえます。
「あっ、やべえぞ、このままじゃ文香にうまいところ全部食われちまう! おい、ヤス、行くぞ!」
和雄に声をかけられて、康弘はあわててうなずきあとを追いました。台所では、すでに文香が両手でスイカを抱えて、かぶりついていました。去年会ったときは和雄と同じくらいの背丈だったのですが、今では文香のほうが背が高く、日焼けした顔がまぶしく輝いています。ポニーテールにした髪が軽くゆれ、思わず和雄もドキッとしてしまいます。
「なによ、そんなじーっと見て? いっとくけど、絶対あげないからね」
ぷいっと和雄に背を向けて、文香がシャクッとスイカをかじります。ポニーテールがバカにしているようにゆれたので、和雄は一瞬でもドキッとした自分をうらめしく思いました。
「ちぇっ、ずりぃぞ! 荷物運んでたんじゃないのかよ?」
「あんたたちが手伝わないからいけないんでしょ。いっとくけど、自分たちのぶんは自分たちで運びなさいよ」
にべもなくいう文香に、むぅっと口をとがらす和雄でしたが、ハルおばさんがアハハと笑いながらスイカを渡してくれました。
「ほらほら、早く食べちゃいなさい。姉さんもそろそろ来るだろうし」
ハルおばさんは、和雄の母親のアキの妹なのでした。おばあちゃんの家について早々、親せきの人にあいさつしに行ったのです。
「そうだ、荷物の中から水着だけ出しておいてね。あとで海に連れていってあげるから」
「おっしゃあ!」
スイカをほおばっていた和雄が小躍りして喜びます。文香がじろっと和雄をにらみつけました。
「あんた、あたしの着替えのぞこうとか思ってないでしょうね?」
「はぁ? 誰がお前なんかのぞいたりするもんか! お前こそおれたちとは離れて遊べよ。ヤス、おれたちで沖まで行ってみようぜ!」
「去年波打ち際でバシャバシャしてて、泳げないって泣いてたのはどこの誰かしらね?」
「うげっ、う、うるせぇぞ、文香!」
一気に顔が赤くなる和雄に、康弘が目をぱちぱちさせて聞きます。
「カズ兄ちゃん、泳げないの?」
「ち、違うぞ! 文香がでたらめいってるだけだ!」
「へぇ、それじゃああとで泳いで見せてよ。沖まで行くんでしょ?」
「それは……ヤス、貝殻探そうぜ! この島の海水浴場、すっげぇきれいな貝殻落ちてんだよ!」
あわてて話題を変える和雄を見て、ハルおばさんがおかしそうに笑いました。
「アハハ、まぁとにかく楽しんできな。さすがに沖まで泳ぐのはダメだけど、たっぷり泳いでくるといいよ。家の中じゃ退屈するでしょ?」
ハルおばさんの言葉に、和雄はブンブンッと首をふりました。
「全然! だっておばあちゃんち、すげぇいっぱい部屋があって、探検しがいがあるもん! 海から帰ってきたら、ヤスも探検しようぜ」
康弘が「やったぁ!」と大はしゃぎします。ハルおばさんもほほえみながら、ふと目を細めました。
「……そうだ、和雄君は知ってるだろうけど、かくれんぼだけはしちゃダメだからね」
ハルおばさんの言葉に、康弘が首をかしげました。
「なんでかくれんぼしちゃダメなの? 隠れるところたくさんあるし、楽しそうだよ」
「そういえば去年もそういわれたけど、どうしてか教えてくれなかったじゃん。お母さん、どうしてダメなのよ?」
文香もくりっとした目を輝かせて、興味深げにハルおばさんに聞きました。
「ダメなものはダメなの。とにかくかくれんぼしたりなんかしたら、おばあちゃんがすっごく怒るわよ。あんたたち知らないかもしれないけど、おばあちゃんは怒るととっても怖いんだから、気をつけなさい」
ハルおばさんにピシャリといわれて、文香はむぅっとくちびるをとがらせましたが、それ以上はなにもいいませんでした。
「まぁ、探検ごっこくらいはしていいけど、あんまりバタバタしちゃダメよ。おばあちゃんに怒られたくなければね」
ハルおばさんがつけくわえたので、康弘はまたしても「やったぁ!」と歓声を上げるのでした。