知らない世界5
「さあ着いたよ」
着いた場所には一角だけ花が1つも咲いていないかった。これがハニーレディの花になるんだ…ルシフェルさんは私たちの手を離し羽織っていたローブを脱いだ
「ユリヤ」
「はい、本日はローブを脱がれるんですね」
「失敗するかもしれない要因は全部消さないと。妹弟の前でカッコいいところ見せたいからね」
「このようなローブでルシフェル様の魔法が失敗するとは思いませんが」
「それは分からないよ。僕だって人間なんだから」
フゥと深く息を吐き片手をまだ蕾の花たちの前に突き出すルシフェルさん。風の動く音だけが聞こえる。先程のポーズから動かないルシフェルさんのあしもとから1つ、2つと小さな光が溢れだしてくる。その神秘的な姿に私は目が離せなかった。その光は生き物のようにルシフェルさんの周りをくるくると踊っている。まるでルシフェルさんを祝福しているかのようにキラキラと輝きながら彼の腕に、頭に、体に、足にと、光の数はどんどん増え続け、気がつけばルシフェルさんを直視するのも辛いぐらいの数で溢れかえっていた。
その光の中心でルシフェルさんがゆっくりと伸ばした腕を体に引き寄せた。そしてもう1度、蕾の方向へと腕を伸ばした。一層眩い光を放ったと思うとルシフェルさんが腕を伸ばした先、蕾の方へ光達が飛んでいった。1つが蕾の中に吸収された。少しするとゆっくり、ゆっくりと花弁が開き始めた。それを合図にしたようにまた1つと光が吸収されて花を開き、全ての花たちが咲き誇った。
咲いたハニーレディはチューリップよりとても大きく私の手よりも遥かに大きい。赤、黄、オレンジと暖かな色が風に揺られていた。
「成功したね、良かった」
「ルーおにいちゃんすごい!おはなきれい!レンもおにいちゃんみたいにおはなさかせたい!」
「すぐ出来るようになるよ、レンは僕の弟なんだから」
兄を尊敬する弟とそれを見守る兄のなんと美しいことか。麗しき兄弟愛ってこの事をいうんだね。咲き乱れるハニーレディをバックにこの心が美しい、容姿さえも美しい兄弟は私にとってさっきの光といい勝負をするぐらい眩しかった。思わず1歩後ずさる
「如何がなさいましたかニナ様」
「いえ…まぶしいなと」
「レンドール様にとってルシフェル様は憧れの兄君様のようです。いつもこの光景を見てはルシフェル様のようになられると意気込んでいらっしゃいます」
「でもそのきもちもわかります。まほうってすごいですね。だれでもできるものなんですか?」
「使える事には使えますがどれだけの事が出来るかは魔力の相性に依存します。ルシフェル様は光の魔力ととても相性が良いので花を咲かせることぐらい造作もないようですね」
「そうなんだ…わたしまほうのことぜんぜんわからないですけどさっきのおにいちゃんはすごかったです!じめんからいっぱいキラキラしたひかりがでてきて」
「ひかり、ですか?」
「はい!……あれ?おにいちゃんいっぱいひかってましたよね?」
「いえ私には何も…ユリヤ」
「私にも光は見えませんでした」
「……あれー?」
あれだけ盛大に光っていたんだから見間違い、という訳ではないと思う。アリスさんもユリヤさんも困った顔でこちらを見ているから冗談でいっている訳でもないだろう。でも私は見た、絶対に見たのだ。あんな光景を見たのに幻覚でしたーなんて言われたらどうしよう。目の前の2人は互いに目を合わせている。その顔は険しい。詳しくは分からないけれど何となく良くない気がする。2人にとって私は記憶喪失のニナ様なんだ。記憶喪失以外に頭の異常がでたと思われてもしょうがない。折角ルシフェルさんとレンドールが愛を深めているというのに私がここで退場なんてすれば台無しになる。楽しんでいるところに水をさし心配をかけてしまうのは良くない。
「…わーおにいちゃんすごいーおはなきれー」
「ありがとうニナ。これがハニーレディだよ」
ということで私は逃げた。後ろで2人がどんな顔をしているかなんて確認したくない。無邪気さを胸に宿す。私は幼女、おにいちゃんすごーいって無邪気な幼女。
「あまいいいにおいがするの」
「そうだ、1つお花をとってきてくれるかな。皆で食べてみよう」
「どれでもいい?」
「うん。好きな色を選んでおいで」
「レンドールは?」
「レンも一緒に連れて行ってあげておねえちゃん」
「うん。いこうレンドール」
「うん!」
この庭へ来た時のように手を繋ぎハニーレディを選ぶ。
「レンドールはどれがいい?」
「ぼくどれでもいいよ!まえにおにいちゃんとたべたことあるんだ」
「そうなんだ、おいしかった?」
「おいしいよ!えっとおさとうをね、うすくしたかんじ!」
お砂糖を薄くしたっていう表現は全然美味しそうじゃないです。でも可愛いから許しちゃう。
うーん特にこれがいいっていうのは分からないから……直感で
「あのきいろにしよう!」
「いちばんおっきいね」
「おいしいならおおきいほうがいいよ」
「そっか!いっぱいたべられるね!おねえちゃんすごい!」
こんな事で褒めてくれる弟に涙が出そうになった。ごめん、凄くなんてないんだよ……これは食い意地が張ってるっていうんだよ…だからそんな尊敬を含んだ色の目でこっちを見ないでください。
周りの花より一際目立つその黄色のハニーレディは沢山のハニーレディの中心にあった。その花を2人でのぞき込む。私の手じゃ小さすぎて全部掴めないかも。ルシフェルさんかアリスさんたちを呼ぼうかな。いや自分で掴めるサイズに変えれば問題解決なんだけれど
「ほんとうにおっきいねー」
「うん…………レンドール何か言った?」
「?おはなおっきねーっていったよ」
「そうじゃなくて、なんか、きこえない?」
「……?…………あ、きこえる!このおはなからきこえるよ」
レンドールが驚いたように一番大きな黄色いその花を見ている。耳を澄ませてみると、聞こえる。この花の中からだ!話し声と言うより息遣いって感じかな。とにかくその花の中に何かがいる。
どうしよう、なんて悩む必要なんてない。近くに頼れる大人がいるのだからそちらに伝える他ないだろう。
「だれかいるの?」
「レンドールさんんん!?」
私が何をするよりも早くレンドールはその花に手をかけ中身を確認するように割ってみせた。嘘だろうレンドールさん。勇敢すぎやしませんか。普通「こわいー」って震える所ですよ。そうでなくても得体の知れないものなんだから躊躇うって。それをいとも簡単に素手で触りましたか。お見逸れ致しました、じゃあない!本当に何が出てくるのか分からないんだからレンドールだけでも守らなくちゃ!ここで危険なものが出てきてゲームオーバーなんて笑えないから!レンドールの腕を無理矢理引っ張り花から手を退かせる。掌に怪我などがないか確認をする。…見た感じは大丈夫そう
「いたいとかない?なんでいきなりさわっちゃうの!あぶないでしょ!」
「い、いたくないよ…ごめんなさい……」
驚きのあまり声を荒らげてしまった私に驚いたのだろう。レンドールは肩を震わせ俯いてしまった。しまった。そんな顔をさせたかった訳ではないのに
「わたしもおおきなこえだしてごめんね。でもへんなものはさわっちゃダメだよ。けがしちゃうかもしれないでしょ。けがしちゃったらレンドールはいたいおもいするし、わたしかなしいよ」
「うん……」
「これからやくそく。ね?」
「わかった、ごめんねおねえちゃん」
「どうかしたの?」
私が大きな声を出したから異変に気づいてくれたらしいルシフェルさんが来てくれた。私は今あったことをルシフェルさんに伝えた。ルシフェルさんは眉間に皺を寄せて私達を抱き締めた。そして私達をそのはなから庇うようにアリスさんとユリヤさんが前に出た
「あの大きな黄色のハニーレディだね?」
「そうなの」
「どうされますか。ルシフェル様」
「まずその花を確認しなければ分からないな…ユリヤ頼めるかい」
「はい」
「もーーーーうるさーーーーーい!!」