3-7
「何をやっているのですっ!!」
俺が最愛のシスターの頭を撫でようとした瞬間。
鬼の形相の継母が、俺からミリアを奪いとった。
何しやがるこのババア、テメェの眼球引っこ抜いて俺の異形とお揃いにしてやろうか。
と、一瞬激昂したものの、次の瞬間には冷静さを取り戻す。
そうだ、俺は己が命を守るため無能に徹していたのだった。
なれば、次のセリフはこうだ。
「あーーーーっ! 何すんだよぅ、せっかく仲良くしてたのにぃ。もぉぉっ。……てか、ぶっ殺すぞこのクソアマぁっ!!」
いかん、後半若干地がでた。冷静になれ、冷静になるんだ俺。
………
……
…
よし、落ち着いた。あんなにも心乱されるとは、妹とはかくも恐ろしき存在なれば。
俺は、ミリアを遠ざけながら俺を罵る継母を無視しつつ、周りの反応を軽く探った。
大半の人間はやはり俺を見て蔑んでいる。実母実兄に至っては「もう関わりたくない」とばかりに、立ち去ろうとしていた。
だが、そんな中で異質の目をしたものが二人いた。
一人はマイシスター。
ミリアは継母に抱えられながらも、俺を見てニヤっとしている。俺と目があって、ふんっ、てしている。
そしてもう一人は…………
俺は、そいつと目があった次の瞬間、その場から全力で逃げ出した。
ーーーー
「…………っはぁ、ここまでくれば大丈夫か?」
俺は玉座の間から全力で逃げ出し、王城の外れの方まで逃げてきた。
この辺りは人が誰も来ないし隠れる場所も多いので、一時避難には最適だ。
本当は緑簾宮まで逃げれれば良いのだが、いかんせんあそこは玉座の間から遠い。超大国の王城であるエルドリア城の大きさは尋常ではないのだ。
「まったく……」
今思い出しても鳥肌が立つ。
あれは完全に人を殺すめだった。
「あいつ、絶対にイカれてやがるぜ」
俺がそう口にした時……
「誰が、なんだって?」
俺の肩を、小さな手が叩いた。
「く、くうかッ」
その瞬間に景色が切り替わる。
ーーーー
まずい。
まずいマズイ不味い。
空間転移だ。まさか五歳ですでに使えるとは、流石に想定外だ。
くそ、ツイてないにも程があるだろう。どうしてこうなった。
「イグニス・ベルフレア……」
「なんだ、さっきまでとは随分表情が違うじゃないか、愚図よ」
俺の目の前に、六枚羽の熾天使がいた。
完全に俺を殺す目で。
「……どうして俺を殺そうとする」
一応俺は王子だ。無闇に殺すことは許可されていない。
だがこの状況は不味い。俺は目撃者がいない場所から、誰も人がいないような森の中に連れてこられた。
つまりここで死ねば行方不明と変わらない。俺には味方もいないから、捜索も追求もされない。
そしてこいつは天使だ。熾天使だ。
神格の高い異形持ちは、何をおいても尊ばれる存在。
つまり、仮にコイツが俺を殺したことが発覚しても、大したお咎めにはならんのだ。
つまり。
「へぇ、俺がお前を殺そうとしていると理解しているのだな。どうやら見た目程に愚図ではないようだ」
結構、積んでいる。
「ふむ、冥土の土産に教えてやろう」
「ぐあっぇ!?」
右足をスネから切り落とされた。
「お前が触れようとした青銀の姫がいたであろう?」
「ぎゃ!?」
左足を付け根から切られる。
「いいか、あれは我のだ」
「ぐぎぃぃ」
両の腕が肩から落ちる。
「我を差し置いて、何を笑い掛けられている。不遜だぞ」
「が、ぁ」
胴が上下に分かれた。
「生意気だ。愚図が」
「かひゅ……」
そして、首が、泣き別れた。
ーーーー
だが。
俺は頭部だけでまだ生きていた。
あいつがいなくなった事を確認して、死んだふりをやめる。
俺が死んだ後もなんだかぐちぐち言っていたが、要約すると「ミリアたんと結婚するのは僕だいっ!」って事だった。ふざけんな。
「にどもしんで、たまるかよ」
死ぬのは嫌だと、遠い記憶の自分が叫ぶ。あれは前世の……
とにかく今は生き残るのが先だ。
ちなみに、なんで俺がまだ生きているのかといえば、それはひとえに異形が体に馴染んでいるからである。
異形が完全に馴染むと、人間形態の方にも影響がでる。端的に行って、異形形態に性質が寄る。
つまり、今の俺の状態は骸骨がバラバラになっているのと対して変わらないという事だ。
骸骨キャラがバラバラになるのは一種の様式美ですらある。つまりは問題無いという事だ。
とは言え、やはり人間形態では骸骨状態より遥かにダメージがある。
早くなんとかしなくては。
俺は異形化した。
頭部が髑髏へと変ずる。それに付随して飛び散った四肢もまた骨へと変わった。
良かった、お得意の炎を使われなくて。燃やされてたら即死だった。
まぁ森だからな。火は控えたのだろう。燃えたら色々と目立つしな。
さて、ここからどうしようか。
とりあえず継続ダメージは止まったが、ここからなんとかなるものなのか?
とは、いうものの、実はなんとかなる気がしていた。
さっき、死をリアルに感じた瞬間、前世が少しだけ見えた。
本当に一瞬で、なんだかよくわからなかったが、なんだかとても重大な事だったような気がする。
俺は前世の記憶はちゃんと持っている筈なのだが……
何か忘れていることが、ある?
まぁ、それは今はいい。
とにかく、前世を少し覗いた瞬間に、何かが解放された気がしたのだ。
その解放された何かが言っている。
この体は「作り変えることができる」と。