七美さんと妖怪退治
七美さんが私の十メートル前を歩いている。
同じ制服、同じ中学校、同じ学年。でも、クラスが違う。彼女は一組、私は三組。
そして名字も知らない。たまたま教室から出て廊下で名前を呼ばれているのを聞いたことがあるだけだ。
こんな綺麗な子もいるんだと、そのときの印象を思い出していた。
別に後をつけているわけではなく、帰り道が同じだけ。彼女も私と同じ帰宅部だと初めて知った。
流れるような肩まで伸ばした綺麗な黒髪の背中を見つめつつ、ひっそりと歩く。
偶然にしても同じ時間で帰る方向が同じだとは思わなかった。どうか気がつきませんようにと、ゆっくりと進む。
だって、相手のことをあまり知らないし、振り向かれたら気まずい。
しばらく行ったところで、道路の側溝の上をトコトコと歩く猫に気がついた。
私を追い越して角を曲がる。
短い出来事だったけど、私の目には強烈な印象として猫が焼き付いてしまった。
猫は普通の大きさだけど、模様が変。白い毛に黒い直線がいくつも交わったような幾何学模様をしていたのだ。どう考えても普通じゃない。
好奇心に駆られた私は、七美さんの後をついていくのを止めて猫の後を追って角を曲がった。
そこには例の猫が先ほどと同じように側溝を進んでいる。
私は猫に気がつかれないように、見失わない程度に離れて追っていった。
住宅街を抜けた猫は迷うことなく四つの足を先へ進めいている。
すでに一キロ以上は歩いただろうか。家猫の行動範囲が百五十メートルほどと聞いた事があるが、それ以上だ。
日差しは早くも色づき始めている。そろそろ追うのをやめようかなと考えていると、猫は鳥居をくぐると階段を上り始めた。
そこはちょっとした高台にある神社だ。私も祭りで来た事がある。
百段はある階段を上がって境内へと続く道に出た。再び現れた鳥居のその先には拝殿と本殿があるこじんまりとした神社だ。
はぁはぁと息を切らして猫を追う。急な階段は普段、運動をしていない私には辛い。
そんな私の苦労を知らない猫は、疲れを見せずに本殿の裏手にある林に向かって行った。
やっと目的に近づいたと直感した私は、誰も居ない神社の境内を通り、林の中へと入っていく。
音を立てないようにそっと足を運ぶ、だけどもパリパリと葉が踏みつぶされる。これでは丸聞こえかも知れない。
それでも静かにしながら進むと林の中に開けた場所を見つけた。
木の間から見ると幾何学模様をした猫はちょとした空間に腰を降ろしていた。
何をしているかと様子を伺っていると、どこからか声が聞こえた。
『ム……』
とても低いガサガサな声。なんだろう? 不思議な感じだ。
『ム、む、ム、ム……』
連続して聞こえ、思わず喉を鳴らす。とてもじゃないが、猫が出せる鳴き声じゃない。
『ム、ム、ム、む、ム、ム、む、ム、む、ム、ム、ム、ム──』
段々怖くなってきて、後ずさる。例の猫は腰を据えたまま動いていない。
『む、ム、ム、ム、む、ム、ム、ム、ム、ム、む、む、ム、ム、ム、ム、ム、ム、ム、む、ム──』
まるでセミのように鳴き始めた。とても低い声で気持ちが悪い。
えもいわれぬ恐怖に駆られた私は逃げようと振り返った。
──目の前に幾何学模様をした猫がいた。
何かの見間違いじゃないかと元の場所を見るとやはり同じ猫がいる。
二匹もいたんだ……私の驚きを余所に目の前の猫の口から低い声が漏れ出ている。
『ム、ム、ム、む、ム、ム、む──』
あまりの怖さに足が震えすくんでしまう。カバンを両手で抱きしめて身を縮める。
すると猫が低い声を出しながら、身にまとっている幾何学模様が動き始めた。
白い毛を泳ぐようにウネウネと黒い線が動き続け──体から離れた。
ピンと張った黒い線がするすると上へと伸びていく。すると猫の体にある模様がなくなっていく。
黒い線は完全に離れる事無く、猫と一本の線がつながっている。長い長い黒い線は空中をうねっていた。今や猫はすっかり白い色になっている。
「ひっ……」
短い悲鳴を漏らしてしまう。喉がカラカラでうまく声が出ない。
うねっていた黒い線が私を見つけたようで黒く細い先端を向けてくる。
逃げなきゃいけないのはわかっているけど、足が動かない。迫る黒い線に怖くなってギュッと目をつむる。
バサッ──『ギャァアアアア!』
何か切り裂く音と悲鳴がして、私の体がフワリと誰かに抱えられる。
すると甘い匂いが鼻をくすぐる。一体何が起きているのかわからず、必死に目をつむった。
「大丈夫? 睦月さん」
声をかけられハッと目を開く。
私の目と鼻の先に七美さんの顔がある。初めて間近で見たが、とても整った綺麗な顔が心配そうに私を見ていた。
「は、ひゃい!」
見とれてて裏返った変な声が出た。恥ずかしくなって真っ赤になった私は手で口を塞ぐ。
くすくす笑った七美さんが私を静かに地面に下ろした。
よく考えたらお姫様抱っこされていたのに気がつき、さらに顔が赤くなった。
「あの、ありがとう」
「無事で良かった。もう少しで危なかったね」
七美さんが肩に手を置く。そこで気がつき、慌てて説明する。
「あ、あの! ね、猫が変な鳴き声になって、体から変な黒い線が出てきたの!」
「そうだね。一匹は倒したから安心して。もう一匹は逃げられちゃったけど」
「え!?」
冷静に言う七美さんに戸惑う私。倒すってなに? あれは何だったの?
私の混乱している表情を見た七美さんが優しく微笑んで説明してくれた。
「あいつは黒線怪虫って名前の妖怪なんだ。細長く黒い紐状の妖怪で、相手に取り憑いて意のままに動かすんだ。睦月さんも危うく取り憑かれるところだった」
「ようかい……?」
聞き慣れない単語に思わず首をかしげる。そんな私を見た七美さんが頬を染めて両手を握り、何かに耐えているような素振りをしている。
そんな彼女の言葉を待っていると、口を開きかけてまた閉じ顔があかくなる。そして背を向けると神社の階段の方へ走っていってしまった。
七美さんに一体何があったのか、急な用事でも思い出したのだろうか。
ポツンと神社に残された私……。
なんだかわからないけど、とても不思議な経験をしたことは間違いなかった。
翌日、学校に登校したが、期待とは裏腹に通学路で七美さんと会うことは無かった。
帰り道が同じだったから家も近いと思ったけど違うのかな。できれば昨日の不思議な事を聞きたかったが会えないからには仕方がない。
教室で友達と会い言葉を交わす。
昨日の出来事は話題には出さなかった。というか、妖怪なんて誰も信じないし。実際に見た私はもちろん信じている。
お昼休みになって、購買部に行こうと廊下に出たときに声をかけられた。
「睦月さん!」
振り返ると七美さんが立っていて、申し訳なさそうな顔で私に寄ってきた。
「き、昨日はごめんなさい。突然帰っちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。それよりも聞きたいことがあるんだけど?」
「なら良かった。お昼一緒にしながら聞くけど、どうかな……」
「いいよ。私、パンを買うんだけど、七美さんは?」
「わ、わたしもパン! パン買うよ!」
急にテンションの上がった七美さんは嬉しそうに購買部へと歩き始めた。ウキウキしてスキップしているようにも見える。何か良いことがあったのかな?
そうして私と七美さんは、パンと紙パックのジュースを買って学校の裏手へとやってきた。
うちの学校は事故防止のため、屋上は使用不可なのだ。ドラマみたいに屋上で叫んだりはしたくないが、遠くの眺めを楽しみながらお昼をしたいとは思う。
学校の裏手は花壇や先生用の駐輪場、ゴミ置き場などがあり、ちょっとした不思議空間になっている。
私達は日陰の段差に腰掛けるとパンを食べ始めた。七美さんは私の場所よりも距離を空けて座っている。少し遠いのでちゃんと声を出さないと聞こえない感じだ。
「ところで、あの…コクセンなんとかって妖怪に捕まってた猫はどうなったの?」
「黒線怪虫。妖怪を退治すれば猫は元に戻るから平気。睦月さんて優しいね」
「そんなことはないけど。気になって」
褒められて照れる私。優しいなんて褒められたのは初めてだ。それに、うちは猫を飼っているので心配になっただけだ。
「逃げた一匹は捕まえた?」
「いいえ、まだ。どこかに隠れているのかもしれないけど……」
私の質問に考えながら七美さんが答える。悔しそうな感じがするのは、私にかまって逃がしたせいだろうか。
せっかく知り合えたのだから、私も何かできないかな? それにこんな不思議な事に関われるなんて楽しそう。
「ねえ。私も猫を探すのを手伝おうか? 人手が増えたほうがいいと思うけど。他にも手伝っている人がいるなら邪魔かもしれないけど」
「えっ!? ぜ、全然嬉しい! 誰も手伝いなんていないし! む、睦月さんがよければだけど」
「うん。喜んで手伝うよ」
私の方から言ってきたのが驚いたのか、七美さんはビックリしつつも嬉しそうに笑顔になった。
しかし、その綺麗な笑顔も口元についたパンくずで少し残念な感じになっている。
七美さんにずいっと近づくと後ろに両手をついて私から体を反らした。
「な、な、なな!?」
「動かないで。ほら、パンがついてるよ」
顔を赤くする七美さんの口元からパンくずを取り、自分の口に放り込んだ。うん、メロンパンだね。
「ふぁっ、あ、ありがと……」
消え入りそうな声で真っ赤な七美さんが礼を言った。すごく恥ずかしがりなんだなと私は笑った。
それから放課後に待ち合わせの約束をして七美さんと別れた。なにかボーッとしてフラフラしていたけど大丈夫かな?
放課後になり約束した校門前に来ると、すでに七美さんが待っていた。
私を認めると笑顔で迎えてくれる。
「ごめん。待った?」
「い、いいや。全然。ちっとも。今来たとこだし」
「あははは。面白いね七美さんって」
しどろもどろに言う彼女が面白くて笑ってしまう。七美さんも私につられて笑っていた。
それから二人並んで帰り道へ歩き出した。
道すがら七美さんについて詳しい話しを聞いた。
彼女の家は妖怪に関わりがあるようで、封印したり退治したりと町内で人知れず細々と続けている一族のようだ。
妖怪は希にしか現れないため、思ったよりは忙しく無さそうな感じ。だけども、最近になって黒線怪虫が出てきたので慌てて退治していたようだ。
なんか町の守り人みたいで格好いいねと感想を言うと、七美さんは照れて鼻の頭を指でかいていた。
「だけど…睦月さんが信じてくれて嬉しかった。普通なら信じないし、バカにされるから」
「えーっ!? バカになんかしないよ! だって見たもん。あれがトリックなら私、苦手なマラソン頑張るよー」
「ふふっ、全然関連がない……」
私の言葉に七美さんは笑う。うん、やっぱり美人は笑った方がいいね。
ついでに私の事も話した。母親が仕事で遅いため、料理など家のことは私が担当していること。それに家に猫がいること。
七美さんは私の話を真剣な表情で聞いていた。そんなに真面目なことは言ってないけどな。
湿った話しは苦手なので話題を変え、妖怪をどうやって見つけるのかを聞いた。
どうやら七美さんは霊感もとい妖怪を察知できるらしい。鬼〇郎みたいに妖怪を探すと髪の毛がピコンと立つのかな?
それで私が取り憑かれた猫と会っていたときに現れてくれたのだ。
近くにいてくれて今は感謝している。まさか、前を歩いていた七美さんが助けてくれるなんて夢にも思わなかったから。
そんなこんなで会話している内に分かれ道へと来てしまった。
私は右へ、七美さんは左のようだ。
もっと本格的に探した方がいいかもと、今度の日曜日に待ち合わせすることを約束を再び交わした。
家に帰る途中でスーパーに立ち寄って、必要な物を買い揃える。
六階建てのマンションの三階の一角に我が家があり、エレベーターを使って向かう。健康のためには階段が良さげだが、ずぼらな私は楽な方へいってしまう。
鍵を開け中へ入るとニャーンと猫のマッシュがお出迎え。
「ただいま~。いい子にしてた?」
「ニャン!」
元気な返事をいただきました。私の足に甘えてくるマッシュを抱き上げてなでていく。目を細めて喉を鳴らすマッシュ。カワイイやつめ。
猫と戯れた後は、ルームウェアに着替えて夕食の準備をする。
メインは今日は特売で買った豚肉のホイコーローだ。ついでにマッシュの餌も用意して出す。ニャーンと喜びながらがっつくマッシュ。よく食べている割には太らないな。
明日のお弁当も手早く作る。もちろん母と私の。母には毎日お弁当を作っているけど、週一で私は学校の購買部で買って食べている。たまには自分の味以外の物も食べたくなるからだけど。
母は別にお弁当は作らなくてもいいと言うけど、家計の厳しい我が家は節約です。私も高校に入ったらバイトをする予定。そしたら自分のお小遣いが少しは出るから。
夕食とお弁当の用意が終わると冷蔵庫にしまって、お風呂に入り汗を流す。さっぱりしたら携帯でLI〇Eをチェックして友達としばしの歓談。
それからマッシュと遊んでいると母が帰って来る。
「ただいま~。は~疲れた」
「おかえりなさーい! 先にお風呂入ったら?」
「そうするー」
ぐったりした母がリビングのソファーに上着とカバンを投げ置いて風呂場へと直行する。
その間に母の服をたたんで、夕食を温めて並べる。やっぱりご飯は一緒に食べた方が美味しいから、私はなるべく母と食べるようにしている。たまに残業があるときは先に食べちゃうけど。
スッキリした母が風呂からあがって来ると夕食。
母はあまり家では仕事の話はしないけど、何か大きなことがあると報告してくる。きっと腹にためておけないからだ。そんなとき、私は注意深く聞き、いつか母の手助けになれればと思っている。
けど、難しい話はよく分からない。そりゃあ、まだ中学生だし。
私は学校での事とか、最近知り合った七美さんと友達になったと話す。もちろん妖怪うんぬんは言わなかったけど。
そんな私を母は嬉しそうに聞いている。
あっという間に就寝時間になると、リビングでくつろいでいた私は重い腰を上げてベッドへ向かう。
母はまだ起きているようでノートパソコンを開いて画面を睨んでいる。
「先に寝るね。おやすみ母さん」
「おやすみ未歩。いつもありがとね」
「こちらこそー」
二人で笑って別れる。マッシュは私の先をトトトと歩き部屋へと入って行く。一緒に寝る気だ。
朝は早い。
目覚ましをかけているけど、たいていは鳴る前にむくりと自然に起きる。
朝日が昇り始める薄暗い中で、自分の支度を済ませると洗濯機を回して朝食を作り始める。すると母が起きてくる。
「おはよー」と大きなあくびをしながら洗面台へと向かう。
「おはよ」
朝から母の変顔に笑うとテーブルに朝食をセットする。今日はパンだから楽だ。付け合わせもスクランブルエッグとサラダだし。
天気予報を見ながら待っていると、シャキッと外用に化粧をした母が来る。でも、首から下はパジャマのままだ。
母は私と朝食を食べるとすぐにアイロンをかけたスーツに着替えている。
なにかと慌ただしい母にお弁当を渡す。
「はい。今日も頑張ってね!」
「く~~! かわいいいいいぃぃぃ! 良い子すぎる~~! 超頑張っちゃう!」
感激した母が私を抱きしめる。というか、いつもの事なんだけど。……それにしても今日は長い。きっと二分以上は抱きしめられている。
「母さん会社!」
「ハッ!! やばい! 遅刻!」
慌てて私から体を離すと頬にチューをして、いってきまーすと母はバタバタと出勤していった。
鏡で自分の顔をみると頬に口紅の跡。拭いて消す。気づかずに学校に行ってたら大変だった……。
洗濯物を干しているとマッシュがニャーと起きてきた。相変わらず私の足ににスリスリしてくる。可愛いやつめ。
猫にご飯をあげて、自動給餌器と水をセットして私も学校へ出かける。
また後でねマッシュ。
学校の校門を入ると後ろから声をかけられた。
「お、おはよう…睦月さん!」
振り返ると七美さんが走ってくる。笑顔で駆けてくる彼女の顔に、朝から良い物を見たと癒やされた。
「おはよう。早いんだね」
「ぐ、偶然。たまたまだよ」
何か焦っている七美さんに面白くてクスクスを笑う。
隣にきた七美さんがモジモジしながら聞いてきた。
「き、今日のお昼は……」
「お弁当を持ってきたんだけど、七美さんはいつも購買部で買うの?」
「あっ、そうなんだ。わたしはパンを買ってるよ……残念」
しゅんとする七美さんが可哀想になってしまう。せっかく友達になったんだからね。
「今日はクラスの友達と食べるけど、来る? それとも明日なら一緒に食べられるよ?」
「明日でお願いします……」
照れくさそうに答える七美さん。なんだか、いじらしい姿に私の母性本能がくすぐられる。七美さんは母と似たタイプかもしれない。
翌日は嬉しそうにしている七美さんとお昼を共にする。そういえば七美さんって他に友達がいないのかな?
綺麗だし、放っておけない人がいっぱいいそうだけど、私に合わせて見せないように気をつかっているのかもしれない。
楽しそうな彼女に何か独り占めしてて申し訳ないなと思ってしまった。
約束の日曜日、待ち合わせの公園に行くとすでに七美さんが待っていた。
スレンダーな私服姿にどこかのモデルみたいに見える。別の世界の人みたいだ。
「ごめん! 遅くなって!」
声をかけると七美さんが振り向き、私を見て固まる。
「か…かわ……」
両手で口を覆ってプルプルと七美さんが震えている。よくわからないが私の姿に感極まっているようだ。
でも…なんか……
ふと彼女の視線が私の胸に注がれているのに気がついた。
急に恥ずかしくなって両腕で胸を隠す。
「あ、あんまり見られると恥ずかしいんだけど……」
「あわわわわ!? そ、そうじゃなくて、わたし胸があまりないから、う、羨ましくて!」
真っ赤な顔で慌てふためく七美さんが手をバタバタさせて言い繕う。
確かに私の胸は大きい方で、クラスの人たちや廊下ですれ違う生徒からの視線をよく受けている。だから、というのも変だけど、このように見られることも慣れていた。
それでも今日は胸を強調しないように、ゆったり目の服を着てたんだけどな。あまり意味がなかったかも。
私の前でわたわたしている七美さんが面白くて、吹き出すと笑ってしまった。
彼女は困ったように、所在なさげに私を見ていた。
気を取り直して二人で町を歩いていく。
七美さんに謝られた私は、いつものことだよと笑って許した。
ホッとして安心したのか七美さんは視線をなるべく胸に落とさないように私と会話している。
けど、私より少し背の高い七美さんは、どうしても見下ろす形になるので視界に胸が入るみたい。だって、たまに頬を赤くしているから、まるわかりだよ。
とりあえず私は話を合わせて、彼女の視線をスルーした。
一通り住宅街などを回り、七美さんに妖怪の気配があるのか聞いてみると残念そうに首を横に振った。
再び公園に戻ってベンチに座る。それぞれの手には途中のコンビニで買ったジュースがある。
相変わらず一人分空けて隣に座る七美さん。なんかよそよそしくて寂しいな。
「そういえば七美さんって、下の名前だよね。名字は?」
「鷲尾。鷲尾七美だよ」
「鷲尾ってカッコイイね。そういえば言ってなかったけど、私が七美さんの名前を知っていたのは、学校の廊下で誰かが呼んだのを聞いてたからなんだ。盗み聞きみたいでごめんね」
「ううん全然! むしろ知ってもらえて光栄だし、嬉しい」
ブンブンと首を横に振りながら照れくさそうにしている七美さん。
そうだ! ここで一気に仲良くなれば距離が近くなるかも。私はススッと彼女の隣へ移動した。
「ねえ、せっかく友達になれたから名前呼びにしない? 私の名前わかる?」
「ふえっ!? と、友達!? な、名前!? 睦月さんの名前……?」
なんだか凄くいっぱいいっぱいな七美さんを見てると面白い。
「未歩っていうんだ私。『七美』って呼んでいい? それとも『ナナちゃん』?」
「み…ほ…。み、ほ。みほ。みほ。みほ。未歩……」
頬を染めて私の名前を噛みしめるように繰り返す七美。というか七美でいいかな? 後半の方は聞いて無さそうだし。
それに私の名前をそんなに連呼されると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
手に持っているフルーツスムージーのストローをズズズと吸い上げて誤魔化した。
やがて落ち着くと、互いの呼び名を決めて晴れて友達になった。なったよね?
例の猫について考えたとき、下校途中で私を追い抜いて行ったことを思いだした。
「そういえば、あの猫って学校の帰り道で会ったんだけど、ヒントにならないかな?」
「うーん。ひょっとすると町じゃなくて学校が怪しいかもしれない」
「今日は学校の門が閉まっているから、明日の放課後に調べる?」
「それがいいと思う。み、未歩さえよければ」
恥ずかしそうに私を呼び、顔を向けた七美はギョッとして体を反らした。たぶん私があまりに近くにいたからだろう。ひょっとして隣にいるの気がつかなかったのかな。
私は笑って、いいよと伝えると顔を赤くした七美は大きく頷いた。
明日学校で会おうということになり、七美が私を家まで送ると言ってきたので甘える事にした。
といっても同じ町内だから公園から近い。
二人並んで歩いて行くと私の住むマンションが見えてくる。ふと七美が遠くを見ながら話しかけてきた。
「わ、わたし、ずっと未歩を知ってたの」
「そうだったんだ。どこかで会ったっけ? ごめんね覚えてなくて」
謝ると七美が首を横に振った。
「違うの。学校で初めて見たときに、あまりの、か、かわいさに目を奪われて、それで…その、と、友達になりたいと思ってた」
「ありがと。かわいいなんて母さん以外に初めて言われたよ。嬉しいな!」
つっかえ、つっかえ言う七美に照れた私が答える。いつもは胸のことばっかり言われるから、少しコンプレックスだったんだよね。褒めてもらえると嬉しい!
目を合わせた七美の顔は真っ赤だ。すっごく恥ずかしがりだね。しかも目が泳いでいる。
せっかくだから家に上がらないかと持ちかけると、今日は大丈夫と言って七美は逃げるように帰ってしまった。
照れ屋で恥ずかしがりな七美は面白いなと、明日の学校が楽しみになった私は鼻歌を歌いながらマンションのエレベーターへと向かった。
翌日──
放課後に集まった私と七美。学校の階段下で帰宅する生徒や部活に向かう生徒を観察する。
「どう? 誰かから妖怪的なものを感じる?」
首を横に振った七美は、妖怪的とブツブツ言って小さく笑っている。どうやら彼女のツボにはまったようだ。
しばらくしてから私達は校舎を見回ることにした。
三階建ての生徒もまばらな校舎はこうして見ると広く感じる。まだ陽が出ているから明るい廊下を何かいないかとキョロキョロしながら歩く。
例の猫を探しながら歩いている内に、ふと疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば、どうやって妖怪を退治するの? お札的な何か? それとも拳銃みたいので撃つの?」
「ふふっ。お札はあるけど、大概は呪詛を使うか手刀かな」
「じゅそ? てがたな?」
「そう。簡単にいうと妖魔を呪う言葉をかけるの。そうすると相手が呪われて動きがとれなくなったり、消滅するんだ。手刀はそのままだね。あはは」
つまり妖怪を呪い殺すってこと? 普通は妖怪が人を呪うと思ってたけど逆なんだ。でも手刀で大丈夫なの?
私が難しそうな顔をしているのを見た七美が制服の袖をまくり肌を出す。
綺麗ですべすべな白い腕の肌がむき出しだ。きめが細かくて羨ましい。私はどちかというとモチモチだ。
私の視線を受けて七美が微笑む。
「見てて」
そう言って彼女が力むと腕に赤い模様が浮かび始める。よく見ると模様じゃなくて漢字のようだ。かなり崩れている漢字で、全然読めない。
「わたしには全身に呪詛を掘っているんだ。普段は見えないけど、こうやって力を入れると現れるんだ」
「すご~い! 不思議! 七美って本物なんだね!」
何が本物かわからないけど、私が褒めると照れた七美は袖を戻して鼻の頭を指でかいた。
そうしている内に部室の並ぶ一階の校舎へと来ていた。
だんだんと陽か沈み、薄暗くなった廊下へと踏みだす。
すると七美が私の腕を引いて足を止めさせる。何事かと顔を向けると、人差し指を口元で立てて静かにするようにして、視線で廊下の一角を示す。
そこには先日会った幾何学模様の猫が廊下の奥へ向かって、ゆっくりと歩く姿があった。
七美は私を背中に隠しながら猫の後を、音を立てないようについていく。
猫は部室の一つを目指し、少し開いたドアからするりと身を中に入れていった。
私達はそおっと近づき、ドアの隙間から中を覗き見る。
「む、む、む、む……」
突然聞こえた声に私は飛び上がりそうなくらいビックリする。七美の背中に体をギュッと押しつけ怖さから逃げる。
明かりをつけていない部室の中は薄暗く、そこに一人の生徒が机に向かっていて何かを書いているのが見えた。
「む、む、ム、む、む、む、ム、む、む、ム……」
前に神社で聞いた低くガサガサな声だ。
七美の背中から顔を出し、生徒をよく見ると筆でわら半紙に一心不乱に書いている。どうやら書道部の部室のようだ。
「ム、む、む、ム、む、む、ム、む、む、む、ム、む、む、む、む……」
薄暗さに目が慣れてくると生徒の顔がよくわかる。
同じクラスの五十嵐さんだ。クラス委員長をしているとても明るい人で、私もよく話す一人。
その五十嵐さんは薄く開いた口から低い声を発し、わら半紙に筆を下ろしている。そのたびに、わら半紙が宙に舞う。
わら半紙には黒い線が一本引かれているだけ。それが何枚も何枚も書き足されていく。
ますます怖くなった私はギュウギュウに体を押しつけ、七美の背中を抱きしめていた。
「ち、ちょっと未歩。怖いのはわかるけど少し離れて。あいつを退治できない」
顔の赤い七美がヒソヒソと優しく私の手を解いて体を離す。
「ここで待ってて」
そう囁くと七美が素早く部室の中へと入り、隅にいた猫へと向かう。
『ム、む……』
気がついた猫が全身の毛を逆立てて七美を威嚇している。
猫の背中から一本の黒い線がユラユラと上に伸びていく。神社の時とそっくりだ。
七美が手刀を繰り出すと猫は身軽にジャンプして逃げる。その間にも黒い線は伸び続けている。
そしてついに猫が黒い線を使って七美を攻撃し始めた。
それほど広くない部室内で七美が制服のスカートをはためかせ、上手く猫の攻撃をかわしている。……カッコイイ! 七美って凄い!
それにしても部室で争っているにもかかわらず、五十嵐さんは手を休めることなく筆でせっせと書き続けている。
彼女の後ろでは七美と猫が戦っている。
私は五十嵐さんが元に戻ってほしいと思って、手段もわからないまま部室に足を踏み入れた。
線が引かれたわら半紙が散乱している中、五十嵐さんに近寄る。
彼女はまるで私達がいないかのように一心不乱に書き殴っている。薄く開いた口からは例の声が漏れ出ていた。
「い、五十嵐さん!! 五十嵐さん!!」
怖いのを頑張って我慢して五十嵐さんの肩に手を当てて強く揺する。
しかし彼女はまるで何事もないように無視して作業を続けている。
ムッとした私は彼女の腕に手をかけるがビクともしない。力任せに引っ張ているのに平然とわら半紙に線を書き続けていた。
どうしよう? どうすればいいの? 何か彼女を正気にさせないと……
悩む私が視線を落とすとそこには一本線が書かれたわら半紙。
ハッと思って床に散らばるわら半紙に触れる。
手がピリッとしたが平気だ。
私は両手と両膝を床につけ、わら半紙を集め始めた。
十枚ぐらい集めて束にしたところで、わら半紙に書かれている一本の墨線が少し動いた気がした。
いや…きっと気のせいだ。ただの線が動くわけがない。
床に散乱しているわら半紙を私は夢中で集め始めた。
四~五十枚ほど集めただろうか、床にあったほとんどのわら半紙を回収した。
それでも五十嵐さんは線を書き続けて、わら半紙を宙に飛ばしている。
彼女の後ろではまだ七美と猫が戦っている。
猫は小さい体を活かして素早く七美の手刀を避けながら黒い線で攻撃していて、近寄らせないようにしていた。
もうどうしたらいいか分からない私は、わら半紙の束を片手に抱えながら五十嵐さんに再び近づく。
そして、線を書き終わる前にわら半紙の墨線に触れてみた。
ズズズズ……
なんと私の指に墨の線がくっついてきた!
驚いて離れると筆の墨汁が糸を引くように私の指に吸い付き、筆の先が白くなる。
「キィィィィーーーーーーーーー!」
叫びながら立ち上がった五十嵐さんが目を見開き、そのままバタンと床に倒れた!
「五十嵐さん!」
慌てて近寄ろうとするが、片手が反対側にぐんと伸びて足が止まる。
何事かと目を向けると手の指先から黒い線が伸びて、床に落ちているわら半紙の線と絡み合い、融合して一本の線になった。
そして、次のわら半紙へと伸びて同じようにつながっていく。
「だ、ダメ!」
慌てて手を引こうとしたがいうことを聞かない。
「未歩っ!?」
部室の向こうで七美が驚きの声を上げている。
その間にも床に散らばるわら半紙に書かれた線が一つになっていく。なんだか怖い。
その時、私は気がついた。
今、片手に抱えているわら半紙の線が全てくっついたら大変なことになると……。
何枚かのわら半紙を口元まで上げると歯で挟んで、わら半紙を切り裂き始める。
ちょうど墨の線の部分を切り裂くと、
『ムゥーーーーー!?』
どこからか悲鳴のような声が聞こえ、わら半紙がボロボロと崩れ始めた。
これはイケる! そう思った私は無我夢中で片手に持っていたわら半紙を次々に歯で挟んで切り裂きだした。
連続する悲鳴に頭がクラクラしつつも、懸命にわら半紙を切り裂く。
最後の一枚を切り裂いた私は、今も黒い線につながっている片手に目を向けた。
すると、私の手が私につかみかかって来る!
「ひゃっ!?」
短く声を上げて空いている手で自分の手を阻止する。
なにこれ!? まるで別人のようになっている自分の手。
だが、指先から黒い線が私をグルグル巻きにし始めた。
「ちょ、ちょっと!」
やばい! なんか、いろいろ食い込んでヤバい!
足も絡み取られ、私は床に倒れてしまう。
なんだかボ〇レ〇ハムの様に黒い線にがんじがらめになっている。
特に胸が痛い。もうギューギューだ!
もう、どうしょうもないなと悲嘆にくれていたら、目の前に上履きが見えた。
「未歩って無茶しすぎ」
目を上に向けると七美が腰に手を当てて見下ろしていた。
「七美!? 助けて!」
嬉しくて叫ぶと七美は腰を落として、顎に手を当てて喉を鳴らし、鼻息荒く血走った目で私を観察し始めた。
「なにしてんの!? 早く助けてよーー!」
「ご、ごめん! そ、その…あまりにもセクシーだったから……」
頬を染めた七美が慌てて言い訳しながら手刀で私をグルグル巻きにしている黒い線を切断した。
私がいくらやっても切れなかった黒い線は、あっさり切り取られ自由の身になった。
「もーーー! ダメかと思ったよーー!」
「ほんとゴメン。でも、未歩は凄いよ」
ぷんぷん怒る私を七美がなだめてきた。元はといえば七美がすぐに助けなかったから悪いのだ。
そこでハタと気がつき質問する。
「猫は?」
「それなら大丈夫。神社のときみたいに黒紐を切ったから平気」
「ならよかった……。あ! 五十嵐さん!」
安心した途端に思い出した私は、慌てて倒れている五十嵐さんに向かった。
「五十嵐さん!」
床に座って太ももの上に五十嵐さんの頭を乗せて顔をのぞき込む。
その横で七美は両手をだらんとして立っていた。
「……ずるい」
「えっ!?」
「い、いや、何でもない!」
ボソッと七美が何かを言っていたようだが上手く聞き取れないし、本人も誤魔化している。なんだろ?
「う…ん……」
眉を寄せた五十嵐さんが気がついたようだ。
目を開けると私と視線が合った。目をパチクリする五十嵐さん。
「む、睦月…さん!? あ…れ?」
状況が飲み込めていないのか目をしばたかせて、むくりと上半身を起こした。
「五十嵐さん大丈夫?」
「え、ええ。なんで睦月さんがいるの? あと鷲尾も」
私と七美に目を向ける。というか、七美にはいぶかしげな視線だ。いつも明るい委員長なのに意外だ。
七美は腰を折って五十嵐さんに視線を合わせるとニタリと悪い顔になる。
「あんたが下手こいたから、未歩とわたしで解決したの。わかる?」
「み、未歩…? ちょ、ちょっと名前呼び!?」
驚く五十嵐さん。いや、私の呼び方で驚くってなに? 他にないのかな。例えば変な猫とか黒い線とか。
勝ち誇ったような笑顔で七美が五十嵐さんに言い放つ。
「わたし、友達なの。未歩と。ね?」
「えっ!? うん、そうなんだ。七美には助けてもらったんだよ」
突然私に振られたので合わせる。なんで五十嵐さんには挑発的なんだろうか不思議。
五十嵐さんはこの世の終わりみたいな顔で私と七美を交互に見る。
「あの、五十嵐さん大丈夫?」
「ええ。少し混乱して…。ごめんなさいね、睦月さん。それと助けてくれてありがとう」
言いながら立ち上がる五十嵐さん。いつものクラス委員長の顔が戻ってきた。私と七美も同じように立ち上がる。
七美は腕を組んで口を閉じている。真一文字に結んだ口は重そうだ。
しかたなしに私からこの部室に来た顛末を語った。七美は五十嵐さんと知り合いらしいのに、よそよそしいのはどういうことだろうか。
話を聞いた五十嵐さんは感心したように私を見た。
「なるほど。睦月さんが断ち切ったから鷲尾が退治できたわけね」
「断ち切る?」
「そう。妖怪には強い思念や私怨を込めた動作や行動をすることがあるの。偶然だと思うけど、睦月さんがその思念を断ち切ったわけ」
なるほど、きっとあの書き途中で邪魔したことが功を奏したようだ。無我夢中とはいえ、上手くいってよかった。
「未歩って凄い! さすが!」
自分のことのように七美が喜んでいる。褒められると嬉しいな!
そこで私は気がついた。なんで五十嵐さんがそんなに詳しいのかを。
「どうして五十嵐さんは妖怪について知ってるの?」
「あれ? 鷲尾から聞いてないの? 私も妖魔を退治する一族の一人なの」
「へー。五十嵐さんもなんだ。すごい!」
「全然凄くないよ。退治する妖怪に逆に取り込まれてるやつなんて、未歩に比べたらアリみたいなもんだから。踏んづけていいよ」
五十嵐さんを褒めたら七美が口を挟んできた。アリって例えが面白い。
私が手を口に当てて笑いをかみ殺していると、腕を組んだ七美と五十嵐さんが片足で互いを蹴り合っていた。
ずいぶん仲が良さそうだ。そうか、二人は人前だと照れ隠しするタイプなんだ。
「ねえ、二人ともやめて。いくら付き合ってるからってツンツンしすぎだよ」
「「付き合ってなーーーーーーーーい!!」」
息ピッタリに恐ろしい顔で叫ばれた。
それから五十嵐さんは部室の後片付けに残って、私と七美は帰ることにした。
学校を離れて隣を歩く七美は、さっきからずっと五十嵐さんと付き合っていないことを私に力説している。
さすがにもうわかったけど、私が口を挟めないぐらい七美が早口でまくしたてていた。よく息が続くなぁ。
いつもと違う雰囲気に先ほどの七美と五十嵐さんを思い出して笑ってしまう。
「ん? どうしたの? 面白いこと言った?」
「ごめんなさい。七美が五十嵐さんと蹴り合ってたのを思い出して笑っちゃった」
エヘヘと誤魔化すと七美は顔を真っ赤にする。
「それに七美って私の前だと変にかしこまってない? もっと普通に接して欲しいな。友達でしょ?」
「そ、それは……」
言葉に詰まって言い辛そうな七美。そんなに私に言えないことなの!? なんかショックだ……。
私の顔色を見た七美が慌てて言い繕う。
「そういう意味じゃないから! わたしが…その……」
「もういいよ! 七美は私に他人行儀なんだよね!」
プリプリして先に歩いて行くと、七美が私の手をつかんで引き寄せ抱きしめてきた。
ギュッとするから私の胸が七美の胸を包み込む感じになっている。
「ご、ごめん。未歩があんまりにも可愛すぎていつも緊張しちゃうの。つ、つまり、可愛い未歩の前だと胸がドキドキしてちぐはぐして、ちゃんとしようとすると上手くいかなくて──」
「あはは、わかったよー。でも美人の七美にそう言われると照れるね」
七美が私の耳元で一生懸命言葉にしようとしているのを聞いて、すっかり怒る気もなくなった。かわりに七美が私にドキドキしているのが、なんだか可笑しくなってきた。
私の両肩をつかんで体を離した七美が、頬を染めて真剣な表情でジッと瞳を見つめる。
どうしよう…なんだか私までドキドキしてきた。
あまりにも見つめられて恥ずかしくなった私は、そっと目を閉じる──
「そこぉおおお! ここは人の往来する道路なんだけどーーーー!?」
遠くから聞こえる大声に驚いて目を開け顔を向けると、五十嵐さんがもの凄い勢いでこちらに駆けてくる。
私達の元へ来ると勢いそのまま間に入って二人は引き離された。
「睦月さん。ううん、これから私も“未歩”って呼ぶね。危うく鷲尾の毒牙にかかるところだったけど大丈夫だった?」
「う、うん」
私の両手を握った五十嵐さんが心配そうにしている。勢いに押されて一言しか口にできなかった。
すると五十嵐さんの肩に手を掛けた七美が力任せに後ろに引き離す。
「邪魔するな! 今、未歩と大事なところだったのに!」
「抜け駆けは許しません!!」
二人はいがみ合い、手を握り合わせて力比べをしている。部室でもそうだったし、きっと二人の日常はこんな感じなんだろうな。
やっぱり仲が良くて羨ましい。私も七美ともっと仲良くなりたい。胸がトキントキンとうずく。これって何だろ?
それでも私の目の前で言い合いしている二人を見ていると、面白くなってくる。
思わず笑って、七美と五十嵐さんに目を向ける。
二人はピタリと言い合いを止めて、肩を並べて私に注目している。
「それじゃあね! また明日ね!」
笑顔を向けて手を振ると、七美と五十嵐さんも笑みを浮かべて手を振り返す。
そのまま背を向けると小走りにマンションへと帰っていった。だって、あのまま顔を見続けるのも恥ずかしいから。
家へと戻った私を猫のマッシュがニャーンと元気に出迎えてくれた。
いつものように足に体をこすりつけ甘えてくる。可愛いやつめ。
そのまましばらくマッシュと遊んでからお風呂に入った。
何だかんだで、今日はいろいろあって疲れた。でも、母さんも帰ってくるから、美味しい夕食作らないとね!
お風呂から上がって髪を乾かし、鏡で自分の顔を見る。
七美さんに可愛いと言われたことを思い出して顔が熱くなってしまう。恥ずかしいけど嬉しい。
にやけてる自分がわかって、ますます恥ずかしがる。
ふと、鏡に映る一部に視線が止まった。
髪にまぎれ、ちょっと太い黒い線があることに気がついた。
なに……これ?
ひょっとして!?
そう思った矢先に黒い線がピクリと動く。
あれ!? どうしよう!?
七美さんと妖怪退治
END
最後までお読みいただきありがとうございます。
※タイトル変更しました。