5日目
部活が終わって、僕はO尾駅に向かった。6歳上の辰夫兄ちゃんと会うのは……3年ぶりか。
中学2年の時、兄ちゃんは家を出ていった。その後は年に1、2回ぐらいLINEかメールがあるくらいで、内容も車の写真やらどうでもいいものだった。
僕にとって、兄ちゃんはとても難しい存在だ。決して悪い人じゃない。そこそこ優しいし、面倒見もいい。
ただ、とにかく頼まれたら断れない人だった。その頼みがいいものだろうと、悪いことだろうと受けてしまう。
そんな兄ちゃんは、悪い連中にとってはとても都合のいい人間だった。藤木先輩もそうだけど、パシリみたいに兄ちゃんを扱っていた。
そして……兄ちゃんはそれに逆らわなかった。殴られても、蹴られてもヘラヘラ笑っているだけだった。
一度、何で逆らわないのかと聞いたことがある。その時、兄ちゃんは哀しさと寂しさが入り雑じった笑顔で言ったんだ。
『だって、怒っても無駄やし。それに、俺の周りから人がいなくなるの、嫌やから』
僕はあまりの兄ちゃんの不甲斐なさにキレたのを覚えている。「嫌なら嫌って言え!」って。
でも、兄ちゃんは変わらなかった。そして、3年前の……ちょうどこんな暖かな日に、家を去ったのだった。
そして、僕に残ったのは……消えた兄ちゃんの行方を追う、悪い連中だけだった。
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そんな兄ちゃんと僕は久々に会う。一体、この3年間どんな暮らしをしてきたのだろう。そして僕と会う理由って何なのだろう。
聞きたいことは、山ほどある。ただ、何から訊けばいいのかまでは分からない。
まとまらない想いを抱えながら、僕は約束の喫茶店の前に立っていた。まるで時が止まったかのような、ボロボロの純喫茶だ。
カランカランと乾いた音が鳴る。奥から、ボサボサ頭の金髪の男性が手を挙げた。
「おう、勇人。元気か」
「兄ちゃん!……元気そうやね」
「ん、そっちこそ。まあしばらく会えんからな、安心したわ」
「……え?」
兄ちゃんはキョロキョロと落ち着かない様子で辺りを見る。
「店の周り、変なのおらんかったか?」
「え……お、おらんけど」
「そか。……まあ単刀直入に言うわ。俺の居場所、バレそうなん」
「バレるって……藤木先輩とか?」
シーッと、慌てた様子で兄ちゃんが口に人差し指を当てた。店には僕ら以外誰もいないのに。
「そんなんやない。まあ、藤木もせやけど……もっとヤバい奴らや。だから、これから高飛びするん」
「高飛び?」
よく見ると、兄ちゃんの席の横には大きな鞄があった。……本当に、これから逃げるつもりなんだ。
「何で逃げなきゃいけないん?そもそもどこに逃げるん!!?」
「身内でも言えないことはあると。一つ言えるのは、兄ちゃんは3年前にある人を売った。後悔はないけど、それで兄ちゃんは筑豊に逃げたん。マジで命狙われとったから。
で、ある人に匿ってもらっとったけど、その人が割と最近亡くなって……それでな」
……そんな。そこまで深刻だったのか。
「板金工してたんじゃなかと?」
「それ嘘や。身内も騙すためにな。で、その人の紹介でこれから中部地方に行くん」
「……中部?ここからどれぐらいかかると……」
「O尾からなら下関までは鈍行で行ける。青春18きっぷ使って、鈍行乗り継げば1日かければ行けるやろ」
兄ちゃんはそっとコーヒーを飲んだ。
「でもっ!!巴姉ちゃん、結婚するんやで!?何も言わずに消えるん?」
「……巴、結婚するんか。まあ、あいつなら……大丈夫やろ」
少し寂しそうに兄ちゃんは笑うと、スマホを取り出した。
「お、もうこんな時間か。そろそろ出た方がええな」
「ちょ、ちょっと!?用件って、まさかそれだけなん?」
「おう。……何か、お前には伝えた方がいい気がしてな。あ、もちろん今日会ったのは父さんや母さんには内緒やで。
んじゃ、また会うこともあるやろ。じゃあな」
そう言うと、兄ちゃんは乱暴に1000円札を置いて、小走りに去ってしまった。




