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100日後に死ぬ僕  作者: 変愚の人
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7日目

また一つ寂れたな。


私は駅を出るなり、そう思った。


K市に来るのは10年ぶりだ。祖父が死んだ時の葬式以来、訪れていない。

その時も寂しい街になったなと思ったが、そこからさらに人の数が減っている。時間帯のせいもあるのだろうが、これは多分気のせいではない。


リュックを背負い直し、タクシー乗り場に向かう。うとうとしている運転手に気付き、軽く窓を叩いた。


「あい」


「読日新聞社K支局まで」


短く伝えると、バタンとドアが閉まる。ゆるりとタクシーが動き始めた。


車窓から見える建物には、見るからに空きが目立っていた。ちらりと見えた商店街も、シャッターが閉まった店舗が多かったようだ。

かつて日本の重工業を担っていたK市の人口は、とうに100万人の大台を割り込んだ。今は確か、90万人強ぐらいだったか。


桜が咲く市役所広場を通り抜けた先、小さな4階建てのビルの前でタクシーは停まった。


「これで」


クレジットカードを差し出すと、運転手が首をひねっている。


「うち、クレジットカード使えんけん」


「……は?」


「現金だけなんよ」


舌打ちしたくなる衝動を耐え、私は1000円札2枚を乱暴に置いた。


エレベーターホールは薄暗く、受付もない。まあ、2人支局ならこんなものか。


4階に上がり、チャイムを押す。……出てこない。

もう一度押す。……30秒ぐらいして、無精髭の眼鏡の中年男がぬっと顔を出した。……何か酒臭い。


「おお、今日だったか」


「来月からお世話になります。谷川です。こちらは土産になります」


リュックから東京土産の洋菓子を渡すと、男のニヤニヤが深くなった。


「そうかそうか、ありがとよ。大地は警察の記者クラブだから、戻るのは遅せえよ」


「いえいえ、すみません。今日は家捜しだけなので」


中年男……深沢支局長が口を尖らせた。


「随分遅せえな。それでいいのか?」


「東京での案件が片付かなくて。しばらくはウィークリーマンション暮らしです」


「ああ、例の連続失踪事件か。警視庁クラブのサブキャップだったな、お前」


「……ええ。途中で放り投げるのは無念ですが」


「まあ人事には逆らえねえからな。戦場で疲れた頭と身体を休めるには、ここは悪くねえよ」


どかっと深沢支局長はソファーに座った。ストロングゼロの缶が一本置いてある。つまみはない。


「昼からいいんですか?それに、ここって」


「ああ、宮東会の話だろ?ありゃ西部支社マターだ。支局の手には負えねえ。大地も割り切って雑務処理やってるよ。

宮東会を抜きにしたら、ここは平和なもんだ。退屈とも言うがな」


グビッと深沢支局長は缶を煽る。元は官邸キャップとしてならした人だったらしいが、デスクを殴り倒して飛ばされたとのもっぱらの噂だ。

……まあ、私も大差はない、か。2ヶ月前、私はあまりに酷い取材をしていた他社のキャップに手を出した。その結果が、これだ。


私はふう、と溜め息をついた。


「まあ、住めば都だ。多くを望まないならな。『谷川は真面目過ぎる』って北さんが言ってたからな、少しクールダウンしてけや」


ニヤリと笑うと、深沢支局長は冷蔵庫からチューハイの缶を取り出した。私は首を振る。


「これから不動産屋に行かねばなりませんので。週末、また来る予定です」


「んだよ、ノリが悪ぃな。……お前、独身だったか」


「ええ、生憎こんな性格なので」


「せっかくだからここで嫁見付けるのもいいぜ?まあ、福岡の方が若い娘は多いが。

所帯持てば、その四面四角の頭もちっとは柔らかくなるだろうしな」


「……そうですか」


私は席を立った。この支局長と、少なくとも2年一緒にいるのか……全く話が合いそうもない。


「おいおい、もう行くのかよ」


「今日は簡単なご挨拶までです。失礼します」


フーッ、という酒息を後ろに、私は支局のドアを閉めた。


#


家は幾つかめぼしい物件を見つけた。土日を使って回り、早めに引っ越すつもりだ。

それにしても活気がない。よく言えば静かなのだが、どうにも枯れた匂いがする。


ホテルに着くなり、ベッドに身体を投げ出す。そして、スマホのメールを読んだ。その大半は仕事関係だが、一通だけ名前だけの差出人がいる。


「戸倉勇人」


彼からは土曜日よろしくお願いしますと丁寧な文面が返ってきていた。小学生の彼しか知らないが、随分立派になったものだ。

勇人は、来年受験か。恐らく、この街を出たいと思っているのだろうな。若く真面目そうな彼に、この街は耐え難いだろう。


ぼんやりと窓の外を見る。外はすっかり暗くなり、立ち飲みの居酒屋……「角打ち」というらしい……が暖簾を掲げていた。

客層は、決して良くはなさそうだった。これでも数年前よりはマシになったらしい。

街を仕切っていた宮東会の組長が撃たれ、勢力が大きく落ちたからだと聞いている。武闘派で鳴らした宮東会組長暗殺事件は、東京でもちょっとした話題になったものだった。


ぐう、と腹の音が鳴る。そろそろ飯時か。


ホテルを出て、さっき見た角打ちに向かう。そこそこは繁盛しているようだ。


「ビールに枝豆。それともつ煮込みに……」


「やめて下さいっ!!」


ふと横を見ると、若い女性にチンピラが絡んでいる。ナンパされたのか、女性は酷く嫌がっているようだった。

ポニーテールのスーツ姿は、明らかにここでは浮いている。どういうわけでここにいるのか、少し興味が湧いた。


警察を呼びますよ、と言おうと思ったが……喧嘩はあの件でもう懲りた。


そうなると、こんな辺りか。


「失礼、この子は私の連れだ」


「んだとぉ!?」


女性が私の後ろに隠れた。


「はいっ!そうなんですっ」


「って別々に入って来たと?嘘付くんじゃなかとね!?」


「待ち合わせだ。だからここを……」



ゲシッッ!!!



「痛っっ!!?」


「舐めとんじゃなか!帰るたい」


したたかに脛を蹴られ、私は踞った。それにしても、店も客も誰も止めないのか……


「大丈夫ですか?」


「いや、いい。君こそ大丈夫か」


「はっ、はい!本当にありがとうございます!!こっちに来て、今日が初日で……」


「君も転勤族か」


「はい!えっと、これが……名刺ですっ」


そこには、「NTV K支社記者 宮崎芙美」とあった。……同業者だったか。

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