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座敷の恋  作者: 小畠由起子
1/3

前編

前編、中編、後編の三つのパートに分かれています。それぞれすべて本日中に投稿する予定です。

 夏休みの子供たちにとっては、旅行というだけでも一大イベントとなるのですが、旅行先が南の島となれば、その喜びもまた格別なものとなります。特に和雄(かずお)のおばあちゃんの家は、豊かな森の中にあり、もちろん南の島なので海水浴場も車ですぐのところにあります。つまり、山のレジャーも海のレジャーも、どちらも楽しみ放題なのです。それだけでもワクワクが最高潮になるのですが、和雄にとってはおばあちゃんの家自体が、すでに最高のレジャーを楽しめる場所だったのです。なぜなら……。


「うわっ、すげぇ広いなぁ!」


 いとこの康弘(やすひろ)が家の中を見回します。小学三年生で二つ年下の康弘を見て、和雄はお兄さん風を吹かせます。


「へへっ、そうだろ、ばあちゃんち、いくつ部屋があるか数えてみようぜ」


 和雄がにやっと目を細めました。これには康弘も大はしゃぎです。畳の上でバタバタと足踏みしてコクコクします。


「和雄も康弘も、遊ぶのいいけど、荷物運ぶの手伝ってよ!」


 玄関から甲高い声が聞こえてきました。康弘の姉で、和雄と同い年の文香(ふみか)です。和雄はうっと顔をしかめて、玄関を見やります。


「あんたたちのリュックもあるんだから、さっさと運びなよ!」

「ちぇっ、文香のやつ、うるせぇなあ」


 気の強い文香は、和雄の天敵でした。康弘だけなら楽しいのですが、文香もいっしょとなると、なにかとこの夏は窮屈しそうでゆううつになってきます。でも、そんなゆううつな気持ちも、ハルおばさんの声で一気に吹き飛びました。


「荷物はあとでいいから、あんたたちみんな来なさいよ! おばあちゃんがスイカ切ってくれたわよ!」

「えっ、ホント? やったぁ!」


 さっきまで偉そうにしていた文香が、弾んだ声で答えました。それと同時に、ドタドタと走っていく足音が聞こえます。


「あっ、やべえぞ、このままじゃ文香にうまいところ全部食われちまう! おい、ヤス、行くぞ!」


 和雄に声をかけられて、康弘はあわててうなずきあとを追いました。台所では、すでに文香が両手でスイカを抱えて、かぶりついていました。去年会ったときは和雄と同じくらいの背丈だったのですが、今では文香のほうが背が高く、日焼けした顔がまぶしく輝いています。ポニーテールにした髪が軽くゆれ、思わず和雄もドキッとしてしまいます。


「なによ、そんなじーっと見て? いっとくけど、絶対あげないからね」


 ぷいっと和雄に背を向けて、文香がシャクッとスイカをかじります。ポニーテールがバカにしているようにゆれたので、和雄は一瞬でもドキッとした自分をうらめしく思いました。


「ちぇっ、ずりぃぞ! 荷物運んでたんじゃないのかよ?」

「あんたたちが手伝わないからいけないんでしょ。いっとくけど、自分たちのぶんは自分たちで運びなさいよ」


 にべもなくいう文香に、むぅっと口をとがらす和雄でしたが、ハルおばさんがアハハと笑いながらスイカを渡してくれました。


「ほらほら、早く食べちゃいなさい。姉さんもそろそろ来るだろうし」


 ハルおばさんは、和雄の母親のアキの妹なのでした。おばあちゃんの家について早々、親せきの人にあいさつしに行ったのです。


「そうだ、荷物の中から水着だけ出しておいてね。あとで海に連れていってあげるから」

「おっしゃあ!」


 スイカをほおばっていた和雄が小躍りして喜びます。文香がじろっと和雄をにらみつけました。


「あんた、あたしの着替えのぞこうとか思ってないでしょうね?」

「はぁ? 誰がお前なんかのぞいたりするもんか! お前こそおれたちとは離れて遊べよ。ヤス、おれたちで沖まで行ってみようぜ!」

「去年波打ち際でバシャバシャしてて、泳げないって泣いてたのはどこの誰かしらね?」

「うげっ、う、うるせぇぞ、文香!」


 一気に顔が赤くなる和雄に、康弘が目をぱちぱちさせて聞きます。


「カズ兄ちゃん、泳げないの?」

「ち、違うぞ! 文香がでたらめいってるだけだ!」

「へぇ、それじゃああとで泳いで見せてよ。沖まで行くんでしょ?」

「それは……ヤス、貝殻探そうぜ! この島の海水浴場、すっげぇきれいな貝殻落ちてんだよ!」


 あわてて話題を変える和雄を見て、ハルおばさんがおかしそうに笑いました。


「アハハ、まぁとにかく楽しんできな。さすがに沖まで泳ぐのはダメだけど、たっぷり泳いでくるといいよ。家の中じゃ退屈するでしょ?」


 ハルおばさんの言葉に、和雄はブンブンッと首をふりました。


「全然! だっておばあちゃんち、すげぇいっぱい部屋があって、探検しがいがあるもん! 海から帰ってきたら、ヤスも探検しようぜ」


 康弘が「やったぁ!」と大はしゃぎします。ハルおばさんもほほえみながら、ふと目を細めました。


「……そうだ、和雄君は知ってるだろうけど、かくれんぼだけはしちゃダメだからね」


 ハルおばさんの言葉に、康弘が首をかしげました。


「なんでかくれんぼしちゃダメなの? 隠れるところたくさんあるし、楽しそうだよ」

「そういえば去年もそういわれたけど、どうしてか教えてくれなかったじゃん。お母さん、どうしてダメなのよ?」


 文香もくりっとした目を輝かせて、興味深げにハルおばさんに聞きました。


「ダメなものはダメなの。とにかくかくれんぼしたりなんかしたら、おばあちゃんがすっごく怒るわよ。あんたたち知らないかもしれないけど、おばあちゃんは怒るととっても怖いんだから、気をつけなさい」


 ハルおばさんにピシャリといわれて、文香はむぅっとくちびるをとがらせましたが、それ以上はなにもいいませんでした。


「まぁ、探検ごっこくらいはしていいけど、あんまりバタバタしちゃダメよ。おばあちゃんに怒られたくなければね」


 ハルおばさんがつけくわえたので、康弘はまたしても「やったぁ!」と歓声を上げるのでした。

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