マーガレットとの依頼
次の日の朝。
昨日と同様に、リースさんに書き置きを残して俺は筋トレに出かけた。
特に昨日は自分の力不足もあり、危うく死ぬところだった。
それに、ジェラルドさんみたいな筋肉質の身体に憧れたこともあり、本気で力をつけようと思っていた。
ただの筋トレだけでなく、イメージトレーニングもやるようになった。
オークはおそらく脳筋タイプであったから、素人である俺でも動きが読めたのだろう。
だが、知恵を持ったモンスター相手ではそうはいかないだろう。
力だけではなく、知恵も必要になるだろう。
そう思い、俺は今日もトレーニングをやった。
トレーニングを終え、俺はギルドに向かって歩いていた。
さすがにあの服ではオモテを歩けないので、依頼の報酬で新しい服を買った。
この世界に来て、初めての買い物だった。
とりあえず、着る物だったら何でもよかったため、普通の服を買った。
ついでに服の色も、今まではベージュ色だったが、今回は藍色の服を買った。
どうせなら血が目立たない赤でも良かったが、さすがに血が染み込んだ服をずっと着るわけにもいかないので、やめといた。
ちなみに半袖が良かったので、リースさんに剣を貸してもらって、長い袖を切った。
武器は特に買わなかった。
というか買ったところで、俺は扱えないだろう。
それにリトルオークぐらいなら、素手だけでも十分戦えていたので、大丈夫だろう。
色々考えている内に、ギルドに着いた。
今回はどんな依頼だろう・・・。
前回の依頼はハプニングでオークがいたが、今回は大丈夫だろうか・・・?
ギルドに入ると、リースさんが真ん中辺りのテーブルに座っていた。
しかし、甲冑を着ていなかった。
「リースさん、どうしたんですか?」
「あっ、タカヤさん・・・。」
リースさんがテーブルにもたれかかりながら、コチラを向いた。
なにやら不機嫌そうだ。
「実は、プレートアーマーを修理に出したんですけど、直るまで2日はかかると言われたんです・・・。」
「えっ!? じゃあ2日間依頼に出られないんですか?」
「剣まで修理に出してしまったので・・・。」
リースさんはそういうと、授業中に寝る学生のようにテーブルに俯せになった。
いままで宿で寝るとき以外は甲冑姿だったため、こんなリースさんは初めてだ・・・。
「ごめんなさい。 今日と明日は、一緒に依頼に行くことができないようです。」
「ということは、今日は俺一人か・・・。」
「そういうことになりますね・・・。」
俺一人で依頼ができるのか?
だが、いつかは一人でも依頼をしなければならない時が来るかもしれないし、これはチャンスかもしれない。
そう考えていたら、後ろから声がした。
「だったら、私と依頼に行ってみる?」
振り向くと、マーガレットさんがいた。
マーガレットさんの肩には、相棒である鳥のイブがいた。
そういえば、別に仕事仲間はそう呼んでいるだけで、他の人と依頼をしてもよかったんだっけな。
「≪物資運搬≫の依頼なんだけど。」
「物資運搬?」
「簡単に言っちゃえば、物を運ぶだけの依頼よ。」
そういえば、必ずしも依頼がモンスター関連というわけでもないのか。
こういう依頼とかは、俺でもできそうだな。
「ただ、この依頼は物資を失ったら弁償しないといけないから、ある意味モンスター退治より危険性が高いわよ。」
「ええ・・・。」
なるほど。
そういう危険性もあるのか・・・。
「どうする?」
マーガレットさんが問いかけてきた。
確かにそういう依頼も面白そうだが、俺が足を引っ張ってしまうのではないかという不満もある。
「ああ、失敗とか気にしなくていいから。 あんたはまだ新米だし。」
「じゃ、じゃあよろしくお願いします。」
まあ、向こうから誘ってきたわけだし、失敗したとしても怒る権利はないだろう。
・・・って、なに失敗前提で考えているんだ!!
必ず成功させてみせるさ!!!
俺とマーガレットさんは、ある村から渡された荷物を荷車に乗せ、運んでいた。
というか、荷車を引っ張っているのは俺だけだが・・・。
「大丈夫・・・? 私も手伝おうか?」
「平気です。 それに、モンスターが出たときに戦うのは自分よりマーガレットさんの方が良いですし。」
「そ、そう?」
マーガレットさんの背中には、矢が入っているケースを背負っている。
どうやらマーガレットさんは弓兵のようだ。
手には弓を持っている。
「そういえば、イブちゃんはどうしたんですか?」
さっきまでマーガレットさんの肩にいたはずのイブちゃんが、いなくなっていた。
「ああ、イブにはこの先を見てもらっているところだよ。 モンスターがいるかもしれないからね。」
なるほど。
よく漫画などでも、鳥に偵察を頼んだりしているな。
それと同じか。
数十分後。
空からイブちゃんが戻ってきた。
マーガレットさんが腕をを差し出し、イブちゃんがとまる。
イブちゃんが「ピピピッ」と鳴き出し、マーガレットさんの顔色が変わった。
「どうやら、少し先にモンスターがいるようだ。 用心しといて。」
そういうと、背中にあるケースから矢を一本取り出し、弓に矢を番えた。
俺は一切足を止めずに、荷車を引っ張っている。
すると、遠くの方から狼に似たモンスターが2匹ほど向かって来ていた。
それを見たマーガレットさんは一匹の狼に向けて矢を放ち、矢は狼の目に刺さった。
狼は悲鳴を上げ、その場に倒れた。
すぐにもう一匹の狼にも矢を放った。
矢は口の中に入り、狼は倒れた。
「『バッドウルフ』か。 弱めのモンスターで助かった。」
しかし次から次へとバッドウルフ達は現れ、コチラに向かってくる。
だが、全てマーガレットさんの弓さばきの前に敗れ去った。
「こういう草原などでモンスターを倒した場合は、別に後始末はしなくてもいいんだよ。」
「そうなんですか?」
「ああ。 だが、道に倒れているモンスターは片付けなくちゃいけないがな。」
まだまだ教わることが沢山ありそうだ。
そう思いながら、俺は荷車を引っ張り続けた。
無事に目的地の村に着いた。
荷車から荷物を下ろし、村民の人たちと共に運んだ。
そして依頼達成の証明書を貰い、村を後にした。
帰り途中の草原で、マーガレットさんに話しかけられた。
「あんた、すごいリースから信頼されているんだってな。」
「え?」
リースさんの話題が出た。
そういえば、マーガレットさんとリースさんはよく話をしていたな。
仲が良いんだろうな。
「昨日も一切リースを責めずに、むしろ褒めてあげたそうじゃないか。」
「リースさんは善行しかしない人ですから、賞賛するのは当然です。」
「なかなかの好青年だね・・・。」
マーガレットさんは若干引いていたようだ。
だが、そうなのだから仕方ない。
リースさんは純真無垢だが、悪人では決してない。
そう話していると、目の前にクマのようなモンスターが現れた。
「げっ!! 『ファッティグリズリー』だ・・・。 アイツ脂肪が多いから、矢が全然効かないんだよなぁ・・・。」
「だったら、俺に任せてください!」
「えっ!?」
俺はそういうと、ファッティグリズリー目掛けて走った。
「今度は俺が戦う番だ。」と思っていた。
クマは危険だと、昔から聞かされていた。危険性を知らない訳ではない。
だが、オークに比べれば全然怖くはない。
俺はファッティグリズリーの・・・って名前長いな。
「ファズリー」とでも呼ぼう。
俺はファズリーの顔面にドロップキックを放った。
ファズリーは背中から倒れた。
今回は草原だったため、俺は背中を強打することはなかった。
倒れたファズリーに「セントーン(ジャンプして、寝ている相手に背面から落下し圧殺するプロレス技)」を放つ。
だが、脂肪が多いせいかあまり効いていなったようだ。
「ソイツは顔を重点的に狙った方がいいよ!」
後ろからマーガレットさんがアドバイスをしてくれた。
どうやら俺の顔を立てるために、あえて手を出さないようにしてくれている。
なんか恥ずかしいな・・・。
ファズリーは起き上がると、俺に二足歩行で突進してきた。
お腹がボヨンボヨンと動いている。
二足歩行のせいか、肥満のせいか、普通のクマより全然遅い。
俺は軽々と回避し、ファズリーの背後を取り、後ろからダブル・スレッジ・ハンマーを放った。
ファズリーはクラクラし出した。
そのチャンスを逃さなかった。
俺はハイキックで顔面を蹴り、ファズリーは地面に仰向けになった。
そして俺は、顔面に「エルボー・ドロップ(仰向けに倒れた相手に向かって、自身の片肘を振り下ろしながら倒れ込み、片肘に全体重をかけて相手に打ちつけるプロレス技。本来は胸板に打ちつける)」を放った。
ファズリーの額辺りが潰れ、骨が折れる音がした。
頭は意外と脆かったようだ。
その後、ファズリーはしばらくジタバタ動いた後に、動かなくなった。
「やったな!」
マーガレットさんが後ろから肩を ポンッ と叩いてきた。
俺は振り返り「はい!」と返事をした。
ギルドに無事戻ることができた。
・・・しかしそこで事件が起きた。
「だから、これはファッティグリズリー討伐のお祝いとして貰ってくれって!」
「いえ、元々あなたが選んだ依頼ですから、これはあなたが貰ってください!」
報酬の3分の2をどちらが貰うかで揉めていた。
しかも、譲る方で。
正直、俺は報酬目当てで依頼を受けたわけではない。
冒険者になったからには、1日でも多く依頼をしたいからである。
だがおそらく、マーガレットさんも報酬目当てで依頼をやっていたわけではないようだ・・・。
結果、両方とも3分の1を貰い、残りはギルドへ寄付した。