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眷属化五人目、最後。
名をリンドブルムという。
リンドブルムはかつてブラキリア領に存在していた伯爵家の嫡子だった。
彼の父は非常に優秀かつ人格者で、領民からの人気も高く、宮廷では敏腕行政官として名を馳せていた。
彼の家は代々、ブラキリア領を支えていた。
古くはブラキリア領公爵領の前身であったブラキリア王国の建国時、初代国王ギンガルムに終生付き従った従僕を祖とするらしい。
由緒正しく誇り高き、ブラキリアの貴族だ。
リンドブルムは、彼の祖先らと同じくブラキリアに献身するため、日々精進していた。
何より、彼は父親を尊敬していた。
彼は父のように民に慕われ、仕事場で頼られ、家族を愛する、そんな人間になりたかったのだ。
しかし、その夢は潰える。
ある日、一瞬にして全てが終わった。
鬼のような形相のガンドルフ王子が、地面ごとブラキリア公爵をぶった切ったからだ。
それにより、ブラキリア領は事実上崩壊した。
崩壊後の混乱からくる心労が元で、彼の母は流行病で死んでしまった。
崩壊したブラキリアを少しでも纏め上げようと尽力していた彼の父は、当時台頭し始めていたマフィアの反感を買い、殺された。
こうして、瞬く間にリンドブルムは全てを失ったのだった。
そんな彼には、一つだけ残ったものがあった。
縋りついたものとも言える。
彼の父は「愛」という言葉を愛していた。愛という言葉が口癖だった。
家族には愛をもって語らい、仕事には愛をもって向き合い、民には愛をもって接した。
愛、溢れる人だった。
だからリンドブルムは愛した。
父が愛したこの地を。
父が愛した民を。
そして、父か愛した自分を。
家族はもうなく、かつて与えられた愛だけが、彼に残されたのだった。
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衝撃だった。
愛と言いながらも、憎しみと虚無に彩られた私の日常。
それをぶち壊す、衝撃だった。
父が殺されてから、私はブラキリア領を少しでも守れるように動いた。
父がそうしたであろう事を精一杯やった。
ただ、父のように殺されぬよう、身の振り方には気をつけた。
私がいなくなれば、この地を真に愛するものなどいなくなる。
この地に元からいた貴族は、最早私お置いて他にない。
この地を心の底から愛し、守りたいと願うものは、もう私しかいないのだ。
私がやらねば。
私が愛してやらねば。
愛。
愛か。
本当は……
本当は今すぐにでも、全てを捨てて、なりふり構わず、マフィア共を皆殺しにしてやりたい。
だが、今はまだ死ねない。父の愛を見捨てるわけにはいかない。
ああ。
ジレンマだ。
毎日毎日、気が、狂いそうだ。
だが。
突然、その日は来た。
私の前に降り立ったのは、骸骨の鬼。
その鬼が、私が憎む全てを、消し去ってくれた。
気持ちいいくらいに、全てをぶっ壊してくれた。
衝撃だった。痛快だった。
滅び行く屑どもを見て、恐ろしく心が浄化されていくのがわかる。
ああ、私はこんなにも、こいつらを恨んでいたのだな。
ふふ、何が愛だ。私の中にあったのは憎悪だけ。
汚い、真っ黒だ。
ああ、愛、愛よ、澄み切った殺意よ。
愛はここにいたのだ。
私の愛は、ここにあったのだ。
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生来の育ちの良さがあってか、品がいい。
その立ち振る舞いは貴公子然としており、彼の芸術品のような顔も相まって、非常に目を惹く。
彼は自らを良く理解しており、その美しさをうまく使う。
輝くような美貌、巧みな話術、洗練された優しい物腰。
それらは男女も貴賎も問わず、人を惹きつける。
そう、彼は社交による諜報活動を得意としている、言わばツェルとは真逆の諜報員なのだ。
ツェルが裏とするなら、リンドブルムは表と言えよう。
諜報の他、外交官や貴賓への対応員など、その有用性は計り知れない。
そして、日夜マフィアへの復讐を悲願し鍛錬していただけあって、相当強い。
実に使える男である。
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「あーーーーーっ、ようやく終わった!! こんなしんどいこともう二度とやらんぞ!!」
「お疲れ様でございます、私の愛」
俺は五体を投げ出して、寝転がる。
いやまさか、こんなに疲れるとは思わなかったな。
すごく精神的にしんどかった。
ホントにもう二度とやらない。しんどい。
「はぁ」
しばらく休んでたいがそうもいかない。
この眷属化のせいで、重大な問題が発生してしまったからだ。
「リンド」
「私の愛、いかがされましたか?」
「全員、招集してきて」
「かしこまりました、直ぐに」
まず、全員集めて方針を決めようと思う。
そして、この大問題を皆んなでなんとかしなくては……
くそ、どうしてこんなことに。