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百合×反社会性『背徳ガールズ』

 ある日、世界の常識がガラッと変わっていた。


『夜は親子で! ユウヒのスーパークリア!』


「ぶふっ!? ……はあっ!?」


 父親役の俳優と制服を着た息子役の少年が二人で映っている缶ビールのCMを観て、私は朝食のコーンポタージュを吹き出してしまった。


「ちょっと何? 今すごい音が聞こえたんだけど」

「なんか姉ちゃんがこぼしたー」

「はぁ!? 永太えいたもお母さんもなんで驚かないんだよ!? あんなCMダメだろ!」

「別にどこも変なとこなんて無かったけど。姉ちゃん寝惚けてんの?」

「いやだってあれ明らかに未成年……」

「まもりも永太えいたも、さっさとご飯食べちゃいなさいよー。遅刻するわよー」

「はーい。……姉ちゃんいつまでテーブル汚してんの」

「は? ……あ、やべぇ学校!」


 絶対になにかおかしい。

 私は世界の違和感を感じつつ、トーストを口の中へとねじ込んだ。



 ◆



「無い……無い!?」


 いくら検索しても「未成年が飲酒をしてはいけない」という内容の法律も条例も見つからなかった。登校中に弟に聞いてみても、変な顔をされただけだった。


「いったいどういうことだ……?」


 持っていたスマホを力なく置いて、私は上半身を教室の机に投げ出した。


「まもりちゃんおはよう!」


 聞き慣れた声に伏せていた顔を上げると、そこには幼稚園の頃からつるんでいるけむりさき水依すいがいた。もう中学三年生だというのに、未だに子どもっぽい顔立ちをしている……いわゆる童顔の幼馴染みだ。今日もキャラクターもののヘアゴムをつけているし、カバンには熊のストラップが付いている。


「……おはー……あぁ!?」


 頼む神様、悪い夢ならとっとと醒めてくれ。


 私の後ろの席に座って……それはいい。そこが彼女の座席なんだから。

 カバンから大きな熊のぬいぐるみを取り出して抱き抱えて……まあそれもいい。彼女はこういう子だし。

 座りながら教室の窓を開けて……それもいい。私達は窓側の席だし。特に問題ない。


 でもどう見ても煙草にしか見えないソレをくわえたのは許容できない。


 平静を保ちきれなかった私をよそに、彼女は制服のポケットから取り出したキャラクターもののライターで煙草に火をつけだした。よく小学生に見間違えられるような童顔の少女にはおよそ似つかわしくない代物だ。窓は換気のために開けたのか。


 ふと周囲を見回してみると、教室には水依すいと同じように堂々と喫煙しているクラスメイトがちらほらいる。明らかに、私の……というよりも私の持つ道徳の方がアウェーな状況だ。今思えば空気も煙たい。


 ……というかいい加減突っ込ませてくれ。


 そもそも「キャラクターもののライター」ってなんだ。キャラクターのシールやプリントって、普通は文房具とか子どもが使うような物についているものじゃないのか。なに当たり前のように大人用アイテムのライターがそんなデザインしてるんだよ。おかしいだろ。


 あと今お前が机の上に置いたその四角い箱。私は信じてるぞ。筆箱だって。ハートのシールとか貼ってあるし。


「……あ! これね、昨日ワゴンセールで見つけたの! すっごく可愛いでしょ? この吸い殻入れ」

「……マジかよ」


 …………そんなファンシーな格好の吸い殻入れがあってたまるか。


 私の大好きな水依すいは、いったいどこに行っちゃったんだよ…………。



 ◆



「……っしゃあ! やってやったぜ!」


 私と水依すいが入った直後、体育館にホイッスルの音と友人の歓喜の声が響き渡った。声の主、卯呑倫うのみりんはバスケットボール部の副部長だ。ちょうど練習が終わるところだったらしい。


「おい、の……」


 私が彼女に声をかけようとしたとき、彼女と他の部員との間であり得ない会話が繰り広げられていた。


「先輩。新発売のビール、もう飲みました?」

「あーあれな。度数の割りにはちょーっと刺激が弱かったなぁ」

「やっぱりですか!? 今日一年でも話題になったんですけど『女の子にも優しい!』ってキャッチコピーだからみんな怪しんでて。そしたら案の定あの腰抜けた味だったので不評だったんですよねー。『女の子舐めてんのか』ってみんなしてブーブー言ってましたよ」

「あんなもんジュースにもなってねぇよなぁ」

「そうですそうです!」


 ……。


 煙草の次はビールかよ。


 どうなってんだこの世界は。……いやまぁ我が幼馴染みが堂々と歩き煙草しながら廊下ですれ違った担任と普通に喋ってた辺りでもうお察しモンだけど。


「……ま、慣れ親しんだ味が一番美味いよな!」

「はい!」


 そう言いながら二人が手にした水筒の中身は……まあそういうことなんだろう。


「……っくう~! この瞬間のために生きてるぅ~っ!」

「練習終わりのお酒は最高ですねー!」


 ……んまぁだろうな。


「……お、まもりと水依すいじゃん。どうした?」

「……どうしたもこうしたもあるか。これから三人でゲーセン行こうって水依すいと話してて、誘いにきたんだよ」


 酒飲んでることには突っ込まないぞ、私は。


「おー、んじゃあ行こうぜ! 今、かたづけしてくっから!」


 ……絵に描いたようなそのハツラツっぷり、私は嫌いじゃないぞ。酒飲むようになってるところは嫌いだが。



 ◆



「なにするー?」

「おいキョロキョロすんな。ぶつけんぞ」


 私、水依すい卯呑うのみの三人は、学校近くのゲームセンターに繰り出していた。平日の夕方なだけあって、そこは私らと同じ制服を着た同年代で賑わっていた。


「お。まずはパンチングゲームやろうぜー!」

「やろやろー!」

「おう。……ん?」


 馬鹿みたいにパンチングゲームに駆け寄る二人の背中を見ていると、視界の端でまたやばいものを見てしまった。今日だけで何回目だよ。


「はぁ……。負けてしまったわ」

「……約束、ですよ」

「えぇ。アナタはワタシとの勝負に勝った。約束通り、そこに置いた七百万円はアナタのものよ」

「やった……! これでおじいちゃんの手術代が払える……! ありがとう鳥羽とばさん!」

「礼には及ばないわ。……ワタシのゲームに付き合ってくれて、感謝するわ」


 ……テレビでしか見たことないぞ、その山盛りの札束。


「どうしたのまもりちゃん?」

「まもりはパンチしないのか?」

「……いや…………。……ここ、カジノなんてあったっけ」


 そもそも日本で現金を扱った高額な賭博行為って禁止されてるはずだが……突っ込んだら負けなのだろう。ここも常識がおかしくなってるのか。


「あったろ」

「あったよ?」

「……そうか」



 ◆



 昨日はたまたま休みだったから二人と遊んだが、今日はそうもいかない。


「おつかれさまでーす……」

「遅いぞ規鞠きまりクン」


 生徒会室の扉を開けた私は、なぜか会議に遅れてきていたことを知った。


「……あれ。会長、今日の会議は17時半からだったはずじゃ…………」

「昨晩メールで伝えただろう。議事が増えたから30分早めると」

「そんなバカな……………………ホントだ」

「次からは気をつけてくれたまえ。あとで議事録を見せてやる」

「すみません」


 どうやら生徒会長、性技粟那さがわざあわなはじめ生徒会のメンバーは、以前と特に変わっていないようだ。少し安心した。落ち着いた心のまま、私はいつもの席に腰を下ろした。


「……それで、増えた議事というのは」


 私と会長は同級生だが、役職が上だから生徒会役員として会話している間は敬語で話すことにしている。


「そうだな。全員揃ったところで、早速始めようか」


 会長はあだ名が「正義会長」となるくらいには曲がったことが嫌いだし、他のメンバーも正義感の塊のような面々ばかりだ。前日に予定変更ということは、よっぽど重要な内容に違いな……。


「明後日、○○パーティーが私の家で行われることになった。今から写真を貼っていく。ホワイトボードを見てくれ。……これが、向こう側の面子と経験歴だ」


 ここも陥落していたか……。

 私は絶望感に苛まれた。


「うひょー! 大学生だ!」

「今回は……あっ! 一人いた! 会長っ! あの草井くさい君って○○、私が狙いますっ!」

桜蘭さくらちゃん、また○○狙いなんだね……。わたしは、なるべく経験豊富な人の方が、安心感があるなぁ……。」


 私は皆の目を盗んで、生徒手帳の校則と会則を読み返した。不純異性交遊及び不純同性交遊については、当然のように何も記載が無かった。


「……規鞠きまりクン?」

「は、はい!?」

「君は誰が好みだい?」

「え、えっと……。そ、それより会長は!?」

「ふむ、私か…………。私は……この生娘がいいかな。そろそろ食べ頃だと思うんだ」

「そうですか…………」


 なぜ私も○○パーティーの頭数に入れられているんだ。本人にさえも言ったことはないが、私は昔から水依すいが…………。



 ◆



「……ったく」


 おかしい。皆おかしい。


 家の自室に帰って来た私は、頭を抱えていた。


「……明日も、ファンシー系ヘビースモーカーに変貌した初恋の人を見ることになるのかよ…………あっ」


 鞄の外ポケットに引っ掛けていたボールペンをうっかり落としてしまった。それを拾おうと床に手を伸ばすと、ふと気づいた。


「カーペットの色、なんか変じゃね?」


 見ると、自室に置いている茶色い本棚の前のカーペットの毛が、扇形を形成するように倒れていた。最近本棚を動かした跡、と考えられる。


「ふんっ……」


 壁紙と本棚の間の隙間に指を掛け、力を込めて動かす、やはりつい最近動かしたらしく、そこにホコリは溜まっていなかった。


「……あ?」


 汚れないようにかびっしりと貼られた新聞紙。我が幼馴染み、もとい、私の初恋の人が写った無数の写真。そして黒いマーカーで書かれた文字。


 好き。

 すき。

 スキ。

 スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ。


 もはや狂気の沙汰だ。


「パねぇ…………」


 どうやら一番おかしかったのは、自分自身だったようだ。

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