アフロの聖職者
俺の目の前には、アフロの男の筋肉質な背中が見えた。
腕には紫色のバンダナを巻いていた。
冒険者か・・・。
その男の前には、仰向けで倒れているオークの姿があった。
これは一体・・・。
俺は頭が混乱していた。
「少年! 無事か?」
アフロの男が話しかけてきた。
髭面のアフロの黒人だった。
「・・・は、はい。」
「そうか、よかった!」
アフロの男はやけに元気だった。
リースさんとは違った意味で元気だ。
「あの、これは・・・。」
「おっと、話は後だ。 まずはあの迷惑な奴を退治してからだ!」
オークは起き上がり、アフロの男に殴りかかった。
それをアフロの男は軽やかに避け、オークの背中に回し蹴りを放った。
オークは殴りの勢いと後ろから蹴られた衝撃で、前方に吹っ飛んだ。
アフロの男がオークのもとに走って行った。
俺の視界の外から、オークが飛ばされてきた。
そして視界の外からアフロの男が走ってきて、倒れたオークの横っ腹にかかと落としを放った。
オークは明らかにダメージを負っており、踠いていた。
オークは完全に頭に血が上ったらしく、アフロの男に突進してきた。
そして、アフロの男は正面からオークに立ち向かい、オークの顔面目掛けてドロップキックを放った。
先程の俺と同じように。
オークの首が後ろを向き、そのまま倒れた。
どうやら首の骨を折ったらしい。
「ありがとうございました・・・。」
しばらく地面で倒れていたこともあり、俺の身体が言うことを聞くようになった。
俺は立ち上がり、アフロの男に頭を下げた。
「いや、良いってことよ。」
アフロの男は笑いながら答えた。
本当に陽気な人だな。
アフロの男は、地面に落ちていた槍を拾った。
彼の武器なのだろう。
よく見ると、彼のマントには十字架の絵が描いてあった。
この人、もしかして聖職者なのか・・・?
あんな武闘家みたいな戦い方なのに・・・。
「あなたはどうしてここに・・・?」
色々な疑問があったが、俺は今一番聞きたかったことはそれだった。
「依頼さ。 ≪オーク討伐≫さ。」
「≪オーク討伐≫?」
「この洞窟に住み付いたオークを討伐してくれという依頼を受けたんだ。」
そうか・・・。
さっきのオークの討伐依頼もあったのか・・・。
それなのに俺たちはボランティアで倒そうとするとは・・・。
「君たちは、≪リトルオーク退治≫をしていたというところだね。」
「なぜ知ってるんですか?」
「ここに来るまでに、大量のリトルオークの死体があったからね。」
そういえばリトルオークの死体をそのままにしていたな。
依頼達成後、片付けようとリースさんと約束していたからな。
「とりあえず、一度ここを出よう。」
アフロの男はリースさんをお姫様抱っこで抱え、俺はランタンを持って後ろから付いて、洞窟を抜けだした。
外はとても明るく、目が慣れるのに少しかかった。
アフロの男は地面にリースさんを寝かした。
「リトルオークは俺が片付けておくから、君は彼女の様子を見ててくれ。」
「わかりました。」
アフロの男は洞窟に再び入っていった。
俺は気絶しているリースさんの横で座った。
どうやらオークの攻撃の恐怖で気絶してしまったんだろう・・・。
そういえば初めて会ったときも、3人の男に怖がっていたな。
いくら冒険者で剣士と言っても、リースさんは普通の女性なんだろう。
怖いものは怖いんだろうな。
俺はリースさんの兜を外した。
さすがに息苦しいかもしれないからな。
顔には傷一つなかった。
やはり防具というのは大事なものだなと、俺は実感した。
もし防具をしていなかったら、リースさんの綺麗な顔が醜くなっていただろう・・・。
リースさんの兜をイジリながら、俺はそう考えていた。
「リトルオークは全部片付けておいたぞ。」
「ありがとうございます!」
数十分後、アフロの男が帰ってきた。
どうやって片付けたかは、聞かないでおくことにした。
「じゃあ俺は、こことは反対の方角にある村からの依頼だからさ。」
「あ、そうですか。 助けていただき、本当にありがとうございました!!」
「また、どこかで会おう!」
そう言ってアフロの男は、手を振りながら再び洞窟の中に入って行った。
それを俺は頭を下げて、見送った。
俺はリースさんを背負って、村に向かっていった。
本当は先程のあの人のようにお姫様抱っこで運びたかったが、甲冑の重さで腕が折れそうになった。
普段ならともかく、今回は重傷を負っていたため運ぶことが不可能だった。
だが、背負うことはなんとかできた。
「あ、あれ? タカヤさん・・・? ここは・・・?」
リースさんが目を覚ました。
思えばオークがいた洞窟から気を失っていたな。
「依頼は達成しました。 オークも、通りかかった冒険者の方が倒してくれました。」
「そ、そうなんですか・・・。」
リースさんは元気がない返事をした。
「私、その人にお礼の一つも言えなかった・・・。」
なるほど、そういうことか。
リースさんのような善良な人には、とても辛いことだな。
「またいつか、会えますよ。」
「そ、そうですかね・・・。」
あの人は確かに言った。
「また、どこかで会おう!」と。
俺はその言葉を信じるぜ。
「・・・ごめん・・・なさい・・・。」
リースさんが泣きながら俺に言った。
なんで謝っているんだ?
「私がオークを倒そうとなんてしなければ・・・。」
なんだそんなことか。
あの時は最悪だと思ったが、俺は全く気にしていない。
「リースさんは冒険者として当然のことをやっただけです。 謝る必要はありません。」
俺のその言葉に安心したのか、リースさんは寝るように俺の背中に身体をくっつけた。
正直、いつまで背負っていればいいのか聞こうとしたが、もう少しこのままにしておいた方が良さそうだな。
村の人から依頼達成の証明書を貰い、俺たちはギルドに戻った。
空は夕暮れになっていた。
血まみれの俺の服とヘコんでいるリースさんの甲冑はかなり目立ち、道行く人に見られまくった。
ギルドでも目立ち、他の冒険者に見られたり、受付嬢さんには心配された。
そういえば川で服を洗い忘れちまったな。
どうせなら、新しい服を買った方が良いな。
俺とリースさんは報酬を貰い、半分に分けた。
「大丈夫、二人共・・・?」
ギルドにいたマーガレットさんに心配された。
「まあ、大丈夫です。」
俺は微妙な返事をした。
正直、今回は危なかったからな・・・。
そういえば、あの人の名前を聞き忘れたな。
「マーガレットさん、少し聞きたいことがあるのですが。 冒険者で、アフロの聖職者である人を知りませんか?」
「アフロ? 聖職者?」
しばらくマーガレットさんは考え込み、そして答えた。
「悪いけど、知らないわね。」
「そうですか・・・。」
マーガレットさんは知らないか・・・。
でもあの人、バンダナを巻いていたから冒険者であるのは確かだと思うな。
「もしかしたら、他のギルドの冒険者かもね。」
「他のギルド・・・?」
「ここ以外にもね、冒険者ギルドはあるのよ。」
他にもギルドがあるのかよ。
そんなの初耳だ。
「私も昔、依頼で遠出をした際に利用したことがあるのよ。
依頼達成の報告は、依頼を受けたギルド以外でもできるわ。
ギルド同士、連絡や情報などを交換してるから、他ギルドに初めて訪れても大丈夫なのよ。
覚えてた方が良いわ。」
なるほど。
確かに世界中にギルドがあれば、わざわざ遠くから戻らなくてもいいわけか。
・・・待てよ? 情報を交換してるって?
ということは・・・。
俺は受付嬢さんのところに行った。
「あの、すみません。」
「はい、なんでしょうか?」
「アフロの聖職者である冒険者を知りませんか?」
情報を交換してるなら、わかるはずだ。
「少々お待ちください・・・。」
受付嬢さんは笑顔で応対してくれた。
すると、『冒険者名簿』と書いてある本を何冊か取り出し、パラパラと読み始めた。
数分後・・・。
やはり冒険者が多いためか、結構時間がかかっている。
後ろでリースさんは、マーガレットさんに今日の出来事を話している。
まあ、オーク戦以降は気絶していたから、リースさんはそこから先に何があったかは知らないようだが。
すると、受付嬢さんが本のページを見せてきた。
「こちらの方ですか?」
本に貼られていた写真には、洞窟で俺らを助けてくれたアフロの男が写っていた。
「はい、その方です。」
そう俺が答えると、リースさんが俺の横に来て写真を見た。
マーガレットさんも、遠くから見ていた。
「この方が私たちを助けてくれたのですか?」
「はい。 間違いありません。」
忘れるわけがない。
というか、印象的すぎる見た目で忘れられない。
アフロで髭面の黒人で、聖職者なのに肉弾戦を繰り広げる。
おまけに武器である槍を使わなかった。
キャラが濃すぎるわ!!
「お名前は "ジェラルド・アンデルセン" さんですね。 Dランクの冒険者です。」
「ジェラルド・アンデルセン・・・。」
すげえカッコイイ名前だ・・・。
名前まで濃すぎるわ!!
「今度お会いしたときは、是非ともお礼を言わないと。」
リースさんはそればっかりだ。
まあ、それがリースさんの良いところだけど。
「ジェラルド・アンデルセンだと・・・?」
後ろから声がした。
振り向くと、眼帯をした冒険者がいた。
前にマーガレットさんから教えてもらった、盗賊のマッケンジーさんだ。
「今、ジェラルド・アンデルセンと言ったか?」
「知ってるのかい?」
マーガレットさんが聞いた。
するとマッケンジーさんが答えた。
「ああ。 昔ギャンブルで一緒になったことがある。 確か大負けして泣きながら帰って行ったな。」
聖職者がギャンブル・・・!?
知れば知るほどキャラが濃くなってくる。
「そうか。 アイツも冒険者だったのか・・・。」
そういうとマッケンジーさんは、元いた席に戻って行った。
「一体どういう人なんだろう・・・。」
俺の頭の中には、ジェラルド・アンデルセンの濃すぎるキャラクター性でいっぱいだった・・・。