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短編・童話集

美貌――友人の恋した少女――

 大学生の頃、美貌の友人がいた。


 顔の美醜というものは判定が難しいもので、ましてや相手が同性ともなると案外どうでもよく思えるものだけれども、彼については特別だった。

 はじめて会ったときから、その整った顔立ちに圧倒された。

 この男には敵わないな、とそんな気さえ起こさせる顔だった。


 矛盾するようだけれど、彼の顔にはおよそ特徴といったものが存在しなかった。

 あるのはただ調和だけ。どのパーツが異なってもその完全さは崩れてしまう。

 しかし唯一無二の組み合わせであるからこそ、彼の顔は損なわれない美を宿している。


 男のぼくでさえそんな風な感想を覚えるのだ。

 女性も同様かあるいはそれ以上で、彼はとてもモテた。

 けれど彼はほとんど、そんな女性たちを気にかけなかった。

 それどころか、ぼくなら諸手をあげて飛びつくような美人に対して異常に手厳しいことさえあった。


 その一方で、ぼくなら何の感情も覚えないような人に対して、心惹かれることがあるようだった。

 その美貌とは何ら関係なく、彼の表情には心が表れやすい。

 普段ならまず女性を相手にしない彼が、丸々と太った中年女性に思慕の目を向ける。

 普段、美人に対してそっけない断りの文句を告げている彼を知っている身からすると、不思議なことだった。


 彼には長い間恋人がいなかった。引く手数多なのだから、いないというより作っていなかった。

 その彼が本気で人を好きになったのは、ぼくと友人になってから、しばらく経った後のことだった。


 一緒に酒を飲んでいるときに話を聞いて、ぼくは笑ってしまった。

 好きな子が出来た、と切り出すからぼくは非常な好奇心でもって聞いた。

 どんな美人さえ断るこいつが好きになるのはどんな人なのだろう。


「実は……まだ、小学生なんだ」

 恥ずかしそうに彼が言った。は? とぼくは聞き返した。

「おまえ、ロリコンだったのか」

「違う。そういうわけじゃない。……だけどな、真剣なんだ。そうして困ってしまった。まさか本当に、俺に好きな人が現れるとはさ」

「いままで一人もいなかったのか? そんなわけないだろう」

「いなかった。本当さ。……というより、俺、恋愛に向いてないみたいなんだよ」


 ぼくは首をかしげて彼を見た。その顔で何を言う。そんな風に考えていた。

「お前にはさ、女の顔ってどう見えてる? たぶん、いや、まず間違いなく俺とは見え方が違うんだよ。俺と同じ様な見え方をするやつ、聞いたことないしさ」

「ちょっと待て。なんの話だ?」

「顔の話さ。俺にとって、お前はお前の顔に見える。いまのお前だ。それだけだ。だけど、女は少しばかり違うんだな。女の顔は、いまの女の顔だけじゃない。今までどんな顔で、これからどんな顔になっていくのか、俺には見える。なぜか見えるんだ。見えてしまうんだよ……」


 それが彼の完全なる美貌に由来するものか、ぼくにはよくわからない。

 けれどなんだか関係があるような気もする。ないような気もする。

 その酒の席で彼がいうには、昔から彼はそれが見えたらしい。

 いわば女の一生分の顔が、相対した相手の、現実の顔の向こうに浮かんでくるらしい。

 イメージに近い、だけど避けがたい感覚だった。


「それでさ、いまどんな美人だってさ、昔はなんてことなかったりするわけだ。ま、でも、昔はいい。未来の方は、うんざりするぜ。いまがすばらしく美人でも、三十過ぎにどうしようもなくなるのなんて見てしまうとさ。悲しくさえなってくる」

 女は決して顔だけじゃないのはわかってる、と前置きをしてから、彼は続けてこう言った。

「だけどこっちは、すり寄ってくる女が醜い老婆になるのを知ってるんだぜ。恋愛なんて、しようがないじゃないか」


「……その話が本当かどうかは知らないが、言ってる意味はわかった。女の未来の顔と過去の顔が見える。そういうことだな」

 彼は真剣な顔でうなずいて、それから苦笑した。

「嘘みたいな話だけど、そのとおりだ」

「だったらさ、今度おまえが好きになった、小学生はどうなんだ。その子は……」

 ぼくが言葉を続ける前に、彼が声を重ねた。

「その子はさ、いまだって可愛いし、これからずっと美人になるし、何歳で死ぬのか知らないけどさ、ばあさんになったってチャーミングなんだぜ」

 

 その子は彼の家の隣に引っ越してきた家族のこどもで、彼はしばらく仲良くなろうと作戦を練っていた。

 確か、卒業する前までには、彼女の両親とも知り合い、時折めんどうを見たりする仲になっていたはずだ。そんな話を、嬉しそうに語る彼の口から聞いていた。

 そうして大学を卒業した後は、美貌の友人とはすっかり疎遠になっていた。


 あれから八年が経った。

 久しぶりに来た彼からの連絡は、結婚をしたという写真入りのはがきだった。

 そのはがきにはこう書いてあった。

「久しぶり。式に呼ばなくて悪かったな。お前に話したこと、すっかり忘れてたんだ。この間、ふと思い出してさ。少し遅れたが、お前にも送っておくことにする。お前、覚えているかい? 俺の隣にいるのが、あのとき話をした子さ」

 写真の中で幸せそうな笑顔を浮かべている彼の美貌は、大学生の頃と何も変わらない。


 そしてその隣には彼の妻がいた。

 女の未来と過去の顔、すべてを見通す美貌の友人。そのお眼鏡にかなった女性の顔がどのようなものだったのかというと、……。

 いや、やめておこう。


 その女性の顔がどんなものだったのかは、君らの想像にお任せだ。

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