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第3話 プロローグ3

「そういえば、マスターの名前はなんていうのですか?」


 オリンピアの右足を分解しながら内部の筋肉構造を確認していると、彼女がそう聞いてくる。


「名前? そんなの忘れちゃったよ。なくても問題なかったし」


 というのは嘘だ。俺は今でも昔の名前をはっきりと覚えているが、いい思い出もないし名前なんかに愛着もない。適当に誤魔化したのだ。


「じゃあ、ベルというのはどうでしょうか」


 そして、オリンピアが今偶々思いついた風に言ったその名前は、かつての俺の名前そのものだった。


(……なんだって?)

(なんでオリンピアが7000年前の俺の名前を知ってるんだ? ずっと一緒にいるノートですら知らないんだぞ? もしかして、俺の肋骨から作ったことが関係しているのだろうか。記憶が受け継がれたりとか)


「なんで、その名前を?」


「え? なんとなく、マスターを見て思いつきました。気に入りませんでしたか……?」


「まあ、それでいいよ」


(まあいいや。名前なんてどうだっていい)


 オリンピアの体の調整が終わり、肌を跡もなく綺麗に縫合した俺は、そのまま彼女にぶった斬られたマイ義腕達の修理を始めた。


 オリンピアはしばらくその様子を眺め、俺に聞いてくる。


「マスターは、これからどうするのですか?」


「どうするって? とりあえずこの義腕を直してまた人形を作るよ」


「その後はどうするのですか?」


「その後はまた人形を作るよ」


「……ずっと、独りで人形を作り続けるおつもりですか?」


「あぁ、それが俺のやりたいことだからな。俺はこれまでもずっと人形を作ってきたし、これからもずっと人形を作り続ける。それに別に独りじゃない。ノートもいるし今はオリンピアだっている。他にも俺が作った人形はいっぱいいるよ」


「……でもそれは、所詮人形です、私も含めて」


「所詮ってなんだよ。人形ほど美しく価値があるものはないだろ」


 オリンピアが今までになく真剣な面持ちをして言う。


「マスター、私と一緒に、外の世界を旅しましょう。いろんな国を巡って、いろんな景色を見て、いろんな人と触れ合って……きっと、楽しいです」


「は? 嫌だよ。面倒くさい。外の世界なんて興味ないし、俺はここで人形を作っていたいんだ」


「それはいけません。マスターは人間です。こんなところに一人で閉じこもっていてはダメです。かつて、私も外に出してくれたじゃないですか」


「違う。それはただお前たちを捨てただけだ。心を持った人形を作ろうとしたが、あの時は上手くいかなかったと思ったし、もし上手くいっていても、心を持った人形に嫌われるのが怖かったんだ。それでも壊すこともできず、お前達を捨てたんだ。別に良かれと思って外に出した訳じゃない」


「……そうですか。経緯はどうあれ、外の世界を見て私は成長しました。辛いこともありましたが、後悔はしていません。マスターも、外の世界をもっと知るべきです」


「うるさい。それ以上言うな」


「ですがっ!」


「何度もしつこいな。これは『命令』だ! それ以上俺に外に出ろと言うな!」


 俺の作った人形は俺には逆らえない。心があろうとなかろうと、俺の人形である以上、俺の『命令』には逆らえないようにできている。もしその『命令』に逆らうならば、人形には激しい苦痛とその果てに自壊が待っている。これは俺がそう作ったのではなく、人形とはその仕組み上、そうならざるを得ないのだ。その痛みは人間ならば全身の痛点を全てすり潰すような感覚で、一瞬でおしっこを漏らして気絶するような壮絶な痛みになるだろう。


「……くっ!」


 オリンピアはその痛みを堪えて顔を歪める。そして膝から崩れ落ちて床にうずくまった。


「……マスター、どうか、どうか外に」


(なんだ? 『命令』が効いていないのか? いや、そんなことはない。現にこんなに痛がっている)


 土下座するようにうずくまるオリンピアの髪がぼろぼろと抜け始める。


「お願い、です」


(なんで俺に外に出るよう言うことをやめないんだ? それが、そんなに大事なことなのか?)


「おい、オリンピア、やめろ」


「……マスター、外に……」


 オリンピアの右腕が崩れ落ちる。俺は咄嗟にオリンピアに近寄る。オリンピアが俺を残る片腕で抱きしめる。


「マスター、私と一緒じゃなくても構いません。どうか、外に」


「まだ言うか! これ以上やると本当に死ぬぞ! くそっ! さっきの『命令』はなしだ! 取り消す! 取り消すから死ぬな!」


 オリンピアの眼球は目からこぼれ落ち、床をころころと転がった。彼女の体から力が抜け、俺にぐったりともたれかかる。


(このバカ野郎! なんでそんな命をかけてまで頑なに俺に外に出るように言うんだよ!)

(俺に対する嫌がらせか? 心を持った人形なら俺に害をなそうとすることもできるだろう。だが、オリンピアのあの様子はそうは見えなかった)


「ノート! 緊急修復だ! 手伝え!」


 オリンピアはかろうじて死んではいなかった。俺はその場ですぐにオリンピアを直した。髪も直したし、腕だって元通りにした。しかし彼女は目を覚まさなかった。


 見た目だけは完全に元通りになったが、彼女は機能を停止したままだった。オリンピアに使った俺の肋骨が破損してしまっていて、彼女を起動することができなかったのだ。だがまだ死んではいない。だから別の肋骨を使ってオリンピアを起動すれば、記憶もそのままで復活するはずだ。


「ノート、俺の肋骨に余りはないよな」


「ないですね。マスターの肋骨は24本全て使いました。ナンバー7671から7694までの24体に一つずつです。この中から、誰かを殺して肋骨を抜き取るか、すでに何らかの理由で死んだ人形の肋骨を回収するしかないでしょう」


「そうか」


(俺がせっかく作った人形を殺したくはない)

(少しずつ肋骨の欠片を集めれば、この壊れた肋骨も修復できるだろう)


 俺は深くため息をついて、続けてノートに喋りかける。


「ノート、旅に出るぞ。他の人形から少しずつ肋骨を分けてもらって、オリンピアの肋骨を修復する。オリンピアを何が何でも叩き起こして、なんでこんな馬鹿なことをしたのか問い詰めねばならん」


「はい」


 そうして俺はかつて自分の作った人形を探す旅に出ることにした。オリンピアにあそこまで強く外に出るよう言われたからということもある。昔捨てた他の人形達が今どうなっているのか急に気になってきたということもある。外の世界で魔術がどう進化しているのか気になったということもある。


 いずれにせよ俺は7000年引きこもり続けたラボから出て、外の世界へと足を踏み出すのだった。

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